05
今日が執行猶予の最終日。そして明日、彼女は死ぬ。
* * *
「こんばんは。明日死ぬ気分はどうかしら」
「ええ、それに関しては最高だけど、あなたって本当に最悪ね。わたしが死にたい人間じゃなかったら、泣いているセリフよ」
「でも、あなたは泣かないんだからいいでしょう?」
「……そうね」
彼女からの嫌味をさらりとかわして返答すると、彼女は自虐的な笑みを浮かべて視線をそらした。そこに、いつもの強気な彼女はいない。
「どうしたの? 今日はやけにおとなしいわね。やっぱり、死を目前にするとこわい?」
「はっ、まさか。これでようやく最悪なあなたとサヨナラできるかと思うとせいせいするわ」
「あら、それは残念」
「そんなこと、思ってないくせに」
「失礼ね、そんなことないわ」
そう、そんなことはない。わたしは確かに残念だと思っている。――彼女が、わたしに心を開いてくれなかったことが、だけれど。だって、親密さがなければ別れは名残惜しくならないのだから。
それから、もう一つ。
「ねえ、あなたはどうしてそんなに死にたいの?」
「は?」
わたしが彼女に興味を持った理由は、結局今日まで明らかになっていない。それが本当に残念でたまらなかった。
わたしからの質問を受けた彼女は、眉間にシワを寄せてこちらをにらんでいる。
「それは前にも答えたでしょ?」
「そうだけど、わたしはあなたの『本音』が知りたいの」
「くだらない、何が本音よ。前に言ったことがすべて――」
「ホントウ、に?」
心の中をのぞきこむようにしてじっと彼女の目を見つめれば、彼女はかっと赤くなったあとに頭を垂れ、ぎゅっと拳を握りしめた。そして、
「――うるさいのよ、本音とか。それを言ったところで何になるっていうの? それで、寿命が延びるっていうの? 違うでしょ!?」
そう叫んでばっと顔を上げた彼女の目には、大粒の涙が浮かんでいた。ぽろぽろとこぼれ落ちるそれを拭おうともせず、彼女は先を続ける。
「ねえ、どうしてわたしなの? どうしてわたしが死ななくちゃいけないの? わたしだってみんなと同じように生活して、学校へ行って、友達を作ったり恋をしたりしたかった。でも、それは叶わない。生きてる実感も意味も、どこにもなかったのよ。だったら、死ぬしかないじゃない!」
うっうっ、と嗚咽を漏らしながら、その場にへたりこむ彼女。それでもなお、彼女の口はまだ言葉を紡ぎ続ける。
「だから、早く連れていってほしかった。早く死んでしまいたかった。――なのに!」
涙で赤く潤んだ瞳がこちらに向けられる。そして、次に彼女の口から出たのは、わたしが待ち望んでいた言葉だった。
「あなたが執行猶予なんて与えるから! あなたが『友達』だなんて言うから! だから、生きてるって実感してしまったじゃない! もっと話していたいって、もっと、生きていたいって思ってしまったじゃない!」
そうして泣き崩れる彼女を、わたしは少し呆然としながら見ていた。あの彼女がこんなに乱れるなんて、という予想外の驚きと困惑。そして、こうなることを望んでいたはずなのに、何故か感じる胸の痛み。――いや、わたしに感情などないのだ。惑わされてはいけない。
わたしは気持ちを切り替え、すっと屈んで彼女のほおを両手で包みこんだ。顔を上げた彼女と目が合う。そこからは、まだはらはらと涙が流れていた。
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるのね。それがあなたの本音かしら」
「そうよ、何か悪い?」
「いいえ、むしろ大歓迎よ。だって、これでわたしは仕事を遂行できるのだから」
「……ええ、わかっているわ。『生きたくなったときに連れていくほうが面白い』んでしょう? だから言いたくなかったのよ」
「そう。物分かりがよくて助かるわ」
「だって、あなたは最悪だもの」
「最高の誉め言葉よ、ありがとう」
いつものやりとりを交わせば、どちらからともなくぷっと吹き出した。そのときの彼女にいつものような毒気はなく、心から笑っているように見えた。
やがて、わたしは彼女をベッドに横たえ、布団をかけてやる。
「さあ、目を閉じて。こわくはないわ、安心して」
「あなたがやさしいと気持ち悪いわね。ていうかウソくさい」
「あら、わたしはいつもやさしいじゃない」
「ウソつき」
「ふふ、そろそろ口も閉じましょうか」
もう何もかも悟っているのか、彼女は素直に唇を真一文字に結び、ゆっくりと目を閉じた。そんな彼女の耳元に顔を近づけ、わたしは囁く。
「そうよ、わたしはウソつきなの。だけど、わたしもあなたと過ごした時間は楽しかったわ。これは本当よ。こんなにズバズバ言い合える『友達』なんていなかったもの」
刹那、彼女ははっとしたように目を開けたが、わたしがにこ、と微笑むと、彼女も憎たらしそうに笑い、再び目を閉じた。わたしはその両目の上にそっと片手を置き、静かに告げる。
「さあ、お眠りなさい。どうかあなたが安らかに天国に行けますように。そして、――サヨウナラ」
次の瞬間、彼女の心臓が止まり、彼女は息を引き取った。手を離したその顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
だけど、わたしは泣かない。だって、死神に感情などないのだから。
わたしにできることは、死体になった彼女の身体からすっと出て、素直にわたしの手に収まった彼女の魂をあの世へ送り届け、無事に天国へ行けるように祈ることだけだった。




