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短編集  作者: 黒澤 由亜
14/16

mensis


「ねえ。今、幸せ?」


聞けば、目の前の女性ははにかみながら「当たり前よ」と答えた。





例えば、夕暮れのマンションの屋上。

そこに、飛び降りを計画した一人の女性がいたとする。

あなたはその女性を、助けることができる?

答えは―――。




「―――危ない!」


その現場を目にした瞬間、体が勝手に動いた。

自ら死のうとしているのだから危ないも何もないのに、私は叫んで今にも地の底へと飛んで行きそうな女性を抱きしめた。

なんとかひきとめることができ、錯乱した様子の女性を押さえつけるように無理矢理座らせた。


「いやああぁあぁぁ死なせて!死なせてぇぇえ!!」

「駄目!生きるの!」


狂ったように泣き叫ぶ女性を抱きこみ力任せに抑える。

しばらくそうしていると、女性は諦めたのかがっくりと肩を落とした。

顔を覆ってすすり泣く女性の、白いワンピースを纏った薄い体。

骨と皮だけでできてるのかと錯覚するくらい、細い細い四肢。

どうして彼女をこんなになるまで放っておいたのか、私には理解できなかった。

周りの人間はこれほどまでに痩せ細った彼女を見て、なんとも思わなかったのか?

それとも、彼女の周りに彼女を心配してくれるほどの近しい身の人物がいなかったのか。

どちらにしろ、彼女を癒せる場所はどこにもないと見受けた。


だから、彼女は「死」に救いを求めたのだろう。





私は自分の家で女性を匿った。目を覚ました女性は知らない家を見渡しても何を言うこともなく、全く知らない私を見ても、何の反応も見せなかった。

もう全てがどうでもよくなったのだろう。私も何度もそんな状態になったことがある。私達は案外似た者同士なのかもと、よく知りもしないのにそんなことを思った。

私には、両親がいない。兄弟も親戚も、誰もいない。天涯孤独だった。

両親達が残した遺産はまだ残っていた。だから、懐にも余裕があった。

それがなかったら、私は女性を匿うなんてことはしなかっただろう。



それから二ヶ月。

私は食事を拒む彼女の口にご飯を詰め込み、水を飲ませ、生き永らえさせた。

最初は全くと言っていいほど口を開かず喋りもしなかった彼女も、数週間住を共にすれば段々と態度も柔らかくなっていった。

女性の名前はカノン。家名は教えて貰えなかった。

カノンは私より二つ年上の、二十三歳だという。まだ若いのに自殺を選ばせるなんて、この世界はなんて残酷なんだろう。ぼんやりとした意識の中、そう思った。

カノンは私と初めて逢ったあの日より格段に太った。……太ったといっても、標準体型になっただけだが。

カノンは、話してみればとても面白い人だった。随分前にしたアルバイトの話、学校での話、とにかく彼女はよく「前」を懐かしんだ。

私は、カノンの話が大好きだった。二歳違うだけなのに色々なことを体験している彼女の話が。案外、二年って大きいものなんだなと思った。

カノンは沢山笑うようになった。

すっかり元気を取り戻したカノンに、私もホッとする。


でも、このままじゃいけない気がした。

私は彼女を匿っているだけだ。だから、彼女を家に帰さなくちゃいけない。

私は考えた。ない脳味噌を働かせ、思考をぐるぐるとめぐらせた。


「ねえ。今、幸せ?」


唐突な質問にカノンは怪訝な顔をして、それから笑った。


「当たり前よ」


まるで天女の微笑み。実物を見たことはないけれど、絵本などの挿絵に描かれる女神の微笑みに酷似していた。

―――私は、本当に幸せそうに笑うカノンを見て安堵し、彼女を家に帰すことに決めた。





「……え?×××、今なんて……」


困惑、不安、悲哀の表情をしたカノンが泣きそうな顔で問いかけてくる。

そんな顔をされても、彼女を家に帰すことはもう決定してしまったのだ。

本当はまだ一緒にいたい。でも、このままじゃカノンは駄目になってしまう。私と一緒にいたら、カノンは―――。

ぎゅっと拳を作って、決心を固める。この気持ちが今揺らいでしまったら、もう戻れないと思ったから。


「カノン……そろそろもう、いいでしょ?」

「なんのこと?あたしにも分かるように、説明して」


本当は解っているくせに。そう思いながらも、私は迷わずそれを吐き出した。


「あんたがここにいるのは体が良くなったら、そういう約束だったでしょ」

「……そうね」

「今のあんたはとても元気そうだし、家に帰してもいいと思うの」

「…………」


沈黙。黙り込んでしまったカノンに、事前に纏めておいた荷物を押し付ける。


「無責任だって解ってるけど、でもこのままじゃいけない気がしたの」

「……やだ」


ついには子供のように駄々を捏ねだしたカノンに、小さく溜息が出た。


「嫌、嫌よ……!お金が理由ならあたしも働くから、だからまだここに……っ」

「駄目」


きっぱりと言い放った。

何故なら私が心配しているのはお金じゃなく、彼女だから。

切羽詰った表情で「でも」「やっぱり」と繰り返すカノンを見て、更に苦しくなる。

―――最初はこんなつもりじゃなかったのに。


「ごめん、カノン」


そんな風にしてしまって。


mensis=月

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