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死神の執行猶予  作者: 久遠夏目
第四章 死神と泣き屋
26/38

05

「……ところで、あなたは何者なのかしら」


 少しの沈黙を挟み、彼が落ち着いたと思われるところでわたしは話を切り出した。横目で彼がこちらに顔を向けたことを確認して、先を続ける。


「人は死んだら、普通あの世へ行くわ。ただ、この世によほど強い『未練』がある場合は死神になるのだけれど、あなたはそうじゃない。死神でないばかりか、この世に『未練』もなかったはずよね」

「ああ、確かにぼくは死神じゃないし、この世に未練もない」

「じゃあ、あなたは一体何者だというの? さっきは女ノコの話を聞いてずいぶんと泣いていたようだけれど、もしかしてそれが仕事なのかしら」


 半ば確信しているような言い方をすれば、彼もそれに気付いたのか苦笑を浮かべる。そして、ふう、と一つ息を吐いてから、ゆっくりと語り始めた。


「いつから見られていたのかな」

「そうね、彼女が亡くなる三十分くらい前からかしら」

「そう。じゃあ、もう大体わかっていると思うけれど、ぼくの仕事はさっき君が言ったとおり、泣けない誰かの代わりに泣くことだよ」

「泣き屋、って言うんだったかしら」

「よく知っているね。古代から伝統的に伝わる職業だよ。もちろん、ぼくみたいに死者がやっているわけではないけどね。君たち死神がこれから死ぬ人間、あるいは死者の魂を相手にしているのなら、ぼくは残された生者を相手にしているんだ」


 彼にその説明以上の他意はなかったのだと思うのだが、わたしには自分と比較されているように聞こえた。生者の命を奪うわたしと、残された生者を癒す彼。まるで闇と光のように正反対だ。


「どうしてそうなったかは、わかるの?」

「ぼくは君を追って自殺したから、『この世』に未練はなかった。だから、死神にはならなかったんだと思う」

「そうね」

「だけど、『あの世』で君に逢いたいという強い気持ちはあった。もしそれを『未練』と呼ぶのなら、それがぼくをこんな状態にさせたのかもしれないね」


 これは、罰なのだ。わたしたち、正確にはわたし以外の死神は「この世」に未練を残して死んだ人間だ。けれど、人間はいつか必ず死ぬ。その事実を受け入れられずに、自然のサイクルから外れようとするほどの強い「未練」を持つ彼らは死神になり、「この世」には二度と戻れないという罰を受ける。

 だけど、彼の場合は反対だった。彼は「あの世」への強い未練を持ち、自殺した。そこで「死ねた」ということは、そのとき死ぬ運命だったということだけれど、やはり自分から命を絶つという行為は重罪なのだ。だから、「あの世」へ行けずに泣き屋となり、この中途半端な場所にとどまっている。それがきっと、彼への罰だ。

 だから、もしかしたら泣き屋という職業は、「あの世」への未練を持って死んだ人間がなるものなのかもしれない。だけど、


「じゃあ、あなたはどうして自分が泣き屋だとわかったの? あなたのほかにも泣き屋はいるのかしら」


 立て続けに質問すると、彼はわたしからすっと視線を外して少し考えたあと、正面を向いたまま話し始めた。


「ぼくはこの状態になったあと、自分が泣き屋だとわかったわけじゃないんだ」

「どういうこと?」

「ぼくは君を追って自殺した。そのときは君にあの世で会えると信じていたからね。だけど、気付いたらぼくはこんな状態になっていた。確かに死んではいるけれど、あの世に行けたわけじゃない。あの世とこの世の狭間で、ただ宙に浮いているだけ。だから、ぼくは死んですら君に逢うことができないんだって絶望したよ」


 そのときのことを思い出しているのか、彼の顔には悲痛そうな、歪な笑みが浮かんでいた。それを見て、わたしは再度思う。これは罰なのだ、と。

 死神しろ、泣き屋にしろ、どちらも「未練」が強すぎて、結局その願いが叶わなかった者たちの末路だ。しかも、彼らには生前の記憶がある。そこで出てくる感情は、彼と同じように「絶望」しかないだろう。それは、目も当てられないほどの悲惨だ。だから、わたしにはそんな記憶なんてなくてよかったと思う。

 だけど、彼はわたしに逢うことができた。それはきっと稀有なことで、そしてとても幸福なことなのだろう。けれど、わたしは彼を憶えていない。それはやっぱりただの絶望だ。その場合、わたしには記憶があったほうがよかったのだろうか?


「だけど、ぼくは泣けなかったんだ」

「え?」

「君が死んだときと同じくらいの絶望だったはずなのに、おかしな話だよね。もしかしたら、君が死んだときに泣きすぎたのかもしれない。あるいは、この状態は涙というものが出ない仕組みなのかもしれない。どちらにせよ、悲惨だよ。哀しいのに、哀しむことができないんだから」


 彼の悲惨さ、そして死神たちの悲惨さを推測することはできる。だけど、わたしはそれに共感することはできない。だって、わたしには「哀しい」という感情がないのだから。

 たまに赤の他人の死ですら涙を流し、魂の回収を躊躇う死神がいるが、本来ならそんなのは死神失格だ。死神に感情などいらない。わたしたちはただ淡々と仕事をこなす。求められているのはそれだけだ。


「でも、あなたは今、泣けているようだけれど?」

「うん、そうだね。ある日、ぼくが公園にいると、一人の女ノコが現れたんだ。その子は呆けたようなカオをして、目はうつろだった。ぼくも同じ経験があったから、すぐにわかったよ。その子は大切な誰かを亡くしたんだ、ってね。そうしたら、いてもたってもいられなくなってね。実体化できることはわかっていたから、ぼくは実体化してその子の話を聞くことにしたんだ。どうしたの、って話しかけたら、たった一人の友達が死んじゃったんだ、って言われてね、やっぱりそうかって思ったよ。でも、彼女がぼくと違っていたのは、泣けないってことだった」

「泣けない?」

「そう。彼女は友達が死んで哀しいはずなのに、実感がなくて泣けないんだって。病弱な自分の唯一の友達で、心の支えだったはずなのに、って。そんな彼女の想い出話を聞いていたら、ぼくは自然と涙を流していたんだ。自分でもびっくりしたけれど、それ以上に彼女が驚いていてね。そりゃあそうだよね、いきなり赤の他人が泣き始めたんだから。彼女には『どうしてお兄さんが泣くの?』って聞かれたよ」

「当然の質問ね」

「でも、ぼくはその質問にこう答えたんだ。『ぼくの仕事は、泣けない誰かの代わりに泣くことなんですよ』ってね。だから、ぼくはその日から泣き屋になった。ぼくは最初から泣き屋だったわけじゃなくて、自分で泣き屋になることを選んだんだよ」


 だから、泣き屋がほかにいるかどうかはわからないんだ、と彼は申し訳なさそうに付け足したが、すぐに天を仰いだそのカオは、とても誇らしげに見えた。




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