02
その答えを聞いて、あからさまに不機嫌そうなカオで口を尖らせる彼女。
「わからないってどういうことですか? 死神なのに死期もわからないっておかしくないですか?」
「ごめんなさいね。今、確実に言えるのは、あなたにわたしが視えている以上、もうすぐ――そうね、一週間以内にあなたが死ぬということだけなの」
「何ですか、それ。無責任ですね。だったら、死んだときに来てくれればいいじゃないですか。あなた、何のために今現れたんですか?」
にやり、不満たらたらな彼女の質問に、わたしは口角を上げてほくそ笑む。わたしが来たのは、あなたの絶望するカオを見るためよ――なんて、もちろんそんな本音は言わないけれど。
「親切心よ。もうすぐ死ぬことがわかっていたら、やり残したことができるでしょう?」
「さっきも言いましたけど、わたし、別に未練とかないんですよ。だから、今死んでも全然構わないんです」
「本当かしら。よく考えてみて、本当にこの世に未練はない? もしそれがあると、死んだあとに死神になってしまうの。そうしたら、死んでも安息なんてないわ。来る日も来る日も、ただひたすら人間の死に目に会って、その魂を回収するだけ。おそらく、また生まれ変わることなんてできないでしょうね」
「だから、この世に未練を残させないために、わざわざ、だいぶ大ざっぱですが、死期を教えにきてくれたというわけですか?」
「ええ、そうよ」
彼女は、いつかの少女みたいに積極的に「死にたい」と思っているわけではないので、ただ生かすだけでは生殺しにはならない。
彼女に足りないのは、「生きる意志」もしくは「死ぬ意志」のどちらかだ。それさえあれば、わたしはその反対のことができる。ただ、その場合は、どちらにせよ「未練」が残ってしまうかもしれないけれど。
すると、彼女はふっと鼻で笑った。
「ねえ、死神さん。『小さな親切、大きなお世話』って言葉、知ってますか?」
「……何ですって?」
「そんなの親切じゃなくて、余計なお世話だってことですよ。何度も言うようですけど、わたしには『未練』なんてこれっぽっちもないんです。もし、わたしの知らない深層心理に『未練』があって、死んだあと死神になったとしても、だから何だというんでしょうか。死後のことは死後に考えますよ」
「死神になっても、生前の記憶は残っているのよ。そしたら、後悔しないかしら。人間を迎えにいくたびにこの世に来て、『未練』を思い出す。それなのに、一生そこに戻ることはできない。そんなの、つらくて嫌でしょう?」
「どうでしょうか。その『未練』が原因で死神になったのなら、自業自得じゃないですか? 人間のときは死にたくないし、死神のときは生まれ変わりたいなんて、ワガママなんじゃないでしょうか」
「あなた、ずいぶんと冷めた見方をしているのね」
「わたしはただ事実を述べているだけですよ。人間はいつか必ず死ぬものだし、死神のことはよくわかりませんが、それが仕事なんでしょう? だったら、それを受け入れるしかないじゃないですか。『運命』は変わらないんですよ。だから、ね」
くるり、話している間に背を向けていた彼女が、またこちらを振り返った。そのカオに、とびきりの笑顔をたずさえて。
「早くわたしを連れていってくれませんか? もうすぐ死ぬなら、今死んでも同じでしょう?」
「――残念だけど、それはできないわ」
「ええー? ケチ!」
「あなたが言ったんじゃない。死んでも生きていても、どっちでもいいって。それなら、もうすぐ死ぬその瞬間まで生きていたっていいでしょう? それがあなたの変わらない『運命』よ。それなら、あなたは受け入れるのよね?」
「運命」という言葉がすきらしい彼女に同じ言葉を使って言いくるめると、その効果は抜群だったらしく、彼女はあきらめたようにはあ、と深いため息をついた。
「そうですね、それが『運命』なら仕方ありません。あと一週間――もないんでしたっけ。とにかく、残りの人生をまっとうすることにしますよ」
あっさりと「運命」を受け入れた彼女は、再びイヤホンをつけると、きびすを返して歩き始めた。やっぱり、彼女にはどちらの意志もないらしい。
何故、彼女にはそれほどまでに「生きる意志」も「死ぬ意志」もないのだろうか。どちらにせよ、こんな状態ではわたしが何もできないではないか。そんなの、面白くないわ。
「ねえ、あなた」
最初に話しかけたときよりも大きな声を出したせいか、それともわたしと話している間に声を覚えたせいかはわからないが、彼女は足を止めて、イヤホンを片方だけ外しながら振り向いた。
「まだ何か用ですか?」
「あなたは、何のために生きているの?」
ひゅうう、と二人の間を風が吹き抜ける。わたしは寒いとは思わないが、彼女がマフラーをしていることを考えれば、それなりに寒いようだ。
そして、少しの沈黙のあと、彼女はゆっくりと口を開いた。
「わたしは今、生きているから生きている。意味とか目的は特にありません」
そう答えて笑った彼女のカオが少し哀しそうだったのは、わたしの見間違いだったのだろうか。




