06
「バカ……? バカって何よ!」
「バカだからバカって言っているのよ。『ずっと一緒』がムリだなんて、当たり前でしょう? 甘えるのも大概にしなさい」
「わかってるよ、そんなこと! だから、あなたがずっと一緒にいたいなんてふざけたことを言ったとき、そんなの有り得ないって言ったでしょ!?」
人生には、出逢いがあれば別れもある。幼いわたしが通っていた学校なんて小さな箱庭にしか過ぎなくて、そこではずっと一緒にいられても、そこを一歩踏み出してしまえばみんなバラバラになってしまう。だから、「ずっと一緒」なんて有り得ない。
でも、それでもわたしは――
「けれどわたしは、それでも一緒にいたいって思ったのよ」
そう告げたのは、彼女、だった。彼女は今、わたしが思っていたのと同じようなことを声に出して言ったのだ。
「今、何て……?」
「だから、それでも一緒にいたいって言ったのよ。人が時間的、物理的にずっと一緒にいるのが無理だって、あなたもわかっているでしょう? わたしだって、そうは言ってもあなたと四六時中べったりなんて嫌よ」
ビキッ、漫画で言うのなら、わたしのほおには怒りマークが浮き出たことだろう。こんな場面でも嫌味を忘れないなんて、彼女は本当にわたしと友達になりたいと思っているのだろうか、と疑問がわく。
ひくひくとほおを引きつらせるわたしをよそに、彼女は先を続けた。
「だから、『ずっと一緒』っていうのは精神的なことでしょう? 学校を卒業して離れ離れになっても、もっと大人になっても、その人たちがお互いを友達だと思っていれば、『ずっと一緒』は有り得ないことではないわ」
「うるさい……」
「なのに、あなたは何かしら。友達の定義は『ずっと一緒』だって言ったくせに、『それは有り得ない』だなんて。それじゃあ、」
「うるさい!」
大きな怒声を上げて耳を塞ぐ。彼女がしゃべることをやめないのなら、わたしが聞くことを拒むしかない。
けれども、無情にも彼女の声はわたしの耳に届いてしまった。
「それじゃあ、あなたは今、そのコのことを『友達』だと思っていないってことになるんじゃなくて?」
とどめとも言えるその一言に瞠目して、ゆるゆると顔を上げる。耳を塞いでいた手は自然と離れていて、目からはぽろりと涙がこぼれた。
それを見た彼女は眉を下げて困ったように、しかしどこか嘲りを含んだような笑みを浮かべる。
「あら、どうして泣くの? そのコは死んだんだから、もう『ずっと一緒』にいることはできない。だったら、そのコとあなたは『友達』じゃないわよね」
「違う……」
「何が違うのかしら。言いたいことがあるのなら、きちんと言いなさい。わたしは、ちゃんと聞いててあげるから」
ひやり、彼女の冷たい手がまたわたしの手に重ねられた。部屋の暖房も入れているのに、彼女はどこまで冷え性なのだろうか。
ゆっくりと視線を上げれば、彼女は真剣な眼差しでこちらをのぞきこんでいた。確かに口では彼女に勝てないけれど、彼女はいつも話を聞いてくれていたじゃないか。ならば、わたしも誠意を見せよう。ここで負けてはいられない。
「……わたしは、今でも彼女のことを『友達』だと思ってる。だって、死は永遠だから。彼女は死んでしまったけれど、それまでの楽しかった想い出はわたしの心の中にあって、それはわたしが死ぬまでずっと消えない。これはある意味『ずっと一緒』ってことでしょ?」
「そうね」
「でも、生身の人間は違う。いつ死ぬかわからない。わたしはまた大切だと思った誰かを失うのは嫌なんだ……!」
ぽたぽたとこぼれ落ちる涙が、わたしの手を握る彼女の手を濡らす。ひっく、ひっく、とあふれる涙を止められなくなったわたしの頭を、彼女の反対の手がぽんぽんとやさしく撫でた。
「あなたの言い分はよくわかったわ。確かに、大切な人を失うのはこわいし、つらいわよね」
「……っ」
「でも、それが人間でしょう? 人間は神様じゃないんだから、とても不完全で不安定な存在よ。そんな存在同士が結ぶ関係――たとえば夫婦、恋人、それに友達だって、完全なわけがない。だからこそ、あなたみたいに永遠を求める」
「……うん」
「『ずっと一緒』なんて、物理的には有り得ない。それでもずっと一緒にいたい。そう思える相手がいたら、それを『友達』と呼んでもいいんじゃないかしら。わたしは、そう思うわ」
雄弁に語った彼女は、にっと口角を上げ、自信に満ちあふれたカオをよこした。まったく、本当に口では彼女に敵わない。そう思って、ほおが自然とゆるむ。
本当にずっと一緒にいられるかどうかはわからない。きっと一緒にいられない可能性のほうが高いだろうけど、それでもずっと一緒にいたいと思えたなら、それだけで友達、か。それなら、わたしは――
わたしはごしごしと涙を拭うと、ピシッと姿勢を正して彼女のほうに向き直り、その目を真っ直ぐに見据えた。そして、今までにない緊張感を味わいながら、口を開く。
「あのね、わたし、もし彼女以外に友達ができたら、お願いしたいことがあったんだけどさ、それが叶いそうでよかったよ」
「あら、あなた、友達は作らない主義なんじゃなかったかしら」
「うん、そうだよ。いや、そうだった、かな。今は違うよ」
「へえ?」
くすり、彼女は嫌味っぽく笑ったけれど、今はそれすらも心地いい。わたしはそれを受け止めるように、不敵な笑みを浮かべてやった。
「その人はきっと願いを叶えてくれる。だって、わたしにつきまとうくらい、わたしのことが大すきなんだから」
「あらあら、物好きな人がいたものね」
「うん。嫌味っぽくて、口が達者で、ムカつくところもたくさんあるけど、一緒にいてそこまで嫌じゃなかった。むしろ、今ではずっと一緒にいたいって思ってる。だから、」
彼女の目を見つめたまま、す、と右手を差し出す。
「だから、もう遅いかもしれないけど、わたしと友達になってください」
はっきりとそう告げれば、彼女は――嗤った。




