02
「――お断りします。わたし、友達とか作らない主義なんで」
即答とも言うべき速さできっぱりと断ったわたし。
しかし、
「あら、どうして?」
と、彼女もすぐに問い返してきたではないか。
「いやだから、友達とか作らない主義なんで」
「どうして友達を作らないの?」
わたしの拒否をものともせず、幼い子供のようにさらに突っ込んだ質問を投げかけてくる彼女。どうしよう、この人ホントに不審者なの? 人はギャップのある人物に惹かれると言うけれど、これでは逆に引かれてしまうだろう。同じ発音でも、意味はまったくの正反対だ。ていうか、
「あなたこそ、どうしてわたしと友達になりたいわけ? わたしたち、会ってからまだ数分しか経ってないよね?」
逆にそう聞き返すと、彼女はきょとんとしたように瞠目したが、すぐににこり、といたずらっぽい笑みを浮かべた。
「あなたに興味を持ったから、かしら」
「へ?」
「花の女子高生が浮かないカオをしてハトにエサをやっているなんて、面白いじゃない。なかなか滑稽な姿だったわよ?」
かなり失礼なことをさらりと言ってのけ、今度はくすり、と嫌味っぽく笑った彼女。この人、おかしい。どうして初対面の人間にそんなこと言われなくちゃならないんだ。わたしの苛立ちは頂点に達していた。
「あのさぁ、あなた、正直にも程があるでしょ。人に向かって滑稽だとか、思ってても口にするのは失礼だと思わないの? わたしは気遣いのできない人と友達になんてなりたくない」
わたしはまくし立てるように言いたいことを言い、ふん、とそっぽを向いた勢いでそのまま公園をあとにしたのだった。名前も連絡先も知らないし、これでもう彼女と会うことはないだろう。
だけど、あんなにはっきりとものを言う人と会うのも、わたしがこんなに感情をあらわにするのも久しぶりだった。だからといって、あんな失礼な人とはもう二度と会いたいなんて思わないけれど。
――そう、思っていたのに。
「げっ」
翌週月曜日の放課後、いつもの公園に行くと、わたしの指定席と言っても過言ではないあのベンチに彼女が座っていた。しかも、何のイヤガラセだろうか、わたしがやっていたのと同じようにハトにエサをやっている。
――帰ろう。そして残念だけど、この公園にはもう来ないようにしよう。そう決めて、彼女に気付かれないようにきびすを返した、そのとき。
「――っ」
ドクン、心臓が大きく跳ね、わたしはガクリとその場に膝をつく。どうしよう、こんなときに――荒い呼吸をしながらはやる胸を押さえていると、
「大丈夫?」
という声が頭上から降ってきた。聞き覚えのあるその声に、嫌な予感を覚えながらもゆっくりと振り向けば、そこにはさっきまでベンチに座っていた彼女がいた。……最悪。
「ちょっと、持病の発作が起きただけだから……だい、じょぶ……」
「全然大丈夫そうに聞こえないのだけれど?」
「いや、ホントに大丈夫だから、ほっとい、うっ……」
ズキリ、また胸が痛み、前のめりでうずくまる。まったく、どうしてこんなときに限って――
「仕方ないわね」
ため息まじりの声が聞こえたかと思うと、背中に何かが触れ、そのうちやさしくさすられているのだということに気付いた。驚いて横を見れば、彼女がしゃがんでわたしの背に手を当てていた。
「……そんなことで治るとでも?」
「さあ、知らないわ。でも、こういうときってまず落ち着くことが大事なんじゃないかしら」
確かに、彼女の言うことは的を射ていた。少し癪だが、わたしは彼女に背中をさすられながらゆっくりと深呼吸し、どうにか落ち着きを取り戻したのだった。
そして今は、結局二人であのベンチに座っている。
「あの……一応、ありがとう」
「お礼なんていいわ。わたしはあなたに死なれたら困るのよ」
「ちょっと、勝手に殺さないでよ。ていうかそれ、どういう意味?」
「だって、あなたの滑稽な……いえ、面白い姿が見られなくなったら困るもの」
さっきのやさしさはどこにいった、と思えるほど、悪意に満ちた笑みを浮かべる彼女。くそ、お礼を言ったわたしがバカみたいじゃないか。ていうかそんなふうに見られるくらいなら、いっそ死んだほうがマシな気がしてきた。
そう、わたしが死んだほうが――刹那、ぞわり、と強い悪寒を感じ、思わず自分で自分の身体を抱きしめる。それに気付いたのか、彼女が訝しげに眉をひそめ、こちらをのぞきこんできた。そして、
「どうしたの? また発作が起きたんじゃ――」
ぱしり、乾いた音が公園に響く。わたしは、こちらに伸ばされた彼女の手を払ってしまったのだ。
「……あ、ご、ごめん……でも、別に発作じゃないから、心配しなくても大丈夫だよ」
「そう」
そこで会話が途切れてしまい、気まずい沈黙が訪れた。ど、どうしよう。何か話したほうがいいのかな。ていうかわたし、態度悪すぎでしょ。彼女の言動もどうかと思うけど、一応心配して助けてくれたわけだし――いや、別にもう次こそ本当に会わないだろうし、そんなの気にする必要はないか。やっぱり、人付き合いってメンドくさい。
自分のその一言で吹っ切れた気がして、わたしは勢いよくベンチから立ち上がった。
「じゃあ、わたし帰るね。これでわたしの性格がいかに悪いかわかったでしょ? こんなやつと友達になるべきじゃないよ。今度こそ、サヨナラ」
そうして前回と同様に、言いたいことだけを矢継ぎ早に吐き捨てて、わたしはその場から立ち去ったのだった。公園を出るときに一瞬だけ振り返って見えた彼女は、どんなカオをしていたのだろうか。




