その道は、人生の墓場に繋がっていた
【注意】
展開と設定は、恋愛作品「君に贈る祝福の音色」と同じですが、
あちらの作品の雰囲気がお好きな方は、ネタバレを含みますので、以下は読まれない方がよい気がします。
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この話には腹黒策士溺愛担当はいません。
完全な別作品として書いています。
なぜなら、まともな話を書くためにコメディやらざまぁやら腹黒やらを全部削ったからです。
でもあっちの話も腹黒策士の罠がよく読めば分かるくらいの拙い隠蔽工作なので、ざまぁも裏ではバッチリなんですけどね。コメディとざまぁを分離させたら、ハートフル詐欺も甚だしかった『君に恋する短編集』によく出てきた、年上腹黒溺愛系がヒロインを手に入れるといういつもの展開になったというミステリー。
でも、書くと雰囲気ブッ壊れるので書きませんでした。
コメディとざまぁ成分はこっちに避難させてこっそり書いてました。えへ。
こっちは、いつものテイストです。ご安心ください。
アタシは、結婚したら幸せになるものだと思っていた。
村人全員が顔見知りの、生まれ育ったこの小さな村で、結婚して子どもを産んで穏やかに暮らして行くのだと、ずっと思っていた。
けれど
婚礼の日が一月後に迫ったある雨の日、婚約者の家に昼食を届けに行ったアタシは、悲しい現実を知ってしまった。
カラーン
「こんにちはー」
軽やかな鈴の音と共に、アタシは婚約者の家を訪れた。左手には昼食の入った籠を持っている。
「お昼持ってきたよー」
屋内からは返事がなく、返ってくるのは雨の音ばかり。
おかしいな、昼食を一緒にとる約束をしていたのに。
休みだからといってまだ寝ているのかしら。
アタシは玄関先で少しの間待ってみたけれど、家の中には人のいる気配はなかった。
自給自足の生活を送り、皆が知り合いというこの村では、家に鍵を掛けるという意識があまりない。
町から徒歩で半日ほど掛かるため、村人が町へ行くことはあっても、よそ者が村に来ることはめったになかった。
だから、この村の家には、鍵などあってないようなものだった。
「留守かなぁ?」
今日は雨だから、狩りには行っていないはず。
両親が結婚に必要な物を買い出しに町まで行くから、昼食を持ってきて欲しいと彼が言っていたのに。
「もしかしたら、新居の方にいるのかもしれないわね」
今朝焼いたばかりのパンを濡らさないように気をつけながら、アタシは少し離れた場所に出来上がりつつある新居に向かった。
この村の風習は古風だと町では言われている。
男は家を作り、女を迎える。
女は家を飾るための布を織り、男に嫁ぐ。
花婿が作った何もない新居に、花嫁が作った調度品を設えて、はじめて結婚は成立する。
だから、最初に新居に入る女性は「妻」だと、村では決まっていた。
新居に着くと風が玄関の扉を揺らしたのか、少し扉が開いていた。
新居は、夫婦で住むには少し大きい。
花婿には自分一人で家を建てなければならないため、最低限の大きさの新居を建てる者が多い中、この新居は他の住居よりも立派に見えた。
もうすぐ結婚して、二人でここに住むのだと考えるとアタシの心はドキドキして止まらなくなる。
婚約者は村長の息子で、村の女の子から凄く人気があった。
鄙には稀な美形だと大人が言っていたけど、ホントにかなりかっこいい。村の他の男の子たちに比べて全然ゴツくなくて、物語の王子様みたいだと皆でよく話していたくらい。
そんな人がなぜかアタシを結婚相手に選んだから、皆はびっくりしていた。
だって、アタシはなんの取り柄もないから。
お姫様みたいな金髪じゃないし、顔も平凡。自分では、可愛い系だと思うんだけど、アタシよりずっと綺麗な子が村にはいるからなあ。
頭もあんまり良いとは言えない。村の学校では、真ん中より少し上くらいの成績だったしさ。
だからアタシも、そんなことあり得ないって最初は思ってたんだけど、彼と一緒にいる時間が一気に増えたら、もうそんなことは考えられなくなった。
