01
「……さーん、今日これからカラオケに行くんだけど、一緒に行かない?」
「あー、ごめん。今日は塾なんだ」
「そっかー、じゃあ仕方ないね。残念だけど、塾頑張ってね」
「ありがと、また今度誘ってね。バイバーイ」
多分、いや絶対、今度も断るだろうけど。ていうかこれまでの実績からして断られるだろうってことがわかってるんだから、声なんかかけなきゃいいのに。まったく、社交辞令も面倒だな。
現代は人間関係が希薄だなんて言うけれど、そんなの絶対ウソだと思う。だったら、どうしてこんなにメンドくさい思いをしなくてはならないのか――憂鬱な気分に陥り、はあ、と一つため息をこぼした、そのとき。
『ふふっ、ウソつき』
どこからともなく、そんなセリフが聞こえた。それはからかうような、至極楽しそうな女の人の声で。しかし、あたりを見渡しても誰もいない。
すると、不意に窓の外からの気配を感じた。それに素早く反応して振り向いてみても、そこには青空が広がっているだけ。よく考えれてみれば、窓の外から気配がするなんて有り得ないことだった。何故なら、ここは学校の三階で、しかもベランダもないのだから。
「……気のせい、か」
人間関係がメンドくさすぎて疲れてるのかも、と自分なりに答えを出し、わたしは再び廊下を歩き出した。
――さあ、「帰ろう」。
* * *
わたしは地元の高校に通う、ごく普通の女ノコだ。容姿もまあ普通、成績は平均よりちょっと上くらい、運動神経も人並み。とにかくどこにでもいるような女子高生。
ただ、ちょっと普通じゃないのは、友達がいないということ。ただし、別にいじめられているというわけではなくて、さっきの心境からわかると思うけれど、人付き合いがメンドくさくて苦手なだけだ。
でも、人と話すことは苦手ではないし、むしろ社交的で立ち回りが上手いので、敵はいない(と思いたい)。クラスメイトもそれがわたしのスタンスだとわかってくれているようだけれど、それでもさっきみたいに誘ってきたり、普通に話しかけてきたりする人もいるわけで。やっぱり、人間関係はメンドくさいことこの上ない。
さて、そんなわたしは今、自宅近くの公園のベンチにどっかりと腰を下ろし、空を見上げていた。塾なんて真っ赤なウソ。そんなのは人付き合いを避けるための常套句にすぎない。
「さあ、お食べー」
ばっと手を広げてエサをまくと、ハトが群がってくる。わたしはそれを見て、はあーっと大きなため息をつき、がっくりとうなだれた。
人付き合いはメンドくさい。わたしは友達なんていらないのに。いっそハブられたほうが楽なのだろうか。でも、イジメにあうのは余計にメンドくさそうで嫌だしなあ。
「はあ……」
もう一度ため息をついたとき、ばさばさっ、と何かが羽ばたく音が聞こえた。それに驚いて顔を上げれば、さっきまで足元にいたハトたちが一羽残らず消えていた。え、何で?
不思議に思いながらゆっくりと視線を移動させると、エサの残骸の少し向こうに足が見え、さらにそれをたどっていくと、そこには黒いワンピースを着た、わたしと同い年くらいの女ノコが立っていた。
「逃げちゃったわね、残念」
「……へ?」
「こんにちは」
にこ、と笑ってあいさつをした彼女と目が合う。って、わたしに言われたのか。
「こ、こんにちは」
「トナリ、いいかしら」
「へっ? あっ、どうぞ」
はしたなく股を広げてその間で手を組み、前のめりになっていたわたしがピッと姿勢を正して横にずれると、彼女は優雅な動きでそこに腰を下ろした。同い年くらいなのにこの差は何だ、と思っていると、くるり、と彼女がこちらを振り向いた。
「あなた、ハトがすきなの?」
「え、いや、別に普通?」
「じゃあ、どうしてエサをあげてたの?」
「うーん、ただのヒマつぶしかな」
「そう」
さして面白くもなさそうなカオをして、またエサの残骸を見やる彼女。いや、確かにちっとも面白くない答えだったとは思うけど、そこまで露骨なカオをしなくてもいいのではないだろうか。
もしかしたら、それは彼女が正直な人間だという証拠かもしれないけれど、わたしには関係ないし、そろそろ帰るとするか。
「じゃあ、ハトもいなくなったんで、わたしはこれで」
「あら、別にハトが目的でここにいたわけじゃないんでしょう?」
「え、まあそりゃあそうだけど」
「じゃあ、まだここにいてもいいじゃない。わたし、あなたとお話がしてみたいわ」
「は、あ?」
想定外のことを口にしてにっこりと微笑んだ彼女に対して、さっさと帰ろうとベンチから腰を浮かしかけていたわたしは、そんなマヌケな声を出すことしかできなかった。え? 何この人。カワイイ顔して実は不審者なの?
わけがわからず額に脂汗が浮かんできたわたしに向かって不敵な笑みを浮かべ、彼女はとどめのセリフを吐いたのだった。
「わたし、あなたとお友達になりたいの」




