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死神の執行猶予  作者: 久遠夏目
第五章 死神と未練と運命
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間奏Ⅴ

「あ」

「やあ、君か。こんばんは」


 数日後、彼女との待ち合わせ場所であり、事故現場でもある公園にふらりと何気なく立ち寄ると、そこには泣き屋がいた。片足をついてしゃがむ彼の前には、小さな花束が供えられている。

 泣き屋はすっと立ち上がると、目をつぶって手を合わせた。やがて祈りが終わると、いつもの穏やかな笑みをたずさえながら、こちらを振り向く。


「先日、ぼくの知り合いがここで亡くなったんだ」

「知っているわ。わたしの友人でしょう?」

「え?」

「言っておくけれど、彼女がそう言っていただけで、記憶が戻ったわけじゃないから」


 少し期待のこもった眼差しをこちらに向けた泣き屋だが、わたしの冷たい答えを聞くと「そう」とつぶやいて肩を落としてしまった。先に忠告しておくべきだったなと思ったけれど、今となってはあとの祭りだ。

 しかし、泣き屋は何かに気付いたようなカオで再度口を開いた。


「じゃあ、もしかして君が彼女を迎えにいったのかな」

「ええ、そうよ」

「そう。彼女も嬉しかっただろうね」

「どうかしら。約束を守れなくて、恨んでいるかもしれないわ」

「約束?」


 ぽろりとつい本音が出てしまったが、もしかしたらわたしは彼に話を聞いてほしかったのかもしれない。記憶にはまったくないけれど、わたしの生前の友人であったという彼女は、今まで関わってきた少女たちよりもわたしと近く、泣き屋とも関係がある人物だったのだから。


「座りましょうか」


 そう促して、わたしと泣き屋はこの前までわたしと彼女が座っていたベンチに腰を下ろした。正面を向けば、先ほど泣き屋が手を合わせていた場所が見える。

 彼女は、あそこで死んだ。待ち合わせの時間の少し前、わたしはあそこからこのベンチに座っていた彼女に向かって手を振った。それに気付き、嬉しそうに顔を輝かせて彼女はこちらに駆け寄ってくる。カチリ、しかしそこで、無情にも時計の針が午前九時を指した。そのとき、あの場所まで来た彼女に暴走したバイクが突っ込んできたのだ。

 そこまで説明して、ふう、と息をつくと、トナリから視線を感じた。見れば、まだ涙を流していない泣き屋が――もちろん、わたしは別に彼を泣かせるために話しているわけではないけれど――心配そうにこちらをのぞきこんでいる。


「約束って、何だったんだい?」

「ああ、そうだったわね」


 その話をするために座ったはずなのに、すっかり忘れていた。わたしは再び前を向き、手向けられた花を視線の端に入れながら先を続けた。


「わたしがあそこにいたのは、彼女を迎えにきたという理由もあるけれど、その日彼女と遊ぶ約束をしていたからでもあるの」

「へえ」

「彼女、この世に『未練』なんてないって言っていたのだけれど、わたしのせいで『未練』ができたらしいわ」

「それが、君と遊ぶこと?」

「ええ、可笑しな話よね。わたしはあなたのことと同じように、彼女のことなんてまったく憶えていないっていうのに」


 目を細め、皮肉るような笑顔で花束を見つめる。泣き屋の顔は見ない。見なくても、どんな表情をしているのか、想像がつくから。


「死ぬときにも言われたわ。『あなたのせいで「未練」が残っちゃったじゃないですか。せめて自分だけは、って決めてたのに』って。だから、わたしは言ってやったの。『それも「運命」だと思って受け入れなさい』ってね。彼女は苦笑して息を引き取ったわ」


 その笑みが何を意味するのか、わたしにはわからない。せっかくわたしと遊ぶ約束していたのに、こんな理不尽な「運命」は受け入れられないと思ったのかもしれない。あるいは、やっぱりこれは「運命」だから仕方ないと思ったのかもしれない。

 どちらにせよ、彼女が「未練」を残して死んでいったのは事実だ。だからもう、その真意を知ることは――


「きっと、彼女は君のことを恨んでなんかいないと思うよ」

「え?」


 穏やかな声に振り向けば、泣き屋はいつものように泣くどころか、やわらかな笑みを浮かべていた。


「彼女も、君が自分のことを憶えていないって知っていたんだよね」

「ええ、そうよ」

「なら、彼女もぼくと同じだったはずだよ。君が憶えていなくても、自分は君のことを憶えている。だから、もう一度逢えただけで嬉しかったんだ。そうでなければ、『未練』として一緒に遊ぼうなんて約束はしないんじゃないかな」


 確かに、泣き屋は彼女と同じ立場だから、わたしよりも彼女の心境をよく理解しているのかもしれない。

 だけど、


「でも、わたしはその約束を守らなかったのよ」


 そして、彼女には「未練」が残った。果たして、彼女はそれを本当に「運命」として受け入れることができたのだろうか?


「彼女の魂は、ちゃんとあの世に行けたのかい?」

「……ええ」


 彼女から出てきた魂は、すっとわたしの手に収まった。まるでわたしに早く連れていってくれ、と言わんばかりにおとなしく。


「だったら、彼女に『未練』がまったくなかった、とは言い切れないけれど、君を恨んでいないことは確かじゃないかな。彼女は満足して、安らかにあの世へ行った。きっとそうだと思うよ」


 にこ、とやさしい言葉をかけて微笑む泣き屋。だけど、それはあくまで彼の予想でしかない。いくらあの世に行けたとしても、それは死神になるほどの「強い未練」がなかったというだけで、もしかしたら少しの「未練」の中に、わたしへの恨みがあったかもしれない。どんなに立場が同じでも、他人の気持ちをすべて汲み取ることは不可能なのだから。

 それでも、


(わたし、あなたともう一度逢えて、本当に嬉しいんです。あなたはわたしのことを憶えてないようですけれど、わたしは憶えてますしね。そのへんは『運命』ということで受け入れてあげましょう)


 今のわたしは、何故かその言葉を信じたい気持ちでいっぱいだった。




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