02
「こんばんは」
昨日と同じ時刻、同じ場所に現れて、優雅にあいさつをする。すると、こちらをちらりと一瞥した彼女は、はあ、とわざとらしいため息をついた。
「ああ、本当にまた来たのね、使えない死神さん。しかも昨日の今日でなんて、よっぽどヒマなのかしら」
開口一番で、頬杖をついて嫌味をぶちまけられる。しかし、わたしはそれを受け流すようにしてくすりと笑い、窓辺に腰かけた。
「あら、わたしだってそんなにヒマじゃないのよ? 今日だってここに来るまでに、三人ほど見送ってきたんだから」
「だったらわたしにも早く同じことをしてほしいものだわ。天国でも地獄でもいいから、早く連れていってよ」
「残念だけれど、あなたにはまだ執行猶予が残っているもの」
「まったく、本当に残念でならないわ」
自分の要望をあっさりと却下された彼女は忌々しげにそう吐き捨てて、もう一度盛大なため息をついた。そう、彼女の執行猶予はまだ始まったばかり。今日はその一日目でしかない。
「ねえ、どうしてあなたはそんなに早く死にたいの?」
そっぽを向いている彼女に直球で質問を投げかける。それは、わたしが一番興味のあることだった。今までわたしが迎えにいった人間は、わたしが死神だとわかると大抵泣いて嫌がるか、何かを悟ったようにあきらめたカオをしていたけれど、彼女はそのどちらでもない。
それどころか、自分から早く死にたいなどと言うのは、とても珍しいパターンだった。自殺しようとしていた人間ですら、この世にまだ未練があるのか、悔しそうなカオをしていたというのに。
しかし、ウソつきな彼女はふんと鼻を鳴らし、つまらなそうに口を開いた。
「別に。早く死にたいからよ」
「答えになっていないわ」
そう反論すると、彼女はむっとしたようにこちらをにらみつけた。かと思えば、ふっとバカにするように鼻で笑い、
「死神なら、迎えにいく人間の半生くらい知ってるんじゃないの?」
と問いかけてきた。それに対して、わたしはにこりと微笑む。
「正解よ。鋭いのね、あなた」
「バカにしないでくれる? だったら、わたしがわざわざ言う必要はないでしょ」
「でも、半生から死にたい理由を導き出すことは難しいのではないかしら。他人の人生なんて、その人にしかわからないことがたくさんあるのだから。あなたが死にたい理由は、あなたにしかわからないわ」
「はっ、どうしてもわたしに言わせたいってわけね」
「別に強制はしていないわよ? わたしはただ尋ねてみただけだもの。あとはあなた次第かしら」
「あなたって本当に最悪だわ」
「ありがとう」
何度暴言を吐かれても、残念ながらわたしは痛くもかゆくもない。それがわたしという死神なのだから。
すると、うんざりしたように顔をしかめていた彼女はあきらめにも似たため息をついたかと思うと、今度はふ、と自虐的な笑みを浮かべた。
「まあいいわ、教えてあげる。わたしが早く死にたい理由なんて簡単よ。生きてる意味なんてないから。ただ、それだけ」
「あら、それはどういう意味?」
「あなたは知っているんでしょう? わたしの半生を」
「ええ」
死神は迎えにいく人間の情報を事前に渡されるのだが、彼女は幼いころから難しい病気を抱えていて、成人まで生きられるかどうかわからないと言われ続けてきたらしい。こんなに気が強いくせに身体は弱く、昔から入退院をくり返していたせいで、学校にもあまり行けなかったそうだ。本当に、他人の人生はその人にしかわからないことだらけだと思う。
「わたしくらいの年齢のコの生活の大半を占めるものって、何だと思う? 学校よ。みんな学校で青春時代を過ごすの。でも、わたしは違う。人生の大半を病院で過ごしてきた。高校まで来たけれど、入退院をくり返して留年は確実。友達もいなければ恋だってしたこともない。その上、二十歳にすらなれないで死んでゆく。こんな人生に、何の意味があるっていうの?」
次第に熱を帯びていく声で最後の言葉を発すると同時にばっと手を振り払い、わたしを強くにらみつける彼女。その叫びは、昨日と同じようにむなしく消えてゆくだけ。――ああ、まるで彼女の命のようだ。
「だから、わたしは早く死にたいの。早く……早くわたしを連れていってよ!」
はあはあと肩で息をする彼女を無機質な眼でじっと見つめれば、彼女は悔しそうに目をそらした。そして、わたしは一つため息をつく。
「そう、わかったわ」
静かに言葉を紡げば、彼女は驚いたように勢いよくこちらを向いた。そのカオには、大きな期待が映っている。自分の希望通り、今すぐにあの世へ連れていってくれるのではないか、という期待が。
だけど、
「じゃあ、わたしがあなたのお友達になってあげるわ」
「………………は?」
たっぷりと間を置いて聞こえてきた返答には、何を言っているんだこいつは、というようなニュアンスが含まれていた。あんぐりと口を開けた間抜け面を見て、わたしは大いに満足する。
「だってあなた、お友達がほしいんでしょう?」
「誰もそんなこと言ってないんですけど」
「いいじゃない。あと一週間もない命ですもの、一つくらい願いを叶えてあげるわ」
「人の話を聞いてくれるかしら。ていうか願いを叶えてくれるんだったら、その執行猶予をなくしてほしいんだけど?」
「残念だけれど、変更は受け付けないわ。神様の言うことは絶対ですもの」
隙あらば自分の死を願う彼女に向かってしれっと言い放てば、呆けていた彼女はふっと皮肉げな笑みを浮かべた。
「何が神様よ。ただの悪魔じゃない」
「いいえ、わたしは死神よ」
「あなたって、本っ当に最悪ね」
「ふふ、最高の誉め言葉をありがとう」
いつもの応酬をして、今日はそこで部屋をあとにした。
さて、残り一週間の「友達ごっこ」はどうなるのかしら?




