お友達は......
学校は入学式の翌日から普通登校だ。
昨日、入学式後すぐに新入生に配られた紙にクラスと出席番号が書いてあった。
それによると、明日香はA組らしい。
七原家の祖父母から派遣された運転手が運転する車に揺られ、明日香は5年ぶりの学校生活に思いを馳せ、憂鬱になる。
その気分のまま、校門の数百メートル手前で車を降り、巨木の並木道をゆっくり歩いた。
明日香はダラダラと歩いているつもりだが、それは他人から見ると非常に優雅に見えることを知らなかった。
校門には相変わらず一般人らしき人だかりが出来ている。
ため息をつき、歩くスピードを上げることも無く、憂鬱に校門を通り過ぎた。
何やら入学式より騒がしかったような気がするが、振り返らずにさっさと教室棟へ向かう。
「確か、秋子さんがコミュニケーションの基本は笑顔と言っていた気がするな」と思い出した。
ここはひとつ、学友に笑顔で接したいところだが、それを6年間ずっと続ける気にもなれないため、諦めて無表情で教室棟の建物へ入った。
建物の中は、やはりと言うべきか、歴史を感じさせる重厚でシックな造りだ。
広い廊下を挟んだ両側には教室がずらりと並んでいる。
その中でA組の教室を探すと、どうやら一番奥の右側の教室のようだ。
両開きの扉の片方の取っ手だけ回し、開けるとすでに半分程の生徒が席に着いていた。
開いたドアの方を見るわけでも無く、背筋良く座っているだけか、自分の好きな事をそれぞれしていたりという生徒がほとんどだという点は明日香にとって好ましい。
席はどうやら自由のようだ。
窓側の一番後ろの席を選び、制服の一部である革カバンを机の横にかけた。
「あー......その、君、もしかして....」
ほとんどの生徒が揃い、少しずつ周りの会話が耳に入るようになってきた頃、少年が話しかけてきた。
若干躊躇っているようである。
やや茶色っぽい髪の毛を短く刈り込んでいる、そこそこに整った顔立ちの少年だ。髪と同じ様に茶色い瞳は大きく、伺う様にして揺れている。
「......もしかして、何?」
少年の方を向く。
少し尖った態度で、明日香は相変わらずの無表情だ。
「....やっぱり綺麗な顔だね。........もしかしてだけど、君、七原朝日の絵のモデルかい?」
「......そうだよ」
「やっぱり!そうだったんだね!..........あ、ごめん。僕は三春隆也。はじめまして、よろしく」
「こちらこそ、よろしく」
ここで初めて明日香は笑みを作った。
この少年は何となく品が良さそうで、関わったところで害は無いだろうと判断したからだった。仲良くするかは別だが。
「僕は七原明日香。画家の七原朝日の息子だよ」
「ええ!?本当かい!じゃあモデルはお父上から頼まれて.....?」
「そうだよ。小遣いをもらってね」
「へええ、君と知り合えるのは光栄だよ!これから6年間、仲良くしよう」
「どういたしまして、隆也。お世話になるよ」
やはりこの学校に入ることが出来る程度には良家の子息らしく、自己紹介も堂々として、大人びた言葉を使う。
席から立ち上がり、互いに固く握手をしたところでチャイムが鳴った。
「あ、じゃあまた。僕の席は二つ隣なんだ。後で話そう、明日香」
流れるような身のこなしで素早く席に着く仕草は、流石と言うべきか様になっていた。
教室のドアを開け入ってきた黒いシャツ姿の教師は、まだ若い男性だった。
焦げ茶色の髪と白い肌から、白人とのハーフなのだろうか。
教壇に上がり、生徒を見渡すとニコリ、と微笑む姿は優しげだ。ここに女子が居たら騒がれる程の甘い顔と優しい声だが、名門男子校の彼らは一人も何も言わず軽く頭を下げるくらいの反応だ。
「入学、おめでとう。担任の貝津ルイだ。ここの卒業生だから、君たちの先輩に当たる。お手柔らかに頼むよ。さて、.......私が君たちに教えるのは、規則だ。いいかい?この学校で甘えは許されない。
1年生だから、と言われるのは入学から一週間までだ。誇り高き、昕桐の生徒として、恥ずかしい行いはしないこと」
