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主人公資格の死角

作者: 甲冑

 

 この春、僕は主人公になった。

 かつて物語の外側で生きていた僕は、ある時は教室のモブ生徒で、ある時は街中を歩くエキストラのひとりに過ぎなかった。けれど、時代が移り変わるにつれて、僕のような無個性なキャラも日の目を見られるようになったのだ。いつの時代も物語の受け手の世界では何が流行るかわからないものだ。


 設定上、通っている高校が休みだったので、僕は商店街にある喫茶店へと足を運んでいた。カウンター席に座り、パスケースから免許証を取り出して眺める。

『第一種主人公免許』と刻まれた空色の文字の羅列を指でなぞると、資格取得に奔走した日々を思い出す。

「よう、主人公。調子はどうだい?」

 カウンターの向こう側から馴染み深い声をかけられ、僕は思わず顔をあげる。ツンツンした黒髪をバンダナで纏め、喫茶店のロゴの入った深緑のエプロンをした快活そうな青年が、そこにはいた。

「イロミヤ! 久しぶりだね!」

「おう、お前も元気そうじゃねーか」

 イロミヤは僕の専門学校時代の友人だ。キャラクターとして物語に生きるためには、それぞれの役割に適した資格がいる。イロミヤと僕は、共に「主人公学」の修士課程を終えた仲だった。

「君がこんなところでバイトしてるなんてね」

「ま、俺にも色々事情があるんでね」

「居候系のヒロインでも転がり込んできたの?」

「はは。じゃあ、そういうことにしといてくれ」

 そう言いながらイロミヤは、僕の前にコーヒーの入ったカップを置いた。

「僕まだ注文してないんだけど……」

「気にすんな。俺のおごりだよ。砂糖は三個でミルクが一個だったよな?」

 主人公になってもお子様舌は相変わらずか? なんて軽口を叩きながら、イロミヤはてきぱきと砂糖とミルクを並べてくれた。こういう気配りが主人公には必要なのかもしれない。僕も見習わなきゃなぁ。

「で、初めての主人公はどういった具合なんだ?」

 うまくやってるか? とイロミヤは興味津々で聞いてくる。

「うん。まぁ一応頑張ってるつもりなんだけどさ……」

「なんだ。なんか問題でも抱えてんのか。ま、主人公なんて得てしてそんなもんだけどな」

 カウンターの向こう側で、頬杖をつくイロミヤ。他にお客さんがいないとはいえ、バイトがここまでくつろいでていいのかな。

「別に、問題って言うほど大それたものじゃないんだけど……」

 スティックシュガーの封を切って、コーヒーに入れる。

「もったいぶるなよ。俺とお前の仲じゃねーか。遠慮すんな。愚痴でもなんでも聞いてやるさ」

 頼もしいなぁ。僕じゃきっとイロミヤみたいな男気溢れる主人公にはなれない。

 コーヒーにミルクを溶かしたところで、僕はようやく口を開いた。

「なんて言うか、違和感があるんだ」

「違和感?」

「今、僕は男子高校生で、もちろん高校に通ってるわけで」

「学園モノなら、普通っちゃあ普通だな」

「学校の友達や先生、部活の先輩だって僕に良くしてくれるよ。充実してないって言ったら嘘になる。でも、おかしいんだ」

 かき混ぜるのをやめて、コーヒーをすする。

「にが……。ここのコーヒー苦くない?」

「いいから、続けろ。話の腰を折るな」

 さしものイロミヤも呆れていた。こういう無意識の発言にも注意しなきゃなぁ。

「うん。端的に言えば、そう、ヒロインがいないんだよ!」

 時期的に言えば、すでにヒロインに出会っていてもおかしくない。謎の組織に追われてる魔法使いとか、クラスの内気な女の子とか、転校してくるツンデレ少女とか。でも、そんな出会いは一切訪れていない。これは一体どういうことなのだろう。

「ヒロインねぇ……」

 イロミヤは顎に手を当て、考える。

「わからん」

「ええー、そんな無責任な!」

「わからねぇけど、この物語にお前が選ばれたのはお前が適任だったからさ。なんにせよ、主人公はお前なんだ。お前が悩んで決断していかなきゃ始まらない。頑張ったら、結果もヒロインも後から勝手についてくるかもよ」

「本当かなぁ……」






 嘘を吐いた。

 本当はわかっていたし、あいつも気付くべきだったんだ。

 空っぽになったカウンター席を見て、俺は思う。

 あいつのもとにヒロインが現れることはない。

 あいつは気付くべきだったんだ。

 同じ物語に、主人公資格を持つキャラが二人いることのおかしさに。

 あいつは気付くべきだったんだ。

 受け手の世界で求められる物語は必ずしも男女の恋愛だけでないことに。

 あいつの飲んだコーヒーの代金を払うため、財布を開けるとそこから一枚の免許証がすべり落ちた。主人公免許と同じ空色で『第一種幼馴染免許』と刻まれたそれを拾い上げる。

 カウンターに残されたカップにはすっかりぬるくなったコーヒーが残っていた。やっぱり、あいつのお子様舌は相変わらずだ。

 きっと、そのことを知っているのは、この物語の世界で俺だけなのだろう。なら、なおさら。

「お前に、最初に攻略されるのは、俺じゃないとな」

 決意と共に飲み干したカップの中身は、どうしようもなく甘ったるくてぬるかった。


謎世界観の掌編でした。この程度ではBLに引っかからないかな、と思い公開制限をかけませんでしたが、不快に思われる方がいましたら申し訳ありません。

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