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短編集  作者: 黒澤 由亜
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あちらにつれていく

聞いてない。聞いてない。聞いてない。


ありえない。ありえない。ありえない。


どうして、どうして……


□ ■ □ ■ □ ■


外はもう真っ暗。冬ゆえに、早い時間から暗くなってしまうのは仕方のないことだが、温かい格好をしていても寒さが目立つ。

そもそも僕がこんな思いをしなくちゃいけなくなった理由は……まあ、僕にある。

昨日は疲れて学校から帰ってきてすぐ寝てしまい、宿題ができずに学校に来て先生に怒られて放課後補習となってしまったんだ。

所謂自業自得ってやつだ。

僕の家は片親だから、僕がご飯を作ったりするんだ。……お父さんや妹に任せると、凄いことになるし。

宿題なんてやってる暇ないよ。

すっかり遅くなってしまったと溜息を吐くと、室内だというのに息が白いことに気付いた。

昨日の分の宿題は終わった。今日の分は、家に帰ってやろう。

疲れた目をぱちぱちと瞬かせながら、ランドセルに筆箱や教科書ノートなどを詰め込む。

そういえば今日の給食の主食はコッペパンで、下校の時に帰りながら食べよう、と残して机の中に突っ込んだ食べかけのパンもランドセルの中に入れておく。

ランドセルを背負って、ふと電気の点いていない暗い教室を見渡してみる。


すると、教室の隅の埃被った席に黒髪長髪の女の子が体育座りして俯いていた。


「ッ!?」


僕はその存在を視認した途端、驚いてガタッと自分の机にぶつかってしまう。

さっきまであの女の子はいなかった筈だ。いつ教室に入ってきた?そもそも、あんな子うちのクラスに居たか?

顔は長い前髪が邪魔してチラリとも見えない。身動ぎもしない。居眠りかな?……なんだか、益々寒くなったような気がするのだが……。

僕は彼女に恐る恐る近づいてみる。ちょっとした興味本位だったんだ。

服装は白いシャツにサスペンダー付きの黒いチェックスカート。こんなに寒いのに、なかなかの薄着だった。彼女は依然俯いたまま。ちょっと心配になって、肩をポンポンと叩いてみる。数秒後、彼女は顔を上げた。


「えっ……」


なんということだ!前髪から覗く顔が青白い。頬がこけて、目にも隈がうっすらと見える。唇も紫色になっている。ああ、そんな薄着でいるから……。

でもよく見ると、とても綺麗な顔をしている。……可愛い。

とにかく、僕は恐らく初めて話すであろう彼女の名前を聞いてみることにした。


「ねぇ君……名前、なんていうの?」


訪ねてみたが彼女は僕の目を見つめたまま、ピクリとも動かない。ブラックホールのような真っ黒の瞳に、僕は引きずり込まれるような感覚に陥った。なんともいえない沈黙と気まずさが辺りを漂う。

ついに耐えられなくなり、違う話題を出そうとしたときだった。


「土御門つちみかど 詩うた」


小さい声だった。僕を見上げたまま、彼女は名を口にした。

『土御門 詩』……それが彼女の名前だった。


「えっと……詩……は、このクラスだったっけ?」


自分のクラスの人達だったら大体は把握している。でもその中に、詩はいなかった気がする。

……はっきり言ってこの質問は、自分でも凄く失礼だと思う。詩がこのクラスだったのなら、謝らなきゃな。


「………ちがう」


たっぷり間をあけて詩は答えた。

やっぱり……。じゃあ、なんでこんな時間にこの教室にいるんだろう。自分のクラスは?何組なんだろう。


「詩、」

「あなたは」


問おうと思ったが、詩に遮られてしまった。

詩は未だ僕をじっと見つめている。……そんなに見なくてもいいじゃないか、穴が開きそうだよ……。


「あなたのなまえ、おしえて」


お父さんがお酒を飲んだときのような、少し拙い透き通った声が僕の鼓膜を震わせる。


「僕?僕はね、傑木すぐるぎ 蒼あおいっていうんだ」

「あおい……すてきななまえ、ね」

「本当?ありがとう、詩も可愛い名前だよね!」


詩に褒められたのが嬉しくて、変にテンションが上がってしまう。


「……ありがとう」


彼女の青白い顔に、赤が差す。少し健康的になった詩の顔色に、僕はほっとした。

……ところで、どうして詩はここにいるのだろうか。外はこんなに暗いのに、まだ帰らないのか?


「そういえばさ……詩、帰らないの?」

「…………」


上がり気味だった口角がスッと下がって、彼女は元の無表情に戻ってしまった。

僕は何か気に障ることを言ってしまった?帰りたくないのかな……、家の環境がよくないとか?

