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死神の執行猶予  作者: 久遠夏目
第三章 死神とハトと戯れ
20/38

06

「バカ……? バカって何よ!」

「バカだからバカって言っているのよ。『ずっと一緒』がムリだなんて、当たり前でしょう? 甘えるのも大概にしなさい」

「わかってるよ、そんなこと! だから、あなたがずっと一緒にいたいなんてふざけたことを言ったとき、そんなの有り得ないって言ったでしょ!?」


 人生には、出逢いがあれば別れもある。幼いわたしが通っていた学校なんて小さな箱庭にしか過ぎなくて、そこではずっと一緒にいられても、そこを一歩踏み出してしまえばみんなバラバラになってしまう。だから、「ずっと一緒」なんて有り得ない。

 でも、それでもわたしは――


「けれどわたしは、それでも一緒にいたいって思ったのよ」


 そう告げたのは、彼女、だった。彼女は今、わたしが思っていたのと同じようなことを声に出して言ったのだ。


「今、何て……?」

「だから、それでも一緒にいたいって言ったのよ。人が時間的、物理的にずっと一緒にいるのが無理だって、あなたもわかっているでしょう? わたしだって、そうは言ってもあなたと四六時中べったりなんて嫌よ」


 ビキッ、漫画で言うのなら、わたしのほおには怒りマークが浮き出たことだろう。こんな場面でも嫌味を忘れないなんて、彼女は本当にわたしと友達になりたいと思っているのだろうか、と疑問がわく。

 ひくひくとほおを引きつらせるわたしをよそに、彼女は先を続けた。


「だから、『ずっと一緒』っていうのは精神的なことでしょう? 学校を卒業して離れ離れになっても、もっと大人になっても、その人たちがお互いを友達だと思っていれば、『ずっと一緒』は有り得ないことではないわ」

「うるさい……」

「なのに、あなたは何かしら。友達の定義は『ずっと一緒』だって言ったくせに、『それは有り得ない』だなんて。それじゃあ、」

「うるさい!」


 大きな怒声を上げて耳を塞ぐ。彼女がしゃべることをやめないのなら、わたしが聞くことを拒むしかない。

 けれども、無情にも彼女の声はわたしの耳に届いてしまった。


「それじゃあ、あなたは今、そのコのことを『友達』だと思っていないってことになるんじゃなくて?」


 とどめとも言えるその一言に瞠目して、ゆるゆると顔を上げる。耳を塞いでいた手は自然と離れていて、目からはぽろりと涙がこぼれた。

 それを見た彼女は眉を下げて困ったように、しかしどこか嘲りを含んだような笑みを浮かべる。


「あら、どうして泣くの? そのコは死んだんだから、もう『ずっと一緒』にいることはできない。だったら、そのコとあなたは『友達』じゃないわよね」

「違う……」

「何が違うのかしら。言いたいことがあるのなら、きちんと言いなさい。わたしは、ちゃんと聞いててあげるから」


 ひやり、彼女の冷たい手がまたわたしの手に重ねられた。部屋の暖房も入れているのに、彼女はどこまで冷え性なのだろうか。

 ゆっくりと視線を上げれば、彼女は真剣な眼差しでこちらをのぞきこんでいた。確かに口では彼女に勝てないけれど、彼女はいつも話を聞いてくれていたじゃないか。ならば、わたしも誠意を見せよう。ここで負けてはいられない。


「……わたしは、今でも彼女のことを『友達』だと思ってる。だって、死は永遠だから。彼女は死んでしまったけれど、それまでの楽しかった想い出はわたしの心の中にあって、それはわたしが死ぬまでずっと消えない。これはある意味『ずっと一緒』ってことでしょ?」

「そうね」

「でも、生身の人間は違う。いつ死ぬかわからない。わたしはまた大切だと思った誰かを失うのは嫌なんだ……!」


 ぽたぽたとこぼれ落ちる涙が、わたしの手を握る彼女の手を濡らす。ひっく、ひっく、とあふれる涙を止められなくなったわたしの頭を、彼女の反対の手がぽんぽんとやさしく撫でた。


「あなたの言い分はよくわかったわ。確かに、大切な人を失うのはこわいし、つらいわよね」

「……っ」

「でも、それが人間でしょう? 人間は神様じゃないんだから、とても不完全で不安定な存在よ。そんな存在同士が結ぶ関係――たとえば夫婦、恋人、それに友達だって、完全なわけがない。だからこそ、あなたみたいに永遠を求める」

「……うん」

「『ずっと一緒』なんて、物理的には有り得ない。それでもずっと一緒にいたい。そう思える相手がいたら、それを『友達』と呼んでもいいんじゃないかしら。わたしは、そう思うわ」


 雄弁に語った彼女は、にっと口角を上げ、自信に満ちあふれたカオをよこした。まったく、本当に口では彼女に敵わない。そう思って、ほおが自然とゆるむ。

 本当にずっと一緒にいられるかどうかはわからない。きっと一緒にいられない可能性のほうが高いだろうけど、それでもずっと一緒にいたいと思えたなら、それだけで友達、か。それなら、わたしは――

 わたしはごしごしと涙を拭うと、ピシッと姿勢を正して彼女のほうに向き直り、その目を真っ直ぐに見据えた。そして、今までにない緊張感を味わいながら、口を開く。


「あのね、わたし、もし彼女以外に友達ができたら、お願いしたいことがあったんだけどさ、それが叶いそうでよかったよ」

「あら、あなた、友達は作らない主義なんじゃなかったかしら」

「うん、そうだよ。いや、そうだった、かな。今は違うよ」

「へえ?」


 くすり、彼女は嫌味っぽく笑ったけれど、今はそれすらも心地いい。わたしはそれを受け止めるように、不敵な笑みを浮かべてやった。


「その人はきっと願いを叶えてくれる。だって、わたしにつきまとうくらい、わたしのことが大すきなんだから」

「あらあら、物好きな人がいたものね」

「うん。嫌味っぽくて、口が達者で、ムカつくところもたくさんあるけど、一緒にいてそこまで嫌じゃなかった。むしろ、今ではずっと一緒にいたいって思ってる。だから、」


 彼女の目を見つめたまま、す、と右手を差し出す。


「だから、もう遅いかもしれないけど、わたしと友達になってください」


 はっきりとそう告げれば、彼女は――嗤った。




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