そんな教師の話に、明日香はうんざりしてきた。こういった類の話を聞くのも、小学生一年以来だ。多少の懐かしささえ感じる。
言われなくてもこの学校でバカバカしい間違いを犯す人間なんて居ないだろう。
しかし、それを顔に出すほど明日香は愚かではない。
目が合ったが、「僕は分かってますよ、先生」という優等生スマイルを浮かべる。それで教師は満足したらしかった。
しばらくの間、学校の説明が改めてされた後、やっと一限終了のチャイムが響いた。
授業終了までずっと同じ姿勢で、真面目に教師の話を聞いていたクラスメイトに、明日香はある意味尊敬の念を抱いた。
明日香とて表面上は同じなのだが、今まで同年代の少年たちと関わってこなかったので、どうしても小学校一年生の頃の同級生たちと比べてしまう。
休み時間、すぐに隆也が寄ってくる。
「明日香、そこの彼等とトランプしないかい?」
「トランプ?いいよ」
どうやら暇つぶしにトランプを持ってきたらしい隆也が、近くの席の数人を誘っていた。
以外に積極的らしい。
周りを見ると、皆それぞれ少人数で話しているのに比べて、隆也が誘った明日香たちのグループは人数が多い方だろう。
「はじめまして。僕は七原明日香。 よろしく」
「みんなは知っていると思うけど、改めて。僕は三春隆也だよ」
どうやら彼が誘って来た三人とは顔見知りらしい。名家同士ならそういう事もあるというのは聞いていたが、なんとも面倒臭そうだ。
2人が挨拶すると、始めは明日香に少々戸惑っていたらしい数人もすぐに自己紹介をはじめた。
「天宮恭二です。天宮グループの創業者一族です。どうぞよろしく」
「東野俊介だよ。スポーツウェア会社のHIGASHINOって言ったらわかるかな?それがよく知られてるかな。僕自身もスポーツが好きなんだ。よろしく!」
「瀬川涼太。財務大臣瀬川太郎の孫だけど........七原くんは七原財閥の人?」
鋭い質問に明日香は怯むこと無く微笑んだ。どことなく瀬川涼太の性格は明日香に似たものを感じたせいだ。
「さあ、それはどうかなあ」
瀬川少年が眉を寄せたが、それをフォローするように三春隆也が口を挟む。
「明日香は七原朝日の絵のモデルなんだよ」
一瞬静まりかえった後、
「えっ!........あ、確かに、何処かで見たことあると思ったんだ」
どうやら活発そうなスポーツ少年でも最低限の文化教養はあるらしい。
東野が反応し、瀬川も目を見張っている。天宮に至っては自己紹介のクールさとは一転、キラキラと目を輝かせて明日香を見た。
「あー、ごめん。瀬川くん。君の言う通り、七原財閥の七原でもあるんだけど、父は画家で家を出てるから僕の立場は微妙なものなんだ」
「へえ!ほおー、ふーん」
当の瀬川以上に反応したのは天宮だ。自己紹介の時と違いすぎる。
メガネ越しに見る目は好奇心を隠しきれていない。さらに、明日香に急接近してじっくりと観察さえしている。
ギラギラとした目が人によっては恐怖を与えそうだ。明日香は居心地の悪さを感じるだけだが、今まで関わったことの無い人種に違いなかった。
「あの.....天宮、くん?」
笑顔を崩さずたずねる。
「ああ、天宮と呼び捨てでいいよ、七原!」
そこは名前呼びではないのか。
もはや天宮がよく分からない。いや、分かりたくないのかもしれない。
「それで、何かな?七原」
「え、いや。君こそ何だい」
「ん?ああ、すまない。つい興奮すると抑えきれなくてね。近づき過ぎて悪かったよ」
「はぁ」
「ふうむ、やっぱり君は美しいよ!七原!!完璧だ」
「はは、それはどうも。あの、また近い...」
「おっと!悪気はないんだ。許してくれ」
それを見て笑いだす三春隆也、東野俊介。
変人を見る目で引いている瀬川涼太。
どうやら誰も天宮を止めようとしないようだ。彼らは元々知り合いだから天宮のこうした態度にも慣れているのだろうが、初対面の明日香にしたら挨拶との差が酷すぎる。
明日香はこのメンバーでやっていけるのか、一瞬にして不安になった。
全員、頭は悪くないし世間の12、3歳より大人びているものの、変わり者が多そうだ。
面倒事が起きないと良いな、と願うしかない。




