04
公園から全速力で走ってきたせいで、はあはあと呼吸が乱れる。さらにはドクン、と心臓が跳ね、わたしはその場でうずくまってしまった。また発作だ。全速力で走ったせいもあるけれど、本当はきっと――。
だいぶ落ち着いたところでふう、と大きく深呼吸をして息を整え、すっくと立ち上がった、そのとき。
「ねえ、大丈」
「うわあああああ!?」
ぽんっ、と背後から肩を叩かれ、奇声を上げてしまった。あれ、でも今の声ってまさか――嫌な予感をたずさえながらゆっくりと振り返れば、そこにいたのは、
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。まあ、大丈夫そうで何よりだわ」
先ほど公園に置き去りにしたはずの彼女だった。
「あなた、どうして……」
「毎回毎回置き去りにされてやるほどバカじゃないのよ。いくら口でわたしに勝てないからって、逃げるのは卑怯でしょう? さっきの言葉はどういう意味なのか、教えてもらいにきたわ」
「あなたって本当にしつこいね。そんなことしてると嫌われるよ?」
「あら、そんなの慣れっこよ。むしろ、わたしは人に憎まれるための存在なんだから」
「は? それってどういう……」
「こっちの話よ。でも、人に嫌われることを恐れて相手の機嫌ばかりうかがっていたら、腹を割った話なんかできないんじゃないかしら」
「別に、わたしはあなたとそんな関係にならなくてもいいし。わたし、もう帰るから」
ふいっときびすを返して歩き出そうとしたが、不意にぱしっと腕を掴まれてしまった。――冷たい。
「……放してよ」
「断るわ。あなたがどうして友達を作らないのか話してくれるまで放さない」
「っ、あなたには関係ないでしょ!?」
怒鳴りながらばっと彼女の手を振り払う。どうしてそんなにわたしにつきまとうの? もうこれ以上、踏みこんでこないでよ――。
そう思いながら唇をぎりっと噛みしめていると、カツン、という足音がした。見れば、彼女がこちらに一歩足を踏み出してきているではないか。わたしはその分後ずさろうとしたが、彼女の真っ直ぐな瞳にとらわれて、動くことができない。
「関係あるわ。だって、わたしはあなたとお友達になりたいんだから」
「……っ」
「確かに、あなたはわたしに口では勝てない。でも、別に口論がしたいわけじゃないんだから、静かにあなたの話を聞くことはできるわ。善悪の判断はあと。まずは、あなたの話を聞かせてちょうだい」
いつもよりもやさしい声色にほだされて、唇を噛んでいた力が抜け、わたしはそのまま口を開いた。
「――いいよ。そんなに知りたきゃ教えてあげる。その代わり、」
今度は拳に力を入れ、わたしはキッと彼女をにらみつける。
「それを聞いたら、もうわたしにつきまとわないでくれる? あなたがわたしと友達になりたいと思っていても、わたしはそうは思ってないの」
そう、わたしは友達なんていらない。そもそも、そんなもの、絶対に有り得ないのだから。
すると、彼女は口角を上げ、ふっ、と不敵な笑みを浮かべた。その瞬間、何故だか今までに感じたことのない恐怖のようなものが背中を走る。彼女はその妖しげな笑みをたたえたまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「いいわ。あなたとお友達になれないのは残念だけど、そこまで頑ななら仕方ないわね。今日で『終わり』にしましょう」
ふふっ、と愉快そうに笑う彼女の雰囲気に呑まれないように、ごくり、とつばを飲みこみ、自分を奮い立たせる。
「そう。最初からそれくらい物分かりがいいと助かったんだけど」
「あら、それはこっちのセリフだわ。あなたが最初から素直に白状していれば、わたしにつきまとわれることはなかったのにね」
「ぐっ」
先制パンチをお見舞いしてやったと思ったが、すぐに、しかもスラスラと嫌味の応酬が返ってきた。やっぱり、口では彼女に勝てないようだ。こんな調子で本当に彼女がおとなしく話を聞いてくれるのかかなり疑問ではあるけれど、彼女とばっさり縁を切るためにも、わたしは話すしかないのだ。……何だかこれも彼女の策にはめられている気がする。
それに、あの笑顔。残念と言いつつも全然残念そうじゃなかったし、それどころかむしろ楽しんでいるように見えた。結局彼女の「友達になりたい」という気持ちなんて、その程度だったということだ。くだらない。
「でも、最初からそんなふうに突き放さないなんて、あなたも本当はわたしといるのが楽しかったんじゃないの?」
くすり、と嫌味な笑みをこぼしながら発せられた彼女の言葉に、ドクン、と心臓が跳ねた。これは苦しくないから、発作ではないことがわかる。ならば、この動悸は、何?
「……自意識過剰もいいかげんにしたら? そんなわけないでしょ」
「あら、ごめんなさいね。あなたは友達なんていらなかったんだものね」
「そうそう。さ、さっさと行くよ。ここは寒いし」
「え? どこへ?」
この場で話すとでも思っていたのか、珍しくすっとんきょうな声を上げた彼女。その反応にほおがゆるみそうになったのをどうにかこらえ、わたしは真顔を保ったまま、
「わたしの家。この近くだから」
と告げてきびすを返した。だから、わたしの後ろにいた彼女は見えず、もちろんその表情もわからなかった。そう、彼女がまたあの妖しい笑みを浮かべていたことにも。




