05
蔑むような表情から一転して、今度は自虐的な笑みを浮かべる彼女。
わたしは死神だから、「これから死にゆく人間」のことしか考えていなかったけれど、確かに彼女の言うとおり、誰かが死ぬことで、その周りの「残された人間」にも「未練」が残るのかもしれない。
だけど、それはわたしの仕事の範囲外のことであり、きっとそれを担うのが『彼』――泣き屋なのだろう。本当に、まったく正反対の存在だな、と頭に浮かんできた顔に対して思った。
でも、今わたしの目の前にいるのは「これから死にゆく人間」である彼女なのだから、これはわたしの仕事であり、その話を聞くしかない。
「どういうことかしら。あなたにも昔は『未練』があったの?」
そう尋ねると、彼女は自分から言い出したくせに、ばつの悪そうなカオをして、そうですよ、とぶっきらぼうに答えた。
「じゃあ、『未練』を持たないように努めていたのはどうして?」
「さっきも言ったでしょう? 『未練』を残すのは残酷なことだって」
「抽象的でわからないわ。もっと具体的に説明してもらえるかしら」
「メンドくさいことは嫌いなんですよねえ」
「あなたが言い出したことでしょう」
「そっちがしつこいからじゃないですか」
互いに軽くにらみ合いながら、主張は平行線をたどる。しかし、やがて彼女は観念したのか、すっと視線を外し、はあ、と盛大なため息をついた。
「話せばいいんでしょう、話せば」
「ええ、それも『運命』だと思って受け入れることね」
「うわ、汚いですねえ」
「早くなさい」
彼女の文句を無視して先を促すと、彼女は苦虫を噛み潰したようなカオでもう一度ため息をつき、しかしすっと前を向いて素直に話し始めた。
「――数年前、わたしの友人が亡くなりました」
「あら、それはいきなりヘビーな話ね」
「死神に人の死を重いと言われても、全然説得力がないですよ」
「それはごめんなさいね。どうぞ、気にせず先を続けて?」
にこ、と嫌味っぽく笑ってやれば、こちらをに顔を向けた彼女の眉がぴくり、と反応する。ようやく彼女の扱い方がわかってきたかもしれない。
「……それで、わたしはもちろん哀しかったですし、今でも彼女を忘れたことはありません。でも、自分なりにきちんと考えて、彼女の死を受け入れたつもりでした。だけど、彼女の恋人は違ったんです」
「恋人?」
「ええ。彼は彼女の幼なじみで、家族同然でもあったから、余計にショックだったみたいで。何より、彼は自分が待ち合わせに遅れたせいで彼女が事故に遭ったんだ、と自分を責めていたのです」
ドクン、どこかで聞いたような話に、ないはずの心臓が跳ねる。幼なじみ、恋人、待ち合わせの遅刻、事故死――泣き屋から聞いた、わたしと彼の話にそっくりだ。
だけど、世界にはこんなにも多くの人がいるのだから、似たような話はいくらでもあるはずだ。そう自分に言い聞かせて、彼女の話の続きを待つ。
「それで、それがあなたの『未練』とどうつながるの?」
「彼女が死んでから一年後、思えばあれは彼女の命日でした。その日、彼は自殺したんです。そう、――あなたを追って」
ゆるり、彼女がこちらを振り向く。その目には、わずかに涙が浮かんでいた。
「ねえ、どうしてわたしのことを憶えてないんですか? 『創まりの死神』って何なんです? あなたがもし本当に死神なのだとしても、もとは人間じゃないですか!」
勢いよく両肩を掴まれ、乱暴に揺さぶられる。突然告げられた予想外の事実とすがるような彼女の声に、混乱したわたしの脳みそまで揺さぶられているようだった。
まさか今までの話が、本当にわたしと泣き屋のことだったとは。そして、それはつまり、彼女がわたしの「本当の友人」だということでもある。
――わからない、わからない。わたしは、何も思い出せない。
「……ごめんなさい。悪いけれど、憶えていないの。わたしは、最初から死神として存在した『創まりの死神』だから」
「そんなの……っ」
「これも『運命』だと思って受け入れてちょうだい。あなたがわめいたところで何も変わらないのよ」
これがウソではないとわかってもらうために、彼女の目をしっかりと見据え、これが現実であることをわかってもらうために、無慈悲に真実を告げる。きっとこれは、彼女にとって一番重い「運命」になるのではないだろうか。
それをわかってくれたのか、彼女はわたしの肩から手を離し、そのまま右手でくしゃりと前髪を掴んだ。
「そう、でした……運命は、変わらないんですよね」
「ええ、そうよ。『運命を受け入れる』ということがどういうことか、ようやく理解してもらえたかしら」
そう問いかけると、彼女は右手を下ろし、
「相変わらず、あなたの口からは正論ばかり出てくるのですね」
と言って笑った。
わたしにとっては感動の再会でも何でもないし、彼女にとっても自分が忘れられているということは悲劇であるはずだ。
それなのに、その笑顔は泣き屋と同様に、どこか嬉しそうで。わたしにも少し、安堵に似た感情が芽生えたような気がした。




