崩れ始めた日常
~3 崩れ始めた日常~
エイリーナは自室で紅茶を飲みながら、その日何度目かのため息をついていた。ジェインが訪れなくなって1ヶ月。いくらなんでも不信に思う生徒がちらほらとでてきた。
なにせ学園に通う間は基本的に寮住まいになる。そして男子寮と女子寮は学園を挟み反対側にあるのだ。当然今まで最低週1回はエイリーナと過ごすジェインを生徒達は当たり前のように見てきた。
だが、この1ヶ月は2人で過ごす姿を見ない。まして、ジェインは違う女の子といる所を度々目撃されている。
さすがにエイリーナの侍女エミリアも憤っている。
「いくらなんでも酷すぎます!今まで支えてきたエイリーナ様に失礼ではないですか?」
「そう・・・ね。どうしましょう。建国祭の衣装がまだ決まっていないわ。」
「そういう事ではございませんよ。エイリーナ様。」
エイリーナの少しズレた言葉に呆れながら紅茶のおかわりを入れる。
「ありがとう心配してくれて。ジェイン様のお気持ちは分からないけれど、お衣装は用意しないともう間に合わなくなってしまうわ。」
いくら有能な者達でも限度はある。デザインに色あわせにと、やることは数々あるのだ。
「エミリア。仕方がないから、ジェイン様にお伺いしてきてちょうだい。これ以上は延ばせないわ。」
そう決断すると鬱々としていた気持ちも少しすっきりしてきた。
ジェインから言い出してくる事を期待していたが、どうやらリツカに夢中で忘れているらしい。ジェインがリツカを特別に想っているのではないかと、まことしやかに囁かれ、エイリーナの耳にも入ってきている。
「恋・・・ね。ジェイン様の初恋なのかしら。」
「何をおっしゃいます。それこそエイリーナ様を蔑ろにしているではないですか。」
「いいえ、ちょっと違うわエミリア。私達は生まれたときからいずれは、と言われながら育ってきたのよ。それを当たり前に受け止めていたからきっと私達には恋情なんてなかったのよ。」
「それでも、今のままではエイリーナ様が・・・!」
声を詰まらせエミリアは下を向く。
「エミリア。ありがとう私のために怒ってくれるのね。でも今はジェイン様を信じるしかないのよ。」
そう慰めたエイリーナだが、エイリーナ自身どうしたいのか分からなくなっている。ジェインの横に立ち、いずれ王妃になったときのために努力してきた。そうする事が当たり前だったから。
しかしジェインに会わない1ヶ月、それが当たり前ではなくなるかもしれないと思い始めていた。
少しして、エイリーナは気晴らしに中庭に行く事にした。中庭は季節の花が咲きいつも癒やしを与えてくれる。中でも季節ごとに花の色を変え、1年中咲き誇るリンドンと呼ばれる腰の高さ位まで育つ花がお気に入りだ。
リンドンは枝を絡ませながら密集するため、少し奥に入ると誰にも気づかれない。入学した頃からの秘密の場所なのだ。
エイリーナは今日も誰も居ないことを確かめてから腰を下ろし、そっと目を閉じる。鳥や木々のさえずり、遠くから聞こえる喧騒に耳をすます。
疲れているのだろうか。目を閉じるとまぶたが重く少しの間寝てしまったようだ。
ゆっくりと目を開く。ぼんやりとしながら身じろぎすると、肩からパサリと何かが落ちた。よく見るとどうやら男性の上着のようだ。色は白く、縁に金の刺繍が施された上質な物だ。
「やだ、どうしましょう。」
誰かに寝ているところを見られてしまった。顔が熱くなるのが分かる。
「どなたのかしら。」
恥ずかしいが上着を持ち主に返さなければならない。裏返すと胸元にリンドンの花の刺繍がある。
リンドンの花は王家を象徴する花だ。1年中咲き誇ることから、王家の繁栄を意味している。
「シオン様?」
エイリーナはジェインではなくシオンの物と確信した。ジェインがもし寝ているエイリーナを見ても何もしないと分かっているからだ。ジェインはよくも悪くも無関心だ。
「取りあえずお返ししないと。」
丁寧にたたみ、持ち抱え秘密の場所を後にした。
取りあえず急いで自室に戻るとエミリアが神妙な面持ちで待っていた。
「どうしたの?エミリア。」
「・・・ジェイン様の元にお衣装の事を確認して参りました。」
「そう。いつがいいとおっしゃっていたかしら?」
エイリーナが問いかけるとエミリアは言いづらそうに口を開いたり閉じたりしている。
「正直に言ってちょうだい。」
語気を少し強めると、エミリアは意を決したように顔を上げる。
「その、お衣装は勝手にするようにとの事です。」
「・・・そのようにおっしゃっていらしたの?」
「はい。直接ではないですが近衛の方がご伝言下さいました。」
(そう、そこまで私を蔑ろにするのね。建国祭は公務でもあるのに。)
ジェインが王太子としての仕事も放棄し始めたことにエイリーナは心底がっかりした。
「分かったわ。では私の好きなようにお作り差し上げましょう。もう迷っているほどの時間はないわ。」
「はい!では早速取り掛かりましょう。用意出来なかったらエイリーナ様が恥を掻いてしまいますものね。」
今や腑抜けの王太子など気にかけている場合ではない。エイリーナを最高に輝かせなくてはと思い直し、エミリアは部屋をでていった。