03
「ちょっとあなた、目玉焼き一つ満足に作れないって何なの? 新手のイヤガラセ?」
「何言ってるの、目玉焼きは玉子料理の中でも難易度が高いのよ。あなた、目玉焼きをバカにしているでしょう」
「いや、これを見たらあなたのほうが卵を冒涜してるって認識されるっての……」
呆れたような彼女の視線の先にあるのは、彼女の昼食としてわたしが作ってあげた目玉焼きだった。ただしそれは、黄身が壊れ、白身もぐちゃぐちゃで、見た目はお世辞にも上手いとは言えない代物なのだけれど。
これでもわたしとしては頑張ったほうなのだが、彼女は絶句してため息までこぼしていた。まったく、失礼しちゃうわね。それに、
「胃の中に入ってしまえばすべて一緒よ」
「そんなの結果論じゃない」
「いいのよ、さっさと食べなさい。それに、死神には食事の必要がないんだから、料理スキルなんていらないのよ」
「何それ、言い訳? まあいいわ、いただきます」
不服そうな態度をとりながらも、不格好な目玉焼きを食べ始める彼女。見た目に反して味に問題はなかったのか、それ以上文句を言われることはなかった。
しかしその代わりに、
「……だったら、わたしも結局は死ぬんだから、早く連れていってくれればいいのに」
とつぶやきが聞こえてきた。確かに、人間は誰もがいつかは死んでしまうのだから、いつ死んでも同じかもしれない。だけど、
「人生と目玉焼きは全然違うわ。目玉焼きは誰かに食べられるために存在するけれど、あなたは死ぬために生まれてきたわけじゃないでしょう?」
諭すように言えば、彼女はパンを食べようとしていた口を開けたまま、驚いたように目も大きく見開いたが、すぐに普通のカオに戻り、ふっと冷笑を浮かべた。
「あなた、可笑しなことを言うのね。人間の命を奪う死神のくせに、人間に生きる意味を諭すの?」
彼女の言い分は、とても正しい。「死」を司る存在であるはずのわたしが「生」を説くだなんて、確かにとても滑稽だ。でも、
「だって、そうしなくちゃ面白くないでしょう? わたしは、あなたが生きたいと思ったときにあなたを連れていくんだから」
「あなたって本当に最悪ね」
「ありがとう。でも、『友達』にそんな暴言を吐くのはよくないと思うわよ?」
「ふん、そんな残酷なことを言う人が『友達』だなんて、茶番もいいところだわ」
彼女は忌々しげな表情を浮かべてそっぽを向いてしまったが、わたしは愉快でたまらなかった。残り少ない執行猶予の中で、彼女はいつわたしのことを「友達」だと認め、「生きたい」と思ってくれるのだろうか。彼女が頑なであればあるほど、落とし甲斐もあるというものだ。
すると、不機嫌なカオのままもくもくと食事を続けていた彼女が、何かを思い出したように「あ」と声を上げた。
「どうしたの?」
「そういえば、あなたってもとから死神だったの? それとも実は人間でした、とか?」
ドクン、さっきまで正常に動いていたはずの心臓が、激しく跳ねる。いや、死神は生きていないのだから心臓なんてあるはずないのだけれど、人間で言うとそんな感じだった。
「……なかなか鋭い質問ね」
「何それ、バカにしてるの?」
「いいえ、誉めているのよ? でも、残念だけれど、わたしはもとから死神として存在する『創まりの死神』なの。だから、元人間ではないわ」
「本当に?」
「ええ、もちろん」
「ふぅん、そうなの。つまらないわね」
冷静に言葉を紡げば、彼女はセリフ通りのつまらなそうなカオをして、スープをすすった。そんな彼女に向かって、わたしは先を続ける。
「でも、わたしのほかにもたくさんいる死神たちは、元人間よ」
「へえ、死神ってあなた一人だけかと思っていたわ」
「初めて会った日に、あなたの担当はわたしだって言ったでしょう? 死にゆく人間はたくさんいるから、わたし一人じゃ手が回らないの。それに、こうやってあなたに構っているからなおさらね」
「だったら、別にムリして構わなくてもいいのよ? 早くあの世へ連れていってくれれば、あなたの仕事も一つ減るんじゃないの?」
にやり、と彼女の口角が不敵に上がる。相変わらず、隙あらばあの世へ連れていってもらおうとしているようだった。そのあきらめの悪さには、少し敬服する。
「あなたもあきらめが悪いのね」
心の中で思っていたことをそのまま口にした瞬間、彼女の手が止まった。カチャリ、と持っていたフォークをテーブルに置き、彼女はゆっくりと口を開く。
「そんなこと、ない」
「え?」
「生きることなんて、とっくの昔にあきらめているわ」
それは、今までに聞いたことがないくらい弱々しい声だった。あらあら、これは――もう一押し、してみようかしら。
「もう一つ、死神について教えてあげましょうか。死神になるのはね、自殺した人間が多いのよ」
「……だから、何?」
「あなたの言っていることは、自殺願望と同じじゃなくて?」
「そうかもしれないわね。でも、わたしは自殺するわけじゃない」
「でも、死神の中には、死にたいけど自分では死ねなくて、他人に殺してもらった、なんて者もいるのよ」
そう、常にキレイだがウソくさい笑みを浮かべ、人の心を読んでいるのではないかと思わせるような死神が。顔を思い出すだけでわたしに苛立ちの感情を覚えさせるその死神は、本当に厄介だ。
すると、その話にカオをしかめていた彼女が不機嫌そうに口を尖らせる。
「だから、何だっていうの? わたしは早く死ねるなら、死神になったって構わないわ」
「あら、そう。わたしも別に構わないけれど、そうなるとあなた、死んだらまたわたしと会うことになるのよ?」
「あ」
口を開け、しまった、というような反応を見せた彼女。どうやら自分の死ばかりに意識が集中し、その可能性が頭から抜け落ちていたらしい。
「だから、あなたにはわたしが与えた執行猶予を存分に使って、悔いのないように死んでほしいのよ。わたしに協力できることがあるならするわ。だって、わたしはあなたの『お友達』だもの」
穏やかな囁きにはっと顔を上げた彼女に向かってにこ、と微笑めば、彼女は複雑なカオをして、
「ふん、どうせ存分に使おうとした瞬間にあっちに連れていくような、最悪の『友達』のくせに」
と吐き捨て、再び手にしたフォークでぐちゃぐちゃな目玉焼きの最後の一切れを口に放りこんだのだった。
そう、わたしは最悪なの。だって、わたしはウソつきなんだもの。あなたは、どれが真実でどれがウソなのか、見抜けるかしら?




