03
「で、何でまたいるわけ?」
「あら、一般市民が公園にいちゃいけないの?」
「ぐっ」
そんな正論でまたわたしを丸めこんだのは、あの日突き放したはずの彼女だった。前回会ったときにああは言ったものの、彼女の性格からしてまた待ち伏せされかねないと思ったので、わたしは一週間ほどここには来ていなかった。だから、もうあきらめたかと思っていたのに、その考えは甘かったようだ。しかも、彼女は当然のようにいつものベンチに座り、さらにはわたしの場所を空けて待っていたのだ。
ものすごく帰りたいと思ったが、疲れていて(主に精神的に)休みたかったので、腰を下ろすことにした。そして、わたしは少しでも憂さ晴らしをすべく、前を向いたまま口を開いた。
「あなたも懲りないね。あきらめが悪いっていうの? ここまでくると、もうストーカーだよね」
「まあ、失礼ね。わたしはただここでハトと戯れているだけよ? それに、わたしのほうが先に来ていたんだから、むしろあなたのほうがストーカーなんじゃないかしら」
「はあ? 何それ。そんなこと言ったら、わたしのほうがずっと前からここに来てたんですけど?」
「でも、わたしが公園に来ちゃいけないって決まりはないでしょう?」
「……ヘリクツ」
「正論よ。まあ、何とでも言えばいいわ。どうせあなたはわたしに口では勝てないんだから」
そう言ってすましたように笑う彼女は、最初に会ったときから思っていたが、それなりに、いや、かなりキレイな容姿をしている。ただし、黙っていれば、だが。口を開けば毒しか吐かないのに、どうして彼女はここにいるのだろうか。
「……ねえ、どうしてあなたはわたしなんかと友達になりたいの?」
「そんなの、面白いからに決まっているでしょう? ふふっ、その悔しそうなカオも最高ね」
「そういうあなたの性格は最悪だね」
「誉めてくれてありがとう」
「いや、誉めてないから」
まったく、どうしたらそんなふうに受け取れるんだか。この人、もしかしたらわたし以上にひねくれているのではないだろうか。これでもわたしは一応自分がひねくれているという自覚はある。
「そんな愉快な百面相をしているあなたに、今度はわたしから質問」
「……あなた、わざと怒らせようとしてるの? 一言多いんだけど」
「あなたは友達を作らないって言ったけど、今、こうやってわたしと話しているのはどうして?」
さらっとシカトされてムカついたが、すでに彼女のペースなので、ここはその質問に答えるしかないだろう。人生あきらめも肝心だ。
「さあ、人間だからじゃないの? ハトはしゃべらないし。確かに友達はいないけど、学校でもクラスメイトとはしゃべってるしね」
「じゃあ、そのクラスメイトはあなたのことを友達だと思っているんじゃなくて?」
「そうかもね。でも、わたしはそうは思ってないから」
そう、わたしは友達なんていらない。
すると、彼女は少し顔をしかめてから、真剣な瞳で真っ直ぐにこちらを見据え、口を開いた。
「じゃあ、あなたの思う『友達』って、何?」
その途端、わたしの顔から薄い笑みが消える。
わたしの思う、友達? 友達って、何だっけ。そもそも、わたしはいつから友達なんていらないと思うようになったんだっけ。わたしの、友達。わたしの、大切な――ああ、遠い昔の記憶がよみがえってくる。
わたしの友達。わたしの大切な友達。わたしの、たった一人の、友達。記憶の中のそれは、わたしにとって唯一の友達だった。
「わたしの思う、『友達』は……」
さっきまでの元気はどこにいったのか、と思うくらい、わたしののどから出た声は小さくかすれていて、自分でも驚いた。それでも、わたしはのろのろと言葉を紡ぐ。
「わたしの思う友達は、何でも相談できて、本音で腹を割って話せて、それでいて楽しくて……時々喧嘩もするけど、それでもずっと一緒にいたいと思えるような――ううん、ずっと一緒にいる存在なの」
セリフの終わりに向けて、どんどん声に熱がこもっていく。わたしは何をこんなに熱くなっているのだろう。でも、それがわたしの思う「友達」なのだ。
だけど、その友達は、わたしのたった一人の大切な友達は、もう、いない。
そう思うと、さっきまでの熱が急激に引いて、また冷めたような薄い笑みがこぼれた。ははっ、何言ってるんだろうなあ、わたし。
そうしてしばらくうなだれていると、手にひやりとした感覚があった。見れば、わたしの手に彼女の手が重ねられている。
「……何? ていうかあなた、手ぇ冷たすぎ」
「ごめんなさいね、冷え性なの」
「あっそ。で、何?」
ぶっきらぼうにもう一度問えば、彼女は何かを確信したようににっと笑った。
「あなたの思う『友達』の定義はよくわかったわ。じゃあ、わたしたちはもう『友達』じゃないかしら」
「は、あ? どこが? せいぜい直球な言葉で話せるとか、時々どころかしょっちゅう喧嘩してるくらいでしょ。さっき言った定義を全部満たさないと、わたしは友達だなんて認めない」
「あら、わたしとしては全部当てはまっているわよ? あなたといると楽しいし」
「『面白い』の間違いじゃないの?」
「否定はしないけれど、あなたとずっと一緒にいたいと思っているのも事実よ」
(――わたしたち、ずっと一緒だよ!)
刹那、頭をよぎった懐かしい誰かの声。
だけど、そんなの、絶対に。
「……ありえない」
「え?」
「そんなの、有り得ない。『ずっと一緒』なんて、絶対にムリなんだから!」
わたしは力いっぱいそう叫び、いつかのように彼女の手を思いきり振り払って、いつものように彼女を置き去りにしたのだった。
矛盾したことを言っているのはわかってる。でも、そんなことは有り得ないのだ。絶対に、ね。




