儚き乙女の章2
ルージュの苦しみと哀しみの元を知って
自分の名前を言う事が出来なかった。
「・・・・・・?」
何か心惹かれるものがあってルージュは足を止めた。
綺麗な女の人が水場の近くにある大きな木の下で
上を見上げていた。
(綺麗で不思議な人)
あまりの美しさと神秘的な雰囲気にルージュは目が離せなくなって
黙ってその様子を見ていると
不自然な風がその人の長い朱金の髪をサラリと揺らして
ルージュの方にその人は振り向いた。
赤い夕焼けのような瞳がルージュを捉えて
不意に目を細めた。
ルージュは勝手に赤くなってゆく頬を
覆う事しか出来なかった。
「・・・・・お疲れ様、大変そうだけど大丈夫?」
「・・・・・・(えっ)!?」
ルージュの方に近づいてくるとその人はそう言った。
咄嗟に何を言われたか分からなかったが
理解すると今度は驚いた。
そんな言葉を掛けられたのはこの身分になって初めてだった。
思わずしげしげと見ていると
不意に手の中の洗濯の籠を取られて
気が付けばその人の手にルージュの手は包まれていた。
「・・・・・痛い?」
優しいその人の言葉に
慌てて首を振って失礼に当たらない程度に
手を引こうとしたがその人は一瞬キョトンとして
慌ててその人の方からルージュの手を離した。
「・・・・・触られるのが嫌だったのだね、
気が付かなくてごめん。
私は、そういう事が疎くて」
その言葉にルージュの方こそ驚いて
物凄い勢いで首を振って
違う事を伝えようとするが声が出ない。
(違う!・・・・私の手汚れているから)
そんな綺麗なお姫様のような手を私の手で汚しちゃいけないから
ルージュはそう伝えたいのに声が出なくて
じれったかった。
「・・・・・分かったから、うん、良いよ
そんなに悲しそうな顔しないで」
その人が微笑んだ、柔らかい表情で、
その顔が随分幼かったのでルージュは、
もしかしてこの人は実は
まだ幼い人だったのかも知れないと思った。
初めてあった人なのに
何故か落ち着く感じがしてルージュも微笑んだ
どことなく優しくて柔らかい香りもして温かい気持ちになれた。
「・・・・・!?・・・・・う・・あ・・・」
ルージュは突然気が付いて懐から
勇気の元のハンカチを出してきた。
数日たって随分その香りは消えていたけれど
同じ香りがすると思った。
「・・・・・・?・・う?」
これ、貴方が?
と言うつもりでルージュはハンカチを目の前に差し出した。
その人は、それを見てちょっと苦笑すると
照れた顔をして頷いた。
「余計な事をしてごめんね
見ていて怪我もしてるようだし何かして上げたくなって」
余計な事だったね、本当に
苦笑を漏らすその人にルージュは一生懸命に首を振って
何度もありがとうの仕草をした。
こんなことをするのも久しぶりで
でも、本当に嬉しかったのだからその気持ちを
その人に伝えたかった。
「・・・・・・ねえ、・・・・あの・・・
君の名前は何て言うのかな?
もしよかったら教えてくれたら嬉しいのだけれど?」
恐る恐るその人は聞いてきた。
ルージュは、首を傾げた。
いきなり親しげに声を掛けて来たり
手を掴んだりしていたのに
どうして今度はそんなに恐る恐るなのだろうか?
ああ・・・・もしかしてこの人は、
高貴な身分だから、人と人との付き合いが苦手なのだろうか?
と思った。
「・・・・・・・・(ルージュ)。」
口の形でそう言うと
地面に文字でそう書いた。
「・・・・ルージュ・・・?」
頷く
「・・・・・・・かわいい、綺麗な名前だね、ルージュ。」
噛み締めるように呟くその人にルージュは
どうしようかと戸惑ったけどどうしても知りたくて
トントンとその人の袖口を叩く
(貴方のお名前は何と言うのですか?)
その人の顔を見上げるルージュにさっきまで微笑んでいたのに
何故か驚いた顔と悲しげで苦しい顔をして
やっぱり失礼だったのだろうかとルージュが不安に思っていると
「・・・・フィエル・・エーフィル・・・・・私は、エーフィルだよ。」
その人はそう教えてくれた。
(エーフィル様、・・・・まるで月の女神の使いのような人)
ルージュは相手の人が女の人だと
思うのに何故かドキドキする気持ちが
押さえられなかった。
エーフィルは、いや、シルク・フィエル=サフラは
ルージュに触れられた瞬間に分かってしまった。
ルージュに残されていた
過去の欠片の思念から
ルージュの父と母が処刑された瞬間と
その時のルージュの哀しみと
命じた自分の姉であり妻であるカルーの姿を
読み取って、
ルージュの苦しみと哀しみの元を知って
自分の名前を言う事が出来なかった。




