間奏Ⅱ
今日も、一人の人間を殺した。いや、今回の彼女には、正確な死期も執行猶予も伝えなかったけれど、命日となる日に迎えにいったのだから、結局わたしはいつものように「死んだ」人間を迎えにいったのだ。まあ、そんな言い訳をしたところで、自分が人を死に誘う死神だということに変わりはないけのだれど。
そして今、わたしはまた『彼』をさがしていた。
(泣きたくなったらまたおいで)
別に、わたしは泣きたいわけじゃない。そもそも、『創まりの死神』であるわたしに「哀しい」という感情はないのだから。
ならば、どうしてわたしは『彼』――泣き屋をさがしているのだろうか。
そんなジレンマを感じていると、とある公園でベンチに座る泣き屋を見つけた。そのトナリには、三十代半ばくらいの女性が座っている。どうやら仕事中だったようだ。またあとで出直してこようかしら――
「、え?」
* * *
「――泣き屋」
「ああ、君か。こんばんは」
「ええ、こんばんは」
ふわり、彼しかいなくなったベンチに腰を下ろす。それは、少し前までとある女性が座っていたところだ。わたしは、その女の人に見覚えがあった。
「……ね、さっきまで仕事していたでしょう」
「ああ、また目が腫れているかな?」
「それもあるけれど、今日は見ていたから」
前を向いたままきっぱり言い放つと、泣き屋が驚いたようなカオでこちらを振り向いたのが横目で確認できた。
「へえ、珍しいね」
「別に、全部見ていたわけじゃないわ。女の人と二人でいるのが見えて、あなたが泣いていたから仕事だろうと思っただけよ」
「そっか。じゃあ、出直してきてくれたんだね」
「まあ、ね。……ねえ、さっきの人はどんなことを言っていたの?」
「え?」
さっきよりも大きく見開かれた目でこちらを凝視する泣き屋。それこそ珍しい表情だったが、わたしはその反応に少し不満を覚え、口を尖らせた。
「そんなに驚かなくてもいいでしょう? いつもわたしが話をしてばかりだから、たまにはあなたの話を聞きたいって思っただけよ」
それに、あの人は――ひざの上でぎゅ、と拳を握りしめていると、「いいよ」という泣き屋の穏やかな声が聞こえた。ぱっと顔を上げれば、泣き屋がにこ、とやさしく微笑む。それだけで何故か安心して、どこか懐かしい――どうして、わたしはそんな気持ちになるのだろうか。
わけがわからず自問自答をしていると、泣き屋は静かに言葉を紡ぎ始めた。
「あの人はね、娘さんを亡くしたんだって。まだ十歳だったんだけど、生まれたときから病気で、今まで生きていたことが奇跡だって言っていたんだ」
「そう」
「でも、その娘さんは病気とは思えないくらい元気で、余命を宣告されても本当にもうすぐ死ぬってことを信じられなかったんだって。しかも、彼女はここ数週間くらい、さらに輝いているように見えたらしい」
「へえ、どうして?」
「何でも、最近新しい『友達』ができたそうだよ。あの人自身はその友達と一度しか会ったことがないらしいんだけど、十代後半くらいのキレイな女ノコだったって言っていたかな。自分は娘さんの友達で、彼女が死ぬ前に夢を叶えさせてあげたいから、外出許可を取ってもいいですかって聞きにきたらしいよ」
「それはそれは、やさしいお友達がいたものね」
「その友達と一緒に主治医の先生にお願いして、外出許可をもらうことができた。そして当日、一緒に公園についていくと、彼女に背中を押されてあの子は歌い出した。そして、あの子の歌声に惹かれた人がどんどん集まってきたの。大勢の人を目の前にして歌うあの子は、今までで一番楽しそうだった……」
泣き屋の口調が変わり、声が震えているのに気付いて横を向けば、彼はぽろぽろと涙をこぼし、しかし嬉しそうなカオで微笑んでいた。ああ、彼は今、先ほどまで彼のトナリにいた女の人――あの盲目の少女の母親になっているのだ。
「あんなに楽しそうなあの子はいつ以来だろう。病院でもよく歌っていたけれど、それよりも輝いていた。だって、あの子は自分の夢を叶えたのだから。それから一週間もしないうちに、あの子は息を引き取りました。最初は眠っているんじゃないかと思ったほど、安らかな死に顔で……わたしはその瞬間、救われたんです。もしかしたら、この子は生まれたことを嘆いていたのかもしれないと思っていたけれど、そうじゃなかった。この子はたった十年しか生きられなかったけど、満足して死んでいったんです。それもきっと、あの子の夢を叶えてくれたお友達のおかげです。あれ以来会ったことはないけれど、いつかまた会えたらお礼を言いたいわ――……」
すべてを告白し、ふ、と目を閉じた泣き屋。しばらくして、ゆるりとそのまぶたが上がったときには、もういつもの泣き屋に戻っていた。
「こんな感じだけど、どうだったかな?」
「どうもありがとう。あなたも大変ね、すべての人の哀しみを全部引き受けるなんて」
「そんなことないよ。本当に哀しいのは、哀しいのに、その感情をあらわにして泣けないことだと思うんだ。だから、ぼくはその人たちの手助けをしているだけだよ。もちろん、君も含めてね」
「……そんなの、わたしには必要ないわ」
冷たく言ってぷいっとそっぽを向けば、泣き屋は眉を下げて苦笑した。そう、わたしには感情がないのだから、哀しむなんてことはしない。だから、泣き屋がわたしの代わりに泣く必要など、どこにもないのだ。
では、何故わたしはここに、泣き屋のところに来るのだろうか? わからない、わからない。わたしは、自分で自分がわからない――。
「……そろそろ、おいとまするわ」
「またいつでもおいで。別に泣く必要がないっていうのなら、泣きたいときじゃなくても構わないから」
「その好意だけ受け取っておくわ。じゃあね」
「うん、またね。――ああ、そうだ」
「何?」
ふわりと浮いた状態で振り向くと、泣き屋はこちらを見上げてにこ、と笑った。それは子供のように無邪気で、でもどこか大人のように穏やかで。
「ありがとう」
「……どうして、あなたがお礼を言うの?」
「何だか君に伝えなきゃいけないような気がしたんだ」
「ふぅん、そう。じゃあ、今度こそ失礼するわ」
「ああ、またね」
そう言って笑った泣き屋のやさしいカオは、彼のものだった。
では、さっきの微笑みは――きっと、『彼女たち』のものだったのだろう。




