お友達はいらない2
毎回のことですが短いです
たとえ明日香の美貌に嫉妬した誰かが何と言おうと、明日香は美少年に違いなかった。
艶のある黒檀の髪に乳白色の滑らかで透き通るような肌。
一見、黒に見える大きな瞳は角度によっては青がかって見え、その周りを長いまつ毛が自然にカールしている。すっと上品に通った鼻筋と、その下にある薄く赤い唇。
八歳にしては少し高い身長と、それに見合う長くスラリとした手足は、将来の素晴らしい外見を想像させる。
おまけに、母親から受け継がれた、独特の、ゾクリと背筋が冷えるような雰囲気を持っていた。
全てが整いすぎたこの少年美の持ち主、明日香は、現在小学校に行っていない。
それというのも、幼い頃から容姿故に子供社会で大変な扱い──仲間外れにされることは無かったが、祭り上げられたことなら多々ある──をされて来たためだ。
そんな訳で小学校に行くつもりもなかったし、当然同年代の友人を作るつもりも毛頭なかった。
父親には中学校からは通うようにと言われていたので、それまでは友人一人いない気ままな生活をしようと思っていた。
「おーい!出て来いよ!狡いぞ!!」
外から呼びかける声が聞こえるが、明日香は出て行く気も無ければ声を返す気さえない。
屋敷にいる明日香に必死に声を発しているのは、いつぞや裏庭で出会ったガキ大将だ。
あれからちょくちょく庭に忍び込んで、何とか明日香と会おうとしているらしい。
学校の帰りらしく、今日は友達数人を引き連れている。
「なあんだ、誰も出てこないじゃん」
「近所で噂ってだけなんだろ?実際は居ないんじゃない?」
「まーたゆうじがウソついた!」
「ねえ、俺この後塾あるから帰るよ」
「俺も!」
「じゃーな、ゆうじ」
どうやらガキ大将の名前は「ゆうじ」というようだ。
「えっ!あ、ちょっとお前ら待てよ!ホントなんだって!俺らと同じくらいのヤツが!!」
「ゆうじぃ、いい加減にしろよな。俺らのことそうやってからかってんだろ!」
「悪い、俺本当に早く帰らないとママに怒られる!」
「ウソばっかつく奴は信用するなって父ちゃんが言ってたぜ」
「それにこの家に侵入したってバレたら家の人にボコられるじゃん!」
「やっべ、早く帰ろうぜ」
「ウソばっかついてんなよ!」
ぞろぞろと裏庭から出て行く少年達を横目で見ながら、当の明日香はバイオリンを弾く。
家庭教師が指示した章まで弾き終わって窓から外を覗き込んでみると、一人項垂れた「ゆうじ」がまだ裏庭に立っていた。
5月も終わり頃だ。すぐに日が暮れる。
だが外がすっかり暗くなっても、少年はまだ立っているではないか。
なるべく視界に入らないようにしていた明日香も、これには少々迷惑だった。
だからと言って、彼の前に今から出て行くつもりもない。
明日香には興味の無い事だった。
ただそれだけなのだ。
その後まだ少年「ゆうじ」が外にいるか確認することもせず、バイオリンのレッスンを淡々とこなした。
あれから一度も彼を確認することは無かったのでいつ帰ったのかも分からないが、今の明日香は彼の存在さえも気にかけていないようだった。
バイオリンのレッスンが終わって一階へ下りると、一週間ぶりに父と会った。
「よう、明日香」
「父さん、絵は完成したの?」
「おうよ!後で見せてやる」
「別にいい」
「そう言うなよ。自分がモデルの絵だぞ」
「それより、今日は外食しないの?」
「当然するさ。打ち上げだ!久しぶりにフレンチに行くぞ」
「はーい。冬子さん、僕の上着持ってきて!」
「あ、もしもし?七原ですけど、これから行くんでいつもの席よろしくね。ウン、はいはいどーもー」
レストランは街の外れにある古い洋館だ。
父はここの常連で贔屓の店として利用している。
前菜が運ばれて来ると、急に父が話を切り出した。
「ちょっとなあ........今度は都内で個展開くから、今まで描き溜めてあった絵を全部出そうかと思うんだ。お前の絵もあるけど、いいだろ?」
そう言う父の顔はニヤついている。
「..........嫌って言っても出すのに聞くのやめなよ」
「いや一応な。で、いいってことだな?」
「もういいよ」
「よし!ゴディ○のチョコ買ってやる!」
無論、この親子にゴディ○などというのは冗談なのだが。そういった一般に広まり過ぎた物には興味を持ちにくいたちなのだ。
ため息を一つつくと前菜の中にあったフォアグラペーストをナイフでパンに塗り付ける。その手つきは手慣れていた。
「チョコレートじゃなくてキラキラしたものがいい」
実は前からピアスを開けて見たかった明日香だが、直接そう言うとすぐ反対されることが目に見えていたのでわざと「キラキラしたもの」と言ったのだ。その言い方ならば、宝石や綺麗な石、アクセサリーとも取れる。
実際、宝石の着いたピアスの写真を見たことでそう思うようになったのだが。
「なんだよ、汽車の模型とか言い出すのかと思った。......それにしても、なんでキラキラしたものを」
「宝石の図鑑が家にあったでしょ?」
「ああ、あれを見たのか。珍しいな、そんな物を欲しがるなんて。いいぞ?買ってやる」
今度は明日香がニヤつく番だ。
「悪そうな顔だな!なんだよ、もっと子供らしく喜んでくれよ」
「冗談だよ。でも前にこの顔で秋子さんのお昼寝してる顔を覗いたら大騒ぎしてたよ」
明日香は言われた通り少し嬉しそうに喜色をにじませた表情にしてみせた。
「いやなんでさっきのとこで喜ばないで今の話で嬉しそうなんだよ。性格歪みすぎだろ!」
「え?だって喜べって言ったじゃん。性格は...父さんの子供だし」
「....当たり前だろって顔すんのやめろよ」
「当たり前でしょ?」
「....................」