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死神の執行猶予  作者: 久遠夏目
第三章 死神とハトと戯れ
19/38

05

「はい」


 自宅に着き、自分の部屋で待たせていた彼女に、す、とココアの入ったカップを差し出すと、彼女は少し驚いたようなカオをしてそれを受け取った。またしても珍しい表情だ。


「あなた、手ぇ冷たすぎ。それでも飲んであっためれば?」

「あなたがやさしいと、何だか気持ち悪いわね」

「……あなたはどうして人の好意を素直に受け取れないわけ?」


 若干イラつきながら、わたしは彼女と向かい合うようにしてベッドに腰かける。すると、カップを見つめていた彼女はそれに口づけて、ぐい、と一口飲んだ。そして、顔を上げてこちらを見たかと思うと、


「ありがとう。おいしいわ」


 と言って、にこ、と微笑んだのだった。それは、いつもの意地の悪い笑みと違ってとてもキレイで。


「まったく、いつもそれくらい素直だったらいいのに」

「でも、わたしはカフェオレのほうがすきなんだけれど」

「……すみませんでしたねえ、次はカフェオレにすればいいんでしょ、次、は……」


 自分の発言に自分で驚いて、わたしはそこで固まってしまった。「次」なんて、わたしと彼女にあるわけがないのに。

 バカなことを言ってしまったなと心の中で自虐しながら、わたしも自分のココアを飲み、コト、とカップをテーブルの上に置いた。


「さて、さっさと本題に入ろうか」


 にらみつけるように彼女を見据えれば、彼女はわたしから視線を外し、もう一口ココアを飲んでから、わたしと同様にカップをテーブルの上に置いた。そして、二人の視線が交錯するとき、自然と話が始まったのだった。


「じゃあ、もう一度聞くわ。どうしてあなたは友達を作らないのかしら。どうしてそこまで誰かと友達になることを拒むの?」

「人付き合いがメンドくさいから、なーんて言ってもあなたは信じてくれないだろうね」

「ええ。わたしから解放されたければ、すべて正直に話しなさい。わたしはちゃんと静かに聞いてあげるし、ウソじゃないとわかったなら、約束どおり終わりにしてあげるわ」


 それって半分脅しだし、相変わらず上から目線な物言いだな、とは思ったものの、わたしももう腹をくくると決めたのだ。後戻りはできないし、彼女から逃れるためにも、逃げるつもりもない。


「いいよ。じゃあ、とくとご拝聴あれ」


 演技っぽいセリフを吐いて、わたしは語り出した。

 まず、わたしの心臓の病気は小学校一年生の半ばに突然発症した。体育の授業中に倒れてすぐさま病院に運ばれ、検査をした結果、病気が判明してそのまま入院することになったのだ。それが、わたしの長い病院生活の始まりだった。

 最初はみんな「大丈夫?」なんて言ってお見舞いに来てくれたけど、入院が長引くにつれて、病室を訪れる人は少なくなっていった。みんな遊びたい盛りだし、わたしだって健康だったらきっと遊びを優先したに違いない。

 それに、学年が上がるとクラスが変わるから、新しい友達もできたのだろう。小学校三年生に上がるころには、誰も来なくなっていた。とある一人だけを除いては、ね。


「その中で、ほぼ毎日欠かさずお見舞いに来てくれたコがいた。それが、わたしの唯一無二の大切な友達。そして、わたしの『最後の友達』でもあるの」

「どういう、意味?」


 静かに聴いていると言ったくせに、質問してるじゃない。まあ質問をしてはいけないとは決めてなかったし、彼女は訝しげに眉を寄せているから、本当に意味がわからなくて質問したのだろう。少し優越感を覚えて笑おうとしたが、その笑みは何故か力の抜けたものになってしまった。


「そのコはね、ある日わたしのお見舞いに来る途中、交通事故で死んじゃったんだ」


 静かにそう告げれば、彼女は瞠目した。

 ああ、今でもはっきりと憶えている。あのコが事故に遭ったと言いながら、蒼ざめた表情で病室に入ってきた母の姿を。


「ずっと一緒にいようねって、これからも友達だよって言ってたのに、あのコはもういないんだ……!」


(別に、もう来なくてもいいんだよ)

(あたしがあんたに会いたいだけだからいーの! それに、あたしたち、ともだち、でしょ?)

(――うんっ!)


 もう家族と彼女以外、誰も来なくなった一人の淋しい病室にいたわたしが、その言葉にどれだけ救われただろうか。

 やさしくて、明るくて、本当に大すきだったあのコ。それなのに、どうして病気のわたしよりも、元気な彼女が先に死んじゃったの?


「だから、もう友達なんていらない。ずっと一緒なんてムリだから。どうせいつか失ってしまうくらいなら、最初からいらない!」


 その後、両親が必死でさがしてきた腕のいい執刀医から手術を受けたわたしは、退院する少し前にあのコの両親からこう言われた。「あの子の分まで生きてね」と。

 でも、あのコがいなければ、わたしが生きていたって何の意味もない。わたしを支えてくれた唯一無二の友達である、大切な、大すきなあのコがいなければ、生きている意味なんかないんだ。それに――


「あなたって、つくづくバカね」


 うなだれていたわたしにかけられたのは、同情の欠片もないような彼女の冷たい声。ぱっと顔を上げれば、彼女は蔑むような目でこちらを見ていた。




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