二人の関係
*BL的な表現がかなり出て来ます。嫌悪感がある方はこの話を飛ばしてお読みください。
8月も末になり、まだまだ暑いものの一時よりは随分過ごし易くなって来た。
しかし、暑さが苦手な明日香にとってはそうとは思えない。
これ幸いと、誘われた別荘に友人達と集まり、涼んで来たところだ。
明日香を含め五人の少年と、それぞれの世話係や付き人、護衛だけの小さな旅行は思いの外、速く時間が過ぎ、あっという間に一週間が経ってしまった。
家に帰って来た明日香を待ち受けていたのは、政武の来訪と報せであった。
「え、見合い?」
「ああ。実はお前と会った先月以前の数ヶ月でちょくちょく会ってたんだが」
「それを今更僕に言ってどうするの」
「いや、それがな.....その数人の中の一人と婚約させられそうなんだよ」
「.......婚約」
政武は深刻そうに頷いて、長い足を組んだ。仕事があったのか、スーツの所為で暑そうだ。
「次、親がセッティングした二回目の食事会で特に問題が無ければ、婚約だ。誰だか知らされて無いが、相手も乗り気らしくてな。まったく、たまったもんじゃないぜ」
二人が話しているのはテラスのため、政武が遠慮無く煙管を咥えて、煙を吐き出す。
単なる煙草でないのは、洒落者の彼らしい。
「でも、政おじさんと娘を婚約させるなんて家、限られてるよね」
政武がその昔ヤクザだったように、彼の家は代々そちらの世界と関わりが深い。その上、戦後から会社を立ち上げ大きくしていったため、江戸以前の由緒正しい家からしてみれば、所謂、成金というやつなのだ。
政武はフン、と笑った。
「どうせ没落華族の血が欲しいだけだろ、うちの親は。相手も金が無いから、手段を選べなくなったか」
彼が明日香の前にいる時にしては珍しく、機嫌が悪い。
また何度か煙管をふかすと、今度は何の前振りも無く、明日香の口にそれを咥えさせた。
しかし、初めてでは無い明日香は、驚かずに自分も一服する。
明日香にとって、彼は何でもくれる良い保護者であると共に、溺愛故に次々と大人の事を教えたがるイケナイ兄貴分なのだった。
「.....何するの。女中に見られたら...」
冬子は良い顔をしないくらいで済むだろうが、政武と折り合いの悪い秋子はなまじ育ちがいい上に、激怒するだろう。更に言えば、ああ見えて一人息子を大事にする父も同じ反応をするに違いない。
「さっきお前が帰してただろ。聞いたぜ、明日からあの二人揃って休暇なんだろ?お前の父親はアトリエだしなぁ」
「そうだけど、癖が付いたら誰かの前でもやりかねない」
「心配すんなって」
そんなヘマしねえよ、と明日香の手から煙管を取り上げ、また自分が吸う。
「それで、僕に何をして欲しいの?」
政武がなかなか言い出さないため、明日香が代わりに怠そうに口を開いた。
政武がゲ、と顔を顰める。
「.......バレてたか」
「当然でしょ」
「それなら話が早い。頼みがあるんだ」
「内容によっては、やらないよ」
「頼むぜ。.....相手のリストがある。その中から次の食事会の相手を探偵でも使って絞り込むから、その相手の女と接触して欲しい。で、その性格とか見た目を俺に伝えてくれよ」
「嫌」
迷わず明日香は外方を向く。
「僕は七原本家唯一の孫だよ。どうしてこの僕がそんな事をするの。第一おじさんは父さんの友人ってだけで、僕はおじさんに借りがある訳でも弱みを握られてる訳でもないし」
大人しく頼みを聞くほど能無しの従順な少年ではない。
確かに、こういった仲で無ければ、どんなコネが有ろうと政武は明日香と同じ席に座って食事するのも難しい。せいぜい、自分の会社が潰されないように媚びへつらう立場だ。
「だけどよ、やたらプライドが高くて守りも堅い旧家のお嬢さんに近づけるのは、パーティーにも出ていない上に顔も知られてないが、その身分を持つお前だけなんだ。なあ、頼むよ」
