01
わたし、つまり死神に感情などいらない。そんなものに惑わされては困るから。そんなものがあっても何の意味もないから。人は死にゆく運命には抗えない。
そうして、わたしは今日も命を迎えにゆく。
* * *
「こんばんは」
真夜中に近い時刻に、とある家の窓辺にふわりと降り立つ。そして、静かにあいさつをすれば、ゆるりとこちらを向いたこの部屋の主と目が合った。
それは、わたしが視えているという証拠であり、この部屋の主の死期が近いという証拠でもあった。まあ、そもそもわたしがここに来た目的は、この部屋の主――高校生くらいの少女を迎えにくること、つまり死なせることなのだから、当然なのだけれど。
「あなたは、死神?」
わたしを真っ直ぐに見据えたまま、少女は問う。その黒く鋭い眼差しは、彼女の凜とした雰囲気をよく表していた。
「ええ、そうよ。あなたのお迎えにきたの」
にこり、と微笑んで答えると、彼女もキレイに笑った。
「ああ、やっと来てくれたのね。待ちわびたわ」
うっとりとしたカオで予想外のことを言った彼女は、確かに笑っている。しかし、その手がかすかに震えていたのを、わたしは見逃さなかった。
「あなた、強がっているのね」
「え?」
「本当は、まだ死にたくなんてないんでしょう?」
「そ、んなわけ……」
「ウソはよくないわ。手が震えているわよ?」
「――っ!」
くすり、と笑って目で手を示してやれば、彼女ははっとしたようにぎゅっと拳を握りしめた。
「ねえあなた、本当は死ぬのがこわいんでしょう?」
「そんなわけないでしょう? これは歓喜の震えよ。わたしは死ぬことなんて、ちっともこわくない」
「ホントウ、に?」
「当たり前でしょう? わたしはむしろ死を切望しているくらいだもの。早く連れていってよ」
冷静さを取り戻したのか、上から目線の物言いに、わたしは「ふぅん」とつぶやく。彼女は、どうしてそんな見えすいたウソを頑なに主張するのだろうか。
わたしにはその理由がわからなかったけれど、逆に興味が湧いてしまった。それが自分の「悪いクセ」だと自覚していながら――ああ、死にたいとウソをつく彼女もバカだけれど、わたしも十分バカな女なのかもしれない。
わたしは一瞬浮かべた自嘲の笑みをすぐに消し、彼女に向かって口を開いた。
「いいわ」
その瞬間、彼女の心は歓喜に躍ったことだろう。けれど、
「あなたには、一週間の執行猶予をあげる。最後の日までに、そのごちゃついた思考を整理しておきなさい」
「なっ……どうしてよ!? あなた、わたしを迎えにきたんでしょう? だったら今すぐわたしを殺しなさいよ!」
むなしく響く悲痛な叫び。だけど、わたしはそれを受け入れてあげるほどやさしくないの。にやり、と自然に口角が上がるのが自分でわかった。
「だって、死にたい人間を生かしておいて、生きたくなったときに迎えに来るほうが、面白いじゃない?」
淡々と述べられる無慈悲な宣告。それを聞いた彼女の顔が絶望に染まっていく。ああ、わたしはそのカオが見たかったのよ。
しかし、次の瞬間、彼女は蔑むようにふっと笑い、
「最悪ね、死神さん」
と吐き捨てた。ふふ、かわいくない女。
わたしはそれに対抗するようにしてにこり、と作り笑いを浮かべ、
「ありがとう、最高の誉め言葉よ」
と返す。すると、彼女は忌々しそうにちっ、と舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。どうやらこれが本性らしい。
「あなた、そっちのほうがいいわよ?」
「余計なお世話よ、使えない死神さん」
「ふふ、じゃあ今日はこのへんでおいとまするわ。またね」
「サヨウナラ。もう二度と来ないでよね、使えない死神さん」
「あら、でもあなたの担当はわたしなの。わたしが来ないとあなた、死ねないわよ?」
そこでぐっと押し黙ってしまった彼女にくすり、と嫌味な笑みを残し、わたしはその部屋をあとにしたのだった。
どれだけ最悪だと言われようと、一向に構わない。人間にとっては、自分のところに死神が来たというだけで最悪だろう。それに、どんなに蔑まれようと、死神には――わたしには、感情なんてないのだから、傷つくことなんて、あるわけないわ。