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死神の執行猶予  作者: 久遠夏目
第四章 死神と泣き屋
22/38

01

 死神は、もとから死神として生まれたわけではない。彼らは皆、もとは人間だった。だから、彼らは死んだときと同じ容姿をしているし、生前の記憶も持っている。

 しかし、だからと言って死んだ人間が全員死神になるわけでもない。彼らの死因はさまざまであるが、共通点は「未練」を残して死んだ人間だということ。例えば、自殺や突然の事故などが一番わかりやすいだろうか。

 さらに、その「未練」にも強さがあるらしく、より強い「未練」を持って死んだ者だけが死神になる。もっと具体的に言うならば、死神は――それが「死んだ」人間であろうと、これから「死ぬ」人間であろうと――人間の魂を回収するが、そこで死神の手をすり抜けていった魂が「未練のより強い者」であり、これから「死神になる者」なのである。

 確かに、どんな人間も少しは「未練」を残して死ぬだろう。それが不慮の事故であったなら、なおさらだ。だけど、人間はいつか必ず死ぬ。それがただ「その日、そのとき」であっただけの話。それは生まれたときから決まっていて、変えることは決してできない。

 だから、これは罰なのだ。自分の「死」を受け入れられずに足掻き、自然のサイクルから外れようとした人間への、罰。何故なら、これでしばらくは――いや、あるいは一生――天国に行って安らぐことも、この世に人間として生まれ変わることも、できないのだから。

 一方、わたしには生前の記憶がない。しかし、それはごく当然のことだった。だって、わたしは『創まりの死神』なのだから。『創まりの死神』とは、読んで字のごとく、もとから死神として存在する最初の死神であり、すべての死神の頂点でもある。

 ただし、わたしを見てわかるように、最初であろうが頂点であろうが、ほかの死神と変わらず普通に仕事をしているし、死神の勢力は横一線なので、「頂点」という言い方はあまりふさわしくないのかもしれない。また、死神は全員『創まりの死神』の存在を知ってはいるものの、どんな姿をしているのかはわからず、つまりは見たことがないので、こうやって一緒に仕事をしていても、わたしがそうだとは思われていないだろう。

 だが、もちろん『創まりの死神』には、ほかの死神とは違うところがいくつかある。一つは、すべての人間の死期が視えること。それはつまり、すべての人間の寿命がわかる、ということである。その人間がいつ死ぬか、それがわたしには視える。これはすべての死神に必要な能力のようにも思えるが、死神の中にはこれから「死ぬ」人間を迎えにいく好戦的な者もいる。だから、そういう死神が自分勝手に仕事をしないよう、公平さを保つためにわたしだけにこの能力が備わっているだろう。

 そして、わたしはすべての人間の死期を記録し、それを各死神に振り分ける。と言っても、死神には一人ひとりに携帯端末のようなものが渡されていて、一つ仕事が終わるごとに、新しい仕事の情報がそこに送られるようになっているので、そんなに大変なことではない。

 もう一つは、わたしだけが実体化できるということ。わたしにもほかの死神と同様に、食欲や睡眠欲といった生理的な欲求はないが、ほかの死神はわたしよりもただひたすらに仕事をこなしている。生と死の狭間にのみ人間の前に現れるというのが正しい死神のあり方であり、わたしやあの男のように、他人に首を突っ込むほうが珍しいのだ。

 わたしはそれで他人の首を絞めていると思っていたのだけれど、じわりじわりと首を絞められていたのは自分のほうだったのだ。そして、とどめはあの男の言葉。


(もう、くだらない『友達ごっこ』はやめたほうがいいんじゃない?)

(ああ、それとも――君のほうが『友達ごっこ』を求めているのかな?)


 そんなことを認めたくはないけれど、仮にもしわたしのほうが「友達」を求めていたのだとしたら?

 ――だったら、何だっていうのよ。死神に友人なんて必要ないし、仲間もいらない。そもそも、友人を求めるきっかけになる感情――それはたとえば「淋しい」かしら――なんて、わたしにはないのだから。

 それなのに、彼の言葉に翻弄されているということは、やっぱりわたしは「代わり」でしかないということなのかしら。感情のようなものに振り回される欠陥品。不完全な『創まりの死神』。

 わたしは、本当は『創まりの死神』だったわけではない。正しくは、「もとから」そうだったのではなく、死んだあとに「選ばれた」といったところだろうか。本当にもとから死神として生まれた『創まりの死神』は、数年前に突然消えてしまったのだ。

 それが職務放棄の失踪なのか、何らかの理由による消滅なのかはわからない。だけど、人間の死期を知ることができるのは『創まりの死神』だけだから、いなくてはほかの死神の仕事に支障をきたしてしまう。そこで選ばれたのがわたしだった。さっきも言ったように、死神の関係は横一線だし、誰も『創まりの死神』を知らないので、おそらく世代交代をしたことも知らないし、もちろん、彼らの中の誰かがわたしを選んだわけでもない。

 それに、わたしにも「選ばれた」という感覚はまったくなかった。気付いたら『創まりの死神』としてやるべきことを当たり前にこなし、それが今まで続いてきた日常だと思っていたのだ。生前の記憶の代わりに、能力や記憶もすべて『創まりの死神』として受け継いでいたと言っていいだろう。

 しかし、所詮は元人間だった身。あの男も言っていたように、わたしには感情なんてないはずなのに、その綻びがちらほら見える。それでも決して涙を流さないのは、わたしの意地なのか、『創まりの死神』を継ぐ者だからなのか、あるいは――


(ぼくが君の代わりに泣くから。君の哀しみと悼みを、すべて引き受けるよ)


 あるいは、『彼』のおかげなのかもしれない。思えば、わたしが本当は『創まりの死神』ではないということがわかったのも、感情の綻びが見え始めたのも、すべて『彼』――泣き屋がわたしの前に現れてからだった。

 だけど、わたしは彼を恨むことはできない。よく話を聞いてもらう友人のような関係であるということもあるけれど、何より彼はわたしの生前の知り合いなのだから。といっても、生前の記憶がないわたしには「そうらしい」と言うことしかできないけれど。

 だったら、彼からわたしに関するすべての記憶も消してほしかった。まだ生きているかもしれない家族、いたかはわからないけれど友人、それらすべての人から、わたしの記憶を消してくれればよかったのに。

 どうしてわたしを完璧な『創まりの死神』にしてくれなかったの? 生前の記憶も、知り合いも、感情も、わたしには必要ないのに。そうしたら、彼にあんな哀しそうなカオをさせなくても、済んだのに。




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