どんな相手にも滅多に下手に出る事のない小路政武が、20以上離れた明日香に必死になっているのはそう見られる光景ではない。
けれども、それで満足して手を貸すほど、馬鹿でお人好しな明日香ではないのである。
例え、見返りにどんな物を貰ったとしても、政武に買えて明日香に買えないものはない。ということは、明日香がこの個人的な作戦に協力して得るものは──スパイ又は探偵的経験値以外──無いのだ。
「おじさんは、僕を何だと思ってるの?....探偵か、親戚の子にでも頼めばいいよ。そんな仕事、僕はやらない」
そうできる相手であれば政武はとっくにそうしていたであろう。しかし、それを見越して言う明日香も性格が悪い。
あの名画のモデルであり、由緒正しい七原本家の血を引く、祖父母溺愛の少年、明日香にそのようなくだらない事を言い出せるのは政武だけだ。
完全に機嫌を損ねた明日香に怯むでもなく、政武は悔しそうに頷いた。
「.........ああ。....わかったよ」
そう言い、この話は終わるかと思われた。
が、政武も元はそう簡単に諦める男ではない。
今回は仕方なく折れたものの、交渉では負け無しの男である。
明日香に何とか一泡吹かせてやろうと、すぐさま行動に移した。
テラス席から立ち上がり、おもむろに明日香の前で煙管を吸うと、それを灰皿に置き、いつものように明日香の頭を撫でた。
そして、そのまま後頭部をがっちり固定する。
一瞬で顔を近づけ、唇を重ねた。
まだ13歳の少年の唇は、柔らかい。
特に抵抗する訳でも無いが、閉じていた口に舌を差し入れ、舐めた。
互いの、喫煙後のきつい苦さが残る唾液に眉を顰めつつ、舌を上手く絡め、応えずにされるがままの明日香を良いことに、長く濃厚な口付けを交わす。
「...ん」
明日香の、やっと漏れた吐息に満足した。
「こうされても、相変わらずだな」
驚かず、嫌がりもしない明日香に、政武はつまらなさそうに呟いた。
これは、二人の間のみならず、上流階級ではしばしば起こり得る関係だった。
どんな先進国でも、所詮、階級社会は男が中心で回っている。
閉鎖的で、秘密主義で、家のために生きる。
そんな男社会の上流階級で、男同士、特に大人の男と少年の組み合わせは決して珍しいものではない。彼等にとっては、親愛の印でもあるのだ。
ただし、どんなに夢中になっても、いずれは家のために、子供を作るために、結婚する。そんな儚く短い関係ではあるが、後ろ盾も得られる。
誰しもが経験するとは言わないが、有り得るのだ。
現に明日香も、まだ小学校入学も果たしていない幼年の頃、父に連れられ行った外国で、父が他の大人と何事か話している時、サロンの片隅で青年たちに可愛がられたものだった。
日本では家から出ず、誰とも会わずに済む立場だが、外国でそれは通じない。
キスのそれ以上だって、されていたかもしれないのだ。
だからと言って、明日香と政武がそういう関係だった事実は無い。つまり、二人の間で初めてのものであった。
明日香にとって、今更驚くことは無いが、しかし、彼がしてくるとは予想外だった。
おそらく、長いキスの所為で唇が紅くなっているのだろう。
政武がもう一度軽く口付けた。
「.......どうしたの?」
「ったく、お前は可愛げがねえなあ、明日香。どんなに遊び慣れた女でも、もうちょっと恥ずかしがったり気持ち良さそうにするぜ」
「演技でしょ」
「......この野郎ぉお」
結局、この日、政武は協力が得られずに肩を落として帰って行った。
政武の婚約内定が知らされるのは、この二週間後のことだ。
これから、少しずつ話に恋愛が混ざってきます。BLじゃないです。ちゃんとノーマル?な恋愛します。




