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明日は桃香の風が吹く  作者: うきわ
学校編
26/43

彼の近況





「あれ?今日の車は初めて見た」


明日香が何となく呟いた視線の先には、正面玄関の外で止まる黒塗りの車がある。

政武の車だ。


運転手が車のドアを開けて頭を下げているのはいつも通りなのだが、その車がいつもとは違う。

明日香お気に入りの、茶色いクラシックカーではないのだ。


「ん?ああ、アレは修理に出しているんだ。もうだいぶ古いからな。元よりお前と出かける時にしか使っていなかったし、修理から帰って来ても観賞用にするつもりだ」

「ええー....」


幼い頃から馴染みのある車に乗ることがもう無いのだと分かると、途端に名残惜しさが出てくる。


「そうがっかりするなよ。アレの代わりは無いが、似た雰囲気の車でも探しておくさ。ほら、乗った乗った」



後部席の右端は明日香のポジションだ。


明日香専用のクッション、足置き、備え付けの冷蔵庫。車内に入ると、あの車の中にあった物がそっくりそのまま置いてあった。



「久しぶりだね、西さん」


席に座った運転手に声をかける。40代に入ったばかりのこの人は、政武の幼い頃の世話係兼幼馴染で、明日香とも幾度となく面識があった。

政武が自分で運転しない時は大抵この人が居るのだ。


「お久しぶりでございます。明日香坊ちゃん。今日は何処に行きましょうか」


明日香は政武を見やった。

自分から出かけると言ったものの、もともとは政武が明日香を誘いに来たのだ。


「銀座まで頼んだ」

「かしこまりました」


結局、政武が答える。

車が滑らかに門から出て坂を下る。


「注文してた鞄を取りに行くんだ。ついでに猫の首輪もな。その後、服かピアスでも買いに行こうぜ」

「わかった。....猫に首輪なんて必要なの?」

「一応、な」






どうやら、「注文していた鞄」というのは、明日香の物も含まれていた様である。


「毎度ご注文頂きありがとうございます」


来てみれば、いつもの革製品専門店で、店員が頭を下げていた。その前の机には箱に入れられた鞄や靴、ベルトなどが並んでいる。

政武は注文した物の確認をしている途中だ。



「明日香、見なくていいのか?気に入らなければ作り直せるぞ」


オーダーメイド式で作ったらしく、言われれば明日香も去年の冬頃に連れて来られるがまま決めた覚えがある。

10歳に満たない頃から年に一、二回通っている店だ。

シックで黒光りした木の使われている内装は、家や学校とも似ていて落ち着く。


「見たよ。完璧」

「お前は相変わらずこの店が好きだなー」


ハハハと笑いながら髪を荒く撫でられて、明日香は鬱陶しそうにその手を軽く弾いた。


「いつもありがとうございます、七原様」

「そんなに来て無いけど、気に入っただけだよ」

「光栄です」


まだ13歳なれど、圧倒される容姿を持ち、趣味も良く、どの道に転んでも将来が約束されている明日香に店の人間も頭を下げる。

明日香の身元はとうの昔に政武によって知らされていたようだ。



「よし、明日香!次はジュエリーだ」


政武はいつの間にか猫の首輪も購入していたようで、他と比べて小さな箱が荷物に増えていた。

商品の受け取りと確認だけのため、外に停めてあった車に入れ、楽に済んだ。


深々とお辞儀する大人を横目に見やり、発進した車の中で寛ぐ。





二人が会うのは数ヶ月に一度とは言え、その度に大量の買い物をする政武に若干呆れつつ、明日香はふと思った。


「おじさん、僕とばかり出掛けていいの?数ヶ月ぶりの休みなんでしょ、女の人は?」


確か、数ヶ月前の彼には恋人がいたはずだ。

この父の友人が明日香を大切にしているのは本人としても十分わかっていたが、それとは別に、女性関係も彼の生活の一部を占めていた。それは、彼の発言からも伺える程だったのだ。



車の中に沈黙が流れる。


彼のことだから、大声で笑い飛ばすとばかり思っていた明日香は、驚くしかない。


「え、政おじさん、別れたの?」


政武は目に見えて落ち込む。項垂れる彼を見るのはそうそうできることではない。


しかし、あの政武が女性と別れた位でここまで落ち込むだろうか。数年前に浮気がばれた時でさえ、こうではなかった。


「......何があったの?」


何だか、自分には珍しく先程から質問ばかりしている気がする。


政武に聞いても直ぐには答えなさそうなため、ハンドルを握る西に声をかけた。彼が政武の事で知らない事は無いだろう。



.......西曰く、両親から遂に結婚の話が出て来たらしい。

今までも、それを仄めかし、何とかその気にさせようとして来た彼の両親だったが、今回は強行手段に出たようだ。彼の恋人や取り巻きの女達に「政武は結婚する。余計な手を出すな」という旨の言葉と共に金を握らせ、無理矢理引き下がらせる事に成功した。


それ自体も、多少は政武を落ち込まさせる要素になったようだが、結婚というものが現実味を帯びてきたことが一番ショックだったらしい。


政武は、所帯を持つほど面倒くさいことはないと信じきっている。



「へえ、政おじさんが遂に結婚なんだね」


追い打ちをかける明日香の言葉に、政武は遂にガクッと体の力を抜いた。

明日香ほどの力があれば、彼の両親を言いくるめ、嫌がる結婚から彼を逃すことも出来るかもしれないが、今のところ面白がって見ているだけだ。



西がハラハラとした面持ちで二人をミラー越しに見ていた。






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