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死神の執行猶予  作者: 久遠夏目
第四章 死神と泣き屋
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間奏Ⅳ

「やあ、こんにちは」


 ある日、ふらりと公園の近くを通ると、そこには泣き屋がいた。彼は高確率で公園にいる。公園はいくつもあって、彼もランダムに行き来しているはずなのに、どうしてこうも出くわすことが多いのだろうか。

 まあ、声をかけられてしまったからには仕方ない。これで相手があの男なら無視しているところだが(ただし、結局は引き止められることになりそうな気もするけれど)、泣き屋は何となく無下にはできないので、わたしは彼が座っていたベンチの空いているところに腰を下ろすことにした。


「こんにちは」

「今日も仕事かい?」

「ええ。死にゆく人はたくさんいるから」

「そう」


 哀しそうにつぶやいて、泣き屋はうつむく。冷たい言い方かもしれないけれど、それが事実なのだから仕方ない。毎日毎日、数え切れないほどの人間が死んでゆく。死神には、それをいちいち哀しんでいるヒマなどないのだ。


「この前、あなたと初めて逢ったときのことを思い出したわ。といっても、あなたが泣き屋になってから初めて、という意味なのだけれど」


 話題転換をしたものの、結局明るい話題ではなかった。しかも、それは泣き屋にとっては哀しく、今も続く悪夢のような話であるにもかかわらず、わたしは相変わらず辛辣な言い方しかできない。そして、


「ねえ、わたしって生きている間、どんな人間だったの?」


 その質問に、驚いたようなカオをぱっとこちらに向けた泣き屋。これは、彼の傷をさらに抉ることになるのだろうか。だって、それを尋ねるということは、わたしには本当に生前の記憶がないという証拠なのだから。

 しかし、その予想を裏切るかのように泣き屋は嬉しそうに微笑んだので、わたしは思わず眉根を寄せてしまった。


「何かおかしかったかしら」

「いや、ちょっと嬉しくて」

「嬉しい? 何故」

「だって、君がそんなことを聞くってことは、君が昔は人間だったっていうぼくの話を信じてくれているってことだろう?」


 純粋な笑顔で、なかなか策士のようなことを言う泣き屋に、少したじろぐ。だけど、


「ただ一つの可能性として、仮定しているだけよ」

「うん、それでも構わないよ」


 彼の傷を抉ることになるかもしれない、というのは、どうやらわたしの杞憂だったようだ。死期ははっきりと決まっていて、確実に訪れるせいか、わたしは想定外のことに少し弱い。特に、泣き屋には色々と驚かされてばかりだ。


「でも、どうしてそんなことを?」

「さっき、あなたと初めて逢ったときのことを思い出したって言ったでしょう? そのとき、あなたは言っていたわよね。『君は相変わらず手厳しいね』って。それに、わたしの性格については何も言わなかった。もちろん、記憶がないということに気をとられていただけかもしれないけれど」


 そう理由を述べると、泣き屋は視線を外して少し考えたあと、何がおかしかったのか、一人でふっと吹き出し、もう一度わたしと視線を合わせた。


「一人で楽しそうね」

「ああ、ごめん。でも、そうだね。君は生前とほとんど変わっていないよ。姿はもちろん、性格もね」


 その言葉を聞いて、自分が生前もこんなに嫌味っぽくて嗜虐的だったのか、と思うと少し嫌になった。自分ですらそう思うのに、よくもまあそんな人間と恋人になって、あまつさえ後追い自殺をしてしまうほどすきになれたものだ。


「あなた、物好きなのね」

「そのセリフ、君に告白したときにも言われたよ」

「え」

「やっぱり、君は君なんだね」


 目を丸くして驚くわたしを、懐かしむような、愛おしむような目で見つめる泣き屋。その視線がいたたまれなくなって、わたしはさっと目をそらし、そのまま前を向いた。


「君はすごく強くて真っ直ぐな女ノコだった。間違っていることは正論で諭し、自分の意見をはっきり言う。だけど、自分が間違っていれば、潔くその非を認めることができる。何事にも真面目で、思いやりがあって、人の痛みを理解することができる、そんな人間だったよ」

「今と全然違うじゃない」

「ううん、違わないよ。君は、ぼくが生きていたころからよく知っている君だ」

「でも、思いやりなんてないし、人の痛みなんてちっとも理解できないわ」


 そう、わたしには感情なんてないのだから。

 すると、泣き屋はいつか見せたような哀しい表情を浮かべたが、すぐにまた穏やかに微笑んだ。


「でも、君はぼくに仕事のことを話してくれるよね」

「それがどうかしたかしら」

「ぼくの仕事は、泣けない誰かの代わりに泣くことだ。だから、ぼくは君の話を聞いて、君の代わりに泣いている。君の話を聞いてぼくが流した涙は、君の涙なんだよ」


 相変わらず偽善的なことを言う泣き屋を一蹴したかったが、彼の穏やかながらも熱のこもった弁はまだ続いていた。


「だから、君には思いやりがちゃんとあるんだ。ぼくに話すことで、迎えにいった人を悼んでいるんじゃないかな」

「相変わらず自分に都合のいい解釈ばかりするのね。そんなの、あなたの妄想にすぎないわ」

「それでも、ぼくは君に哀しみの感情があると信じているよ」


 交錯する視線。主張は平行線をたどり、どちらも引かない。まるで、初めて逢ったあの日のようだ。そして、


「……勝手になさい」


 先に折れたのは、今回もわたしのほうだった。

 わたしには、生前の彼についての記憶は一切ない。だけど、彼もきっと今と変わらぬ性格をしていたのだろうということは、容易に想像できる。やさしくて、穏やかで、すべてを包みこむような包容力を持っている。だからこそ、こんな性格のわたしでも、彼と上手くやっていけたのだろう。

 そう考えると、記憶にない昔も、今も、彼は苦労しているに違いない。いや、今までの口ぶりからすると、意外とそうでもなかったのだろうか。どちらにせよ、


「あなた、本当に物好きなのね」


 呆れたようにこぼした言葉だったのに、彼はまた嬉しそうに笑っていた。




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