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死神の執行猶予  作者: 久遠夏目
終章
36/38

死神と死神

「やあ、こんにちは」

「あら、こんにちは」


 にこり、出会い頭からウソくさい笑みをよこした彼――同じく死神であり、わたしによくちょっかいを出してくる男――に対して、わたしも同様の作り笑顔を返す。面倒な死神に出くわしてしまったな、とうんざりしたが、今回はこちらから仕掛けてみることにした。


「『あの日』以来かな? 元気だったかい?」

「ええ、おかげさまで。あなたも元気そうで何よりだわ。ところで、あなたは死神の仕事についてどう思う?」

「わあ、やけに雑な話題転換だね。でも、君から質問してくるなんて珍しいから、答えてあげよう」

「どうして上から目線なのかしら」

「気にしない、気にしない」


 手を振ってけらけらと笑う彼は、人(ではないが)をイラつかせる能力が突出しているようだ。


「で、質問の答えだけど、特に何とも思ってないかな。ボク、生きてるときは警視庁捜査一課のエースだったからさ、人の死は見慣れてるんだよね」

「あなたが刑事? ちょっと冗談が過ぎるんじゃなくて?」

「酷いなあ、ホントだって」

「そう。だからあなた、殺されたのね。さぞかし『未練』が残ったでしょう」


 『創まりの死神』だけにある能力を使って、彼に視えた死因は他殺。しかも、拳銃で撃たれて。相当恨みを買っていたのだろう。もしくは、危険な現場での出来事だったのかもしれない。どちらにせよ、彼が刑事だったということはおそらく事実のようだ。

 少し得意気にくすり、と笑ってやれば、彼はやれやれというように肩をすくめた。


「確かにボクは殺されたよ。でも、それはボクが望んだことだったんだ。だって、ボクは『他殺願望者』だったんだから」

「他殺、願望者?」

「そう。自分で自分を殺すのが自殺なら、他人に殺されるのは他殺でしょ? 『他殺死体』ってそういう意味だしね」


 ああ、なるほど、と彼の説明に納得する。だけど、


「だったら、『未練』なんてないはずでしょう? それなのに、どうして死神になんかなっているのかしら」

「まあ、ちょっと色々あってね。他殺願望は叶ったけど、ほかの『未練』が残っちゃったみたい」

「もしかして、それはあなたがちょっかいを出している『彼』と関係しているのかしら」

「鋭いね、さすがだよ」

「あなたには負けるわ」

「で、どうしていきなりそんなことを聞いたの?」


 お世辞を言い合った笑顔のまま、いきなり切りこんでくる彼。まあ、その質問は想定の範囲内だったけれど。


「死神ってもとは人間だから、感情を持っているでしょう? だから、あなたも誰かの死を見て、哀しいとかつらいとか感じるのか、疑問に思っただけよ」

「うーん、ボクは哀しくもつらくもないけど、君はそうなの?」

「いいえ、まったく。死神に感情なんていらないわ。それにわたしは、あなたと同じで『面白いこと』にしか興味がないの」

「あはは、それは奇遇だね。でも、――ホントウに?」


 笑顔から一転して、彼のカオがすっと真剣みを帯びた。こちらのすべてを見透かしているような目と、不敵に歪んだ口元。わたしの苦手な表情だ。

 だけど、あなたにわたしのすべてなどわからない。彼はこちらの反応を見て、面白がっているだけなのだから。焦ったら相手の思う壺だ。


「何が言いたいのかしら」

「いや? 君はわざわざ死期が近い人間に手を差しのべて、その人間が死ぬたびに哀しんでいるように見えたからさ」

「わたしは哀しみも悼みもしないわ。それは泣き屋の仕事よ」

「そうそう、前から思ってたんだけど、彼も人間じゃないよね? でも、死神でもない。君と彼って、一体どういう関係なのかな?」

「ただの古い友人よ」

「それだけ?」

「ええ」


 ウソは言っていない。わたしと彼は昔こそ恋人だったかもしれないけれど、今はただの死神と泣き屋。しかも正反対の存在だから、パートナーというわけでもない。たまに会って話をするだけ。だから、きっと「友人」と言うのが正しいのだ。


「じゃあ、わたしは仕事に戻るわ。引き止めてごめんなさいね」

「ううん。新鮮な話ができて楽しかったよ」


 そんなに目新しい情報はなかったはずなのに、にこにこと楽しそうな笑みを浮かべている彼は、とても怪しい。一応釘をさしておいたほうがよさそうね。


「いいこと? これでこの話は終わりよ。わたしに『彼』や、あなたがいつか生かそうとした『彼女』の話を持ち出されたくなかったら、わたしに対しても泣き屋の話をしないことね。あと、わたしが関わった人間も同じよ」

「ええー?」

「わたしに構っているヒマがあるのなら、その分働きなさい。それが死神の本分よ」

「君って本当にボクに当たりが強いよね。ボク、何かした?」


 すねたように口を尖らせた彼には、自分が周りの人間をイラつかせているという自覚がないのだろうか。もしそうならば、かなりタチが悪い。


「別に何も。あなたこそ、わたしに必要以上に構うのは何故なのかしら」

「いやあ、君って『彼』にちょっと似てるから面白くて」

「いい迷惑だけれど、彼も気の毒にね。ちょっと同情するわ」

「酷いなあ」


 でも、そういうところも似てるよ、などと言って愉快そうに笑う彼に背を向け、この場を去ろうとしたとき、ある考えが思いついたので、わたしは首だけを後ろに向けた。


「でも、そうね。あなたと『彼』の関係を教えてくれたら、わたしと泣き屋の関係を教えてあげてもいいわよ?」


 秘密主義のあなたに、それができるかしら?

 くすり、挑発するように笑みをこぼすと、彼は瞠目してから苦笑して、肩をすくめた。


「そうだね、それはまたいつか、かな」

「ええ、その『いつか』を楽しみにしているわ」


 そうして、わたしはその場をあとにした。

 彼の言う「いつか」が本当に来るのかどうかはわからないけれど、先は長い。わたしたちはもう、人間ではないのだから。




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