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明日は桃香の風が吹く  作者: うきわ
日常編
4/43

お友達はいらない



女中の秋子に頼まれて、テーブルや玄関に飾る花を庭で切り取っていると、ポツポツと雨が降ってきた。

伐採用のハサミを動かすのをやめ、空を見上げるとすっかり黒くなっていた。

もうすぐ梅雨だなと思いつつ、春雨を避けて屋根のあるテラスに上がる。

通り雨だといいのにと期待してテラスの金属製の椅子に座っていると風が強く音を立てて耳元を過ぎ去っていった。肌寒い。


雨もどんどん強くなって行くので、止むのを待つのはやめて室内に入る。



「秋子さん、雨が降ってきたけど、花はこれくらいでいいの?」


「あら明日香さま、大丈夫ですよ。わざわざありがとうございます。もうすぐお昼にしましょうね」


「うん」


秋子は長いサラサラの黒髪を後ろにひっつめ、キッチンで食器を取り出している所だった。


「今日の昼食は何?」


明日香が花を花瓶に入れながら聞くと、秋子はお皿に盛り付けていたおかずの他に、鍋の中のデミグラスソースを見せてくれた。


「昼からハンバーグ?」


「残念!オムライスですよ、坊ちゃんの好きな!」


実際、そこまで好きという料理は無いが、そう言われて何も返さないのもマナーが悪い。


「本当?嬉しい」


ニッコリと笑ってみせた。


「卵はとろとろにしましょうね」


秋子の美しい顔はデレデレに崩れている。

これできっとアフタヌーンティーは美味しい菓子が出るはず。彼女の気分によって茶受けの菓子のランクが変わるのは勘弁して欲しいところだ。


しばらくするともう一人の母屋の女中、冬子が急ぎ足で食堂に入ってきた。

両手にダンボールの郵便物を抱えている。

ドスン、と埃が舞う程勢いよく床に置いて「ハア.....」と息をついたので、相当重かったようだ。


「なに、それ?」


明日香が訊くと英語の伝票を見せてくれた。これくらいなら明日香も読めた。


「......イギリスのハムみたいですよ」


「父さんの個展と関係あるんだろうね?」


「ええ、さすが明日香さま。旦那さまが言うに、個展の会場で知り合った方からだそうで」


ずれたメガネを直しながら言う冬子はショートカットの、明日香以上にあまり表情がわからない人だ。真面目で、見た目の派手さは秋子に劣るものの、所作が綺麗なので気にならないどころか、落ち着いている為、優雅にさえ見える。

明日香はこの女中を気に入っていた。


じんわり汗が滲んでいるのでハンカチで拭いてやると、穏やかに微笑んだ。


「いたわって下さいますか。ありがとうございます」


ふわり、と彼女の柑橘系の香水の匂いが漂う時が明日香は好きだった。



「ああ!!洗濯物!!!」


そろそろ昼だという時、秋子が悲鳴を上げた。

雨が降っているのに干したままだったようだ。料理以外だとおっちょこちょいを連発する。うちでは一番騒がしい人間だ。

ちょうど火を使ってデミグラスソースを温めていた秋子の代わりに、明日香と冬子で取り込む。


幸い、二階に駆け上がった時には雨は弱まり、大して濡れずに取り込めた。


ただし、強風で下の裏庭にタオルが落ちていたが。


裏庭に面するテラスから出ると、上から見るとわかったタオルの場所がすっかりわからなくなっている。


「あーあ、タオルくらい見捨ててもいいかな」


つぶやいた独り言に、まさか返事が来ると思っていなかった。



「タオルならさっき俺が枝に引っ掛けて取ったぜ?」


女中でも父でもない。ここの家の居住者では決してない、少年の声がした。


声の主は紫陽花の垣根の向こう側にいる、浅黒い肌の少年だった。Tシャツにジーンズの半ズボン。ガキ大将のような風貌だ。

手には白いタオルが引っかかった木の枝を握っている。



「...........どうもありがとう」


とっさに出た言葉がそれで良かったと思う。心では「不法侵入」と眉を寄せていたからだ。人当たりのいい言葉は思いついていなかった。


「おお、ほらよ。タオル。お前ん家の?」


ガキ大将は明日香の様子に関係なく話しかけてくる。


「うん、そうだけど」


「へえー!!すっげえ!この家に住んでる人間、初めて見た!」


「あ、そう」


「この家、ここらの家でめっちゃ噂なんだぜ!!毎朝女の人がこの家の前で掃除してるから引っ越して来た人かって近所のオバちゃんが話しかけたら、この家の女中ですって言われたらしくてさあ!それからもう、大金持ちって噂!」


家もこんなにデカイし。と少年は続けた。


「ふうん」


「んで、お前はここの家の息子?」


キラキラと目を輝かせているあたり、不躾だが単に興味があるだけのようだ。


「そうだよ」


「なんかお前、さっきから反応が冷たいな。噂じゃあ病弱な坊ちゃんって話だったんだけどな...。まあいいや、お前の父ちゃん、何の仕事してんの?」


「............いろいろ」


「ええー!曖昧だな!!アレだろ、きっと社長なんだろ!?」


「違うけど。芸術家。一応」


「え、まじ!?スッゲー!!なあなあ、お前ってどこのガッコー行ってんの?俺、すぐ近くの西田小!!」


ガキ大将の声にかぶるようにして、秋子の声が響いた。


「明日香さまー!坊ちゃん!お昼にしますよ!!」


なるべくふんわりした声を作り、聞こえるように大きめの返事をした。


「はーい!今行きます!」


ガキ大将は明日香の声の変わり方に驚いたようだった。

明日香が何も言わず背を向けて歩き出すと、慌てた声がした。


「おい!!また会おうな!!」


「侵入者とまた会うの?」


「いいじゃん!!こんだけ広いんだし!!じゃあ、またな!!!」




「タオルはありました?」


「うん、どうぞ」


「まあ、良かった。ありがとうございますね」










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