晴れた日は、彼と一緒に畑仕事をしたり、魚を釣りにいったり、たまに猟に連れていってもらったり。
田舎の村で何もないけれど、色んなところへ一緒に行って、彼のことを知るたびに好きになっていった。
なんでもできる王子様みたいな人だと思っていたけど、アタシより釣りがヘタなところとかギャップがあって可愛いって思った。
罠にかかったウサギを見て「かわいそう」とか言われたときには、きゅんきゅんしてしまった。アタシは心のなかで「今日はウサギ肉祭りじゃー」って叫んでたもん。
気が付いたら、ホントに好きになってた。
憧れの人のお嫁さんになれるなら、理由なんてどうでもいいって思うようになってたんだ。
村の風習で、婚約期間は一年間以内。
それまでに花婿は家を建てなければならず、花嫁はテーブルクロスやカーテンだけでなく寝具や衣類に至るまで作らなければならない。
これ、結構たいへんなのよ。
新居に合わせて色々作んなきゃならないのに、建設中で実物は見られないんだもの。
いずれ夫婦になる二人が、きちんと互いに意思の疎通を図れるようにって理由らしいけど、マジ迷惑。
まあ、アタシは織物も裁縫も嫌いじゃないからいいんだけどさ。やるからには、きっちりやりたいじゃない。
うーん、これだけ家が大きいと、たくさんカーテンとかいるわよね。普段使わないところの刺繍は、簡単な図柄でいいかしら。
アタシはそっと玄関から薄暗い屋内を覗き込んだ。
中には入れないけれど、せめて室内の雰囲気だけでも確認しておきたいしね。
ギィィ
中は雨の当たる音がパラパラと響き、扉の音も掻き消してしまったようだ。
ぎしり、と床の軋む音が玄関に響いて、アタシはちょっとびくってなった。やだ、アタシそんなに体重重くないのにっ!なんでこんな音がなるわけ!?やな感じ。
ざあっと強くなる雨音に混じって、ぴちょんぴちょんとどこかから水滴の落ちる音がする。いったいどこからこの音はしているのかしら。
音の発生源を突き止めるため、身を乗り出しつつ室内の音に耳を澄ませていると、奥の部屋から話し声が聞こえてきた。
誰かがいるようだ。
さらに聞き耳をたてていると、聞き覚えのある婚約者の声だとわかる。
内装がどうこうと聞こえてくるから、こんな雨の日にまで新居を完成させようと頑張っているのね!
アタシは自分がにやけそうになるのを、必死に堪えた。
ダメよ、こんな締まりの無い顔を見られたら嫌われちゃうわ。
だけど、無理に直す必要はなかった。
次の瞬間、アタシは信じられないものを聞いて、硬直しまったから。
だって、部屋の中からアタシがよく知っている「女」の声が聞こえてきたのだもの!
「ねぇ。結婚前なのに婚約者を放っておいていいの?」
新居には「妻」になる花嫁が最初に入るという風習があるのに、どうして今彼女の声が聞こえるのか、頭のよくないアタシにはわからなかった。
「いいんだよ、好きで一緒にいるわけじゃないし」
「酷い人ねぇ」
クスクスと楽しそうに笑う声がする。
何がそんなに楽しいのかしら、当事者のアタシにも分かるように説明して欲しいんだけど。
そう思っていたら、ご丁寧に婚約者様の説明が始まった。やだ、エスパー?
「親父があいつを嫁にしろとか言うからしただけだよ」
「じゃあ好きで結婚するんじゃないの?」
「好きといえば好きかもな。俺が嫌いな獣の解体とか代わりにやってくれるし、苦手な畑仕事もよく手伝ってくれるし」
「やだ、それ便利に使ってるだけじゃない」
「そうとも言うかな」
「ふふ、かわいそう。あの子、あなたのこと本気なのに」
「だから、従順な理想的な嫁だろ?俺に絶対逆らわないし、よく働くし、………お前とのことも気が付かない、鈍感女だし」
「そうよ、すごくいい子なの。自分が利用されてるのにまったく気付いてない、都合のいい子」
「ひどい女」
「あら、そんな女が好きなくせに」
「ああ、最高だよ」
新居にいたのは、アタシか親友だと思っていた女だった。
美人で明るくて、男の子からすごく人気があった。
彼女はいつか町へ出て、素敵な男性と恋に落ちるのだと語っていた。だから、村長の息子は恋愛対象外だと言っていたはずなのに、なんで?
