揺れる王太子
「クソ!なぜなんだ。」
エイリーナに会いに行ったはずだったが未だ会うことが出来ない。
今までだって1ヶ月程度なら会わない事もあった。
しかし、会わないのと会えないのでは違う。
会いに行こうとするとなぜか邪魔が入る。建国祭が近づくにつれ処理する書類も山になっていく。
ジェインは騎士科に所属しているため、学園内の警備への人員の配置なども任されていた。苛立ってはいるが手を抜く事は出来ないのだ。
しかし不思議とエイリーナとはすれ違っているのに、リツカにはなぜか高確率で遭遇する。
リツカに会えば会うほど気持ちが強く揺さぶられてく。会えば会うほど抱きしめたくなる。
・・・だんだんジェインはこれが恋なのかなんなのか分からなくなってきた。
なぜなら、独りになると熱が冷めていくのが分かるから。
しかし、その熱も少しずつ冷めなくなってきた。ジェインは取り込まれそうな不思議な感情と闘っているのだ。
「兄上。少しいいですか?」
第2王子のシオンが王子付きの近衛騎士と共に入室してきた。
「シオン。いつも言っているが入ってくる前に聞け。」
ジェインは資料から目を離さず来訪者へ告げる。
「あれ?いつもより苛々してますね。リツカ嬢とケンカですか?それともエイリーナに振られましたか?」
シオンはジェインを挑発するような言葉を投げかけてきた。
「お前!」
ジェインははっと顔を上げる。
「なんです?学園ではその話題で持ちきりですよ。王太子が侯爵令嬢に乗り換えたと。何をしているのですか?」
いつもの飄々とした態度のシオンとは違い、彼らしくなく言葉に怒気が含まれている。
「そんなつもりはない。そんなつもりはないのだ。」
「・・・そうですか?でもエイリーナを泣かせるのなら兄上といえども許せませんよ。」
シオンは声を強めてジェインを非難する。
「お前・・・。まあ分かってはいたがエイリーナに気持ちがあるのだな。」
「何のことですか?俺は幼い頃から努力してきた幼なじみに泣いてほしくないだけですよ。」
しばらくにらみ合いが続いたがシオンの後ろに控えていた近衛騎士が何かをシオンに囁いた。
「ケンカをしに来たわけではありません。リツカ嬢の事で話があります。」
「なんだ。言ってみろ。」
シオンはさらに深く腰をかけ外を見る。
「リツカ嬢はマードラス侯爵の養女となっていますが、侯爵とはほとんど過ごしたことがありません。養女となるきっかけは、リツカ嬢が働いていた花屋にあります。」
「花屋・・・。そうか、シェリーの花屋か。」
ジェインは立ち上がりシオンを振り返る。
「知っていましたか?」
意外だという顔にジェインは呆れ
「お前、私を本当は馬鹿にしていただろう。お前の嫌いな夜会に出席していればマードラス侯爵の一途な恋心は婦人たちの噂話からでも聞けるのだぞ。」
「さすが婦人たちの口に戸は立てられませんね。」
「それで、リツカとシェリーの関係はなんなのだ?」
ジェインはシオンが情報収集に長けていることを知っている。シオンは王太子としてのしがらみがない分身軽なのだ。素直にシオンを認め、その力を買っている。
「働いていたのはひと月程度で、シェリーの店の前に特に所持品もなくこつ然と現れたそうです。シェリーはすぐにリツカ嬢を保護したそうですが恐らく亡くなったリラの面影を重ねたのではないでしょうか。」
「そうか・・・。結局その先は分からないのだろう?・・・リツカは何者なのだろうな。」
つぶやくジェインに苛立ちがつのる。
「兄上。身元が不確かな女性をそばに置くべきではないのは分かっているはずです。なのになぜ!」
ジェインは静かに口を開いた。
「シオンよく聞け。これから先、私に何かあったらエイリーナを守ってくれ。私はもう守れないかもしれないのだ。」
「え・・・それはどういう」
「いいか、私は今自分の感情を制御できない。おかしいくらいにリツカに引っ張られる。恋かとも思ったがリツカといると自分が自分でなくなる。冷静でいられる時間も少なくなってきているようだ。もうお前しか頼る事ができないのだ。だから・・・任せたぞ。」
シオンはジェインの言葉に戸惑いが隠せない。しかし、ジェインの足掻きのようなものは感じる事ができた。
(兄上は嘘は言ってないとなると、リツカの正体はなんなのだ。何をしようとしているのだろうか。)
シオンはリツカの正体を探るべく動くが、シェリーの店に現れる前の足取りが一向に掴めなかった。