中編
『ユウって、フジサワと付き合ってるの?』
そんな噂があると友達のイチコから聞いたときは、かなり驚いた。
そんな噂、どこから出てくるのだろう。
『だって2人って、いつも仲が良いじゃん』
どこをどう見れば、そう見えるのか教えてほしい。喧嘩ばっかりしてて、喧嘩しかしていないのに。
『でも“喧嘩するほど仲が良い”ってよく言うでしょ』
確かにそうだけど、私たちの場合は違う。私はともかく、フジサワは間違いなく私を嫌ってる。
そして、私も、嫌われてること自体がムカついて、私もフジサワが嫌いだった。
******
なぜか、フジサワの今日の機嫌は最悪だった。私は隣の席から、ずっと睨まれていたのだ。
もちろん、私だってムカついてたし敢えてそれに気付かない振りをしていた。
今日はそのまま終わると思っていたのに―。
「おい、ユウ」
最後のHRが終わった瞬間、フジサワに呼び止められた。
「ちょっと話があんだけど」
私は、不機嫌な振りをした。
本当は、朝のことなんてもう忘れてほとんど気にしてなかったけど。
教室に誰もいなくなってから、フジサワが私のほうを向いた。
「とにかく。お前、まず俺に謝れ」
「…はぁ?」
何を言われるかと、怒られるのかとビクビクしていたのに拍子抜けした。
唐突過ぎる意味不明な発言に、思わず変な声が出てしまう。
「…え、てか何で?」
「当然だろ、あんだけ暴言吐いたんだから」
暴言? 何のことを言ってるのだろうか。
…と言うより、どうして私が謝らなきゃいけないの?
「何それ? 謝るならアンタの方でしょ」
私よりも、フジサワの方が間違いなく暴言の数は多いはずだ。
…せっかく色々なことを忘れかけていたのに、また蒸し返してムカついた。
「アンタの方が、私なんかより暴言いっぱい吐いてるじゃん!」
「あぁ? 俺はいいんだよ、暴言じゃねぇし」
その平然とした顔を、思いっきりぶん殴ってやりたい。
今までのが暴言じゃないなら、なんで私は謝らなきゃいけないの?
「なら、なんで私が謝るのよ?」
「だから、お前が言っちゃいけないこと言ったからだろ」
「はぁ? 意味分かんないっ。何それ」
すると、改まったようにフジサワが私の顔をじっと見てきた。
「………」
「……?」
何だか、意味が分からなくて妙に尻込みしてしまう。
「…お前、俺のこと『嫌い』って言っただろ」
すごく怖い顔で睨んでおきながら、馬鹿みたいなことを言ってきた。
何を言われても反撃しようと構えていたのに、完全に勢いを失ってしまう。…全く意味が分からない。
そんなことのために、私は謝らなきゃいけないのだろうか。意味は分からないままだったが、怒りは十分に達していた。
「アンタ、馬っ鹿じゃないの」
どんなに睨まれても、もう怖くなどなかった。
「大体、アンタだって私に『嫌い』って言ったじゃん」
そうだ。私よりも先にフジサワが言った。
はっきり『嫌い』と言われて、当然、ムカついたし、私だって、傷付いた。
だから、仕返しのつもりで言ったのだ。私だけが謝る理由なんて無い。
「俺が言ったのと、お前が言ったのじゃ全然意味が違うだろ」
「違うって、何が?」
強気に堂々と聞き返したら、さらにフジサワの眉間にしわが増えた。
「…お前、分かってねぇのかよ」
なぜ、このタイミングで怒り出すのか全く分からない。
「分かってるわよ。アンタは私が嫌いで、私もアンタが嫌い」
そうでしょ?、と睨み返したのに、フジサワは呆れたように溜息をついていた。
誰もいない教室いっぱいに響いている。…なぜか、今ここで私が馬鹿にされたようだ。
「馬鹿はお前だ、俺のはお前と違って本気じゃねぇだろ」
相変わらず意味は分からないままだったけど、馬鹿にされたのはすごく腹が立った。
「何よそれ? それじゃ本気だったら私のこと嫌いじゃないの?」
とても変なことを聞いているのは、何となく分かった。
でも一度怒り出したら、簡単に口は収まってくれない。勢いのままに、私はフジサワを怒鳴った。
「なら、本気だったら、アンタは私のこと好きなの?」
少なからず、私は勝ったつもりでいた。
そんなことあるはずが無いから、謝るのはフジサワの方だと思い込んでいたのだ。
フジサワがまた溜息をついて、それは私の中で確信に変わった。




