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死神の執行猶予  作者: 久遠夏目
番外編
38/38

失われた記憶の欠片

死神と泣き屋が人間だったころの話。


「――あ」

「やあ」


 放課後、帰るために校門までいくと、そこには見慣れた人物が立っていた。その人物はわたしに気付くと身体ごとこちらに向けて、穏やかな笑みを浮かべる。


「うわお、またお迎えですか? うらやましい限りです」


 立ち止まったわたしの横からひょこっと現れて、茶化すようにそんなことを言ったのは、わたしの友人だ。彼女はニヤニヤしながら、わたしと彼を交互に見ている。そのカオ、ムカつくわね。


「うらやましいと思うのなら、あなたも早く恋人を作ったらいいんじゃないかしら」

「あ、恋人っていうのは認めてるんですね。まったく、素直じゃないんですから」

「へえ、嬉しいな」

「……わたしは当然のことを述べたまでで」

「ではでは、あとは二人でごゆっくり。お邪魔虫は退散しまーす!」

「あ、ちょっ……」


 彼が会話に入ってきたことに動揺してしまい、上手く反論できないうちに彼女は去っていってしまった。まあ、彼女とは家が反対方向なので、もとからここで別れる予定だったからいいのだけれど。


「まったく……」

「相変わらず面白い友達だね」

「元気だけが取り柄なのよ」

「元気なのはいいことだよ。さて、ぼくたちも帰ろうか」

「ええ」


 そうして、わたしたちは並んで歩き出した。さりげなく車道側に回った彼を見て、ずっとそうしてくれていたことに気付いたのは、ほんの一週間ほど前。ちょうどわたしと彼が付き合い始めたころだ。

 具体的に何のことかは言わずに「ありがとう」と口にすれば、彼はすべてお見通しだとでも言うように「どういたしまして」と微笑んだ。相変わらずそつがないというか、何というか。

 そんなことを考えていると、彼がこんな話題を振ってきた。


「今日、また告白されたんだって?」

「え? 何で知って……」

「あのコからメールが来たんだよ」

「余計なことを……」


 あのニヤついた笑みを思い出しながら、そうつぶやく。わたしが知らないうちにそんなことをしていたなんて、明日お説教決定だわ。


「確かにそうだけど、もちろん断ったわよ」

「君もモテるね。ぼくはそんな彼女を持てて、鼻が高いよ」

「ちょっと鼻につく言い方のように聞こえるのは、気のせいかしら」

「おや、そんなつもりはなかったんだけど」


 しらじらしい言い方をして、肩をすくめる彼。基本的にやさしいくせに、ごくたまに意地の悪いところが垣間見えることある。しかも、それを意図的に言っているのか、本心から言っているのかわからないから少し困る。

 ならば、わたしも反撃に打って出るとしましょう。


「別に、煩わしいだけよ。わたしには、あなたがいるもの」

「嬉しいことを言ってくれるね」

「事実を述べたまでよ。あなたこそ、たくさん告白されているんじゃなくて?」

「そんなことないよ」

「別に隠さなくてもいいのよ。怒らないから」


 そう、彼はそんな性格だからこそ、昔からモテるのを知っていた。ただ、わたしと彼は三つ年が違うから、進級するとちょうど入れ違いになってしまい、学校生活の様子までは知らないので、告白うんぬんは推測でしかない。

 バレンタインデーのチョコレートはすべて断った、と今まで聞かされていたけれど、やさしい彼のことだ。わたしを傷つけないようにウソをついているだけかもしれないし、何も告白をされるのがバレンタインデーだけとは限らない。


「それはそれで残念だなあ」

「え?」


 だんだん思いつめて、暗い気持ちになりかけていたときにかけられた意外な言葉。ぱっと顔を上げれば、彼が眉を下げて困ったように笑っていた。


「嫉妬、してくれないの?」

「……あなたは、しているの?」

「もちろん。君の友達から話を聞くたびにしているよ」


 さらり、何の躊躇いもなく彼は言う。羞恥心というものが彼にはないのだろうか。


「まったく、聞いているこっちが恥ずかしくなるわ」

「君は?」

「え?」

「君も、嫉妬してくれているの?」


 穏やかな、しかし真っ直ぐな瞳にとらえられ、思わずごくりとつばを飲みこむ。

 嫉妬? わたしが? ――そんなの、


「……当たり前でしょ」


 つぶやくように小さな声で本音を言えば、彼はとても嬉しそうに笑った。ああ、本当にわたしのほうが恥ずかしいわ。


「かわいいね、君は」

「あなた、相変わらず物好きよね」

「そうかな」

「ええ、間違いなくそうよ」

「あのさ、手をつないでも、いいかな」

「……勝手にすればいいわ」


 口ではそう言いながらも、すっと手を差し出せば、彼はそれを見て一瞬瞠目したものの、すぐにまた嬉しそうに微笑んだ。そして、彼のあたたかい手が、わたしの手をやさしく包みこむ。

 このときのわたしは、この幸せな世界がずっと続くのだと、何の疑いもなく信じていた。のちに、あんな悲劇が起こるとも知らずに。




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