詩は僕から視線を逸らし、体育座りだった脚も地に降ろす。外の街灯で照らされた彼女の艶やかな髪の毛が、揺れた。


「あおいは、わたしといっしょにいてくれる?」

「わたしはいっしょにいたい」

「ひとりはさびしい」

「いっしょにいて、あおい」

「いっしょにいてくれないのなら」


「         」


口数の少なかった詩が、突然饒舌に喋り始める。何を言っているのか、意味がわからない。

椅子からゆらりと立ち上がって、僕のすぐ目の前に立つ。

なんだ、なんなんだ、どうしていきなり詩は……。

彼女の手がゆっくり伸びてくる。何故かとても嫌な予感がして、僕は詩から逃げ出した。

自分でもよくわからない。どうして詩から逃げ出したのか。でも、詩は……。

我武者羅に走って、走って、ランドセルが跳ねてぎしぎしと鳴る。

詩は綺麗なのに、触れるのに、どこか人間離れしているんだ。

今時の子にしては古臭いシンプルな服装。名前。

だから、怖くなった。(安心していたから、大丈夫だと思ったから)


下駄箱で、スノコを踏み鳴らしながら靴を履き替える。閉まっている扉を飛びつく様に開こうとした。

が、扉は開かなかった。鍵は掛かってないのに、開かない。どうしてだ?どうして。わからない、頭が混乱している。

何かがおかしい。いくら確認しても鍵は掛かっていない。なのに開かないのだ。

何度も何度もガタガタと取っ手を引く。ありえない、ありえない。僕がおかしかったのか?鍵が掛かってなくても扉が開かないことがあったのか。驚いた。これは傑作だ。笑いものだ、ははは。

くそ、明日学校に来たら皆に話して笑わせてやろう!

寒い、何かが追ってくる。白いハイソックスに包まれた上履きの足が、僕を追って、パタパタと。

追いつかれたときには何が待っている?何をされる?追いつかれたときには……。


『         』


詩の言葉を思い出して、血の気が引く。詩に捕まってはダメだ、逃げるんだ!

僕は慌てて下駄箱から飛び出す。土足だが履き替えている時間が惜しい、他の場所に逃げなくては!

そうだ、先生はいるだろうか。いくら生徒が帰っているからといっても、必ず職員室に一人は居るだろう。教員に助けを求めれば……。ああ、何でこうなってしまったんだろう。早く帰りたい。お父さんも

瑠璃も心配していることだろう。

二階の職員室の扉を勢いよく開け放つと、同時に錆び臭い臭いがむわりと漂ってくる。……なんだ、この臭い。

沢山の机と書類が床に散らばっているのが見える。綺麗に整っていた職員室が、散乱して異質な臭いを放っている。

おかしい。床が一面真っ赤だ。人が何人か倒れている。……なんだ、これ。

怖いもの見たさで近寄ってみると、皆首から血を流していた。その中には、僕のクラスの担任の先生もいた。驚愕して声も出ない。絶句。


「せんせい……先生……?」


先生を揺さぶってみても、反応がない。……当たり前だ。この出血量で生きているはずがない。体はとっくのとうに冷たくなってしまっている。

どうしよう。これで教師に頼るという選択肢はなくなってしまった。帰りたい。お腹すいた。

ランドセルの中には食べかけのコッペパンがあるが、今は食べる気にはなれない。今食べたら全て吐き出してしまいそうだ。

疲弊しきった僕は体も心もぼろぼろだったけど、それでもここで死ぬわけにはいかなかった。僕が死んだら、瑠璃が泣いてしまう。家事のできないお父さんの代わりに、誰がやるっていうんだ。

僕は重い足を引き摺って職員室から出て、扉をきっちりと閉める。

そして他に脱出する方法を探すために横を向き―――


「……ぁ?」


何か、凄まじい痛みがお腹から全身に広がる。

……なんだこれは、なんだこれは―――!?

お腹に何かが刺さっている。何かとは……包丁?

いや、ナイフ。果物ナイフだ。それが僕のお腹に突き刺さっている。

柄を握っているのは血色の悪い青白い手。目の前に立っているのは……詩。

彼女は僕の腹から果物ナイフを抜くと、少し離れた。

周りの光景がスローモーションで流れていく。気付けば僕は、廊下に倒れこんでいた。

血が地面に広がる。……目の前が霞んでよく見えない。


「ぅ……詩……?」

「いっしょにいるの。ずっといっしょに」


〝やくそくしたから〟


『あちらにつれていく』



ごめん……おとうさん、るり……。

わるいけどきょうは、かえれなさそうなんだ。

ちゃんとごはんたべて、おふろはいってねてね。るりはなかずにともだちとなかよくするんだぞ。

ぼく?ぼくは――――。


The end

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