アタシは悲しかった。
都合のいい女呼ばわりされたことより、アタシの結婚を心から喜んでくれた両親に何て言えばいいのかわからなくて途方にくれた。
アタシは彼に愛されていないのに、結婚しなければならないのだろうか。
だって、この新居には既に別の女が、彼に迎えられて部屋のなかにいるじゃない。
招かれていない花嫁は、この新居に入る資格がない。
ねえ、この家はいったい誰のために作ったの?
アタシのためじゃなかったの?
この一年近く、あなたはずっとアタシを便利に使っていただけだったの?
「……こんなのって、ないよ」
アタシは胸が苦しくなってきて、視界が滲んでいく。
ぽた、ぽた、と落ちる雫がアタシの頬を濡らしていった。
「冷た」
まだ、涙は溢れていない。
だけど、アタシの頬は確かに濡れていた。
「なんで?」
アタシは頭上を見た。よくわからないが、微かに明るい部分が見える。
そうして足元を見て、ようやく水滴の正体がわかった。
雨漏りだった。
それを知って、アタシの気持ちは急に冷めた。
心に冷たい風が通ったみたいに、彼に感じていた熱は一気に下がった。
新居で雨漏りとはどういうことだろうか。欠陥住宅も甚だしい。
さらに、アタシは気付いてしまった。
隙間風は心にだけでなく実際に新居に吹き込んでいるのだと。
「欠陥住宅じゃ、心穏やかには暮らせないわ」
そう考えてみると、入口の床の軋みも扉が開いていたのも、すべてが合点がいった。
彼は見映えばかりよくして、住み心地などは考えずに作っていたのだろう。どんなものであっても、期限内に家を建てればいいと思っていたに違いない。
もしかしたら、欠陥部分はアタシに直させるつもりだったのかもしれないし。
婚約者の体力が無いのは知っている。だから、楽に簡単に早く建てたに違いない。
「駄目だわ、アタシ現実が見えてなかった」
こんな頼りにならない生活能力のないダメ男の嫁になったら、苦労するのは目に見えている。
アタシは、そっと新居から出ていった。
まずは娘を溺愛する親友の両親に報告するつもりだ。
あの子の両親は娘が町へいくことに強く反対していたし、あの子を村長の息子の嫁にさせたがっていた。
だから、アタシが泣きながら「愛し合う二人の邪魔をしてごめんなさい」とか言ったら大喜びするに違いない。
アタシは昼食の籠を玄関の扉の前に置いて、精一杯悲しそうな辛そうな顔を作り、雨の中を走り出した。
なるべく人目に付くように、不審に思われるような演出をしておくのだ。
出会った人には、婚約者と親友のことを涙ながらにちょっとだけ話していくことを忘れない。
アタシが婚約者を寝取られたことは、すぐに村中に伝わるはずだ。
でも、アタシは被害者。
悪いのはあの二人だ。
「愛し合う二人の邪魔をする気はなかった」ってずっと泣いていれば、きっと「いい子」だと思ってもらえる。
鈍くてお人好しの、かわいそうな子だって。
アタシの選んだ結婚は、幸せではなく人生の墓場に繋がっていた。
それに気がついたら、全力で引き返すべきじゃないかとアタシは思う。
だって、うちの村はド田舎で万年嫁不足だから、結婚相手は選びたい放題だしね。
アタシは今度はちゃんと、自分を愛してくれる(身体が丈夫で真面目な働き者の)男を捕まえるんだ!
この話が、ああなるのはミステリーでしかないと思う。
同時掲載しようとしてたので、毛布子にしなかったのが「君に~」にとっては仇となった気がします。
(ネタバレ裏話)
『君に贈る祝福の音色』は、ジールが他の男子を牽制したり、二人を焚き付けたり、行動パターン把握したり、小道具準備したりと、リンディを堕とすために頑張って暗躍してました。
声を掛けられて家に入ったが最後、リンディはジールのお嫁さんになる運命でした。
お読みいただき、ありがとうございました。