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死神の執行猶予  作者: 久遠夏目
第二章 死神と盲目の天使
12/38

04

「こんばんは」


 闇に包まれた暗い夜とは正反対の明るい声が聞こえた。振り向けば、真っ黒なスーツに身を包んだ男がにこり、とムダにキレイな笑みを浮かべている。


「こんばんは。仕事もせずに何の用かしら」

「君は相変わらず厳しいなあ」

「わたしは事実を述べたまでよ。一人の人間に構っているヒマがあるのなら、もっと仕事をしなさい。その人間は死期が近いわけじゃないんでしょう?」

「それはそうなんだけどさ、逆に死期が近くもないのにボクが視えるなんて、不思議だと思わない? 面白いじゃないか。君も『面白いこと』はすきでしょ?」


 にこり、彼はまた笑う。その笑みはとてもキレイだけど、寸分の狂いもなさ過ぎて、逆に作りもののように見える。

 この男はわりと最近死神になったのだが、わざわざ死期が近いわけでもない人間のところにとどまっていたり、とあるターゲットを生かそうと画策したり、何かと問題が多い。死期を変えることは『創まりの死神』であるわたしにすら不可能であり、こんな一死神にできるはずがないので、結局ターゲットは死に、その努力は無駄骨に終わってしまったようだけれど。

 まあ、仕事ができないわけではないからいいのだけれど、その人間に構っているせいか、こなす量が少なくて困る。さらにその胡散臭い笑顔や、生前は他人に殺されたいという「他殺願望」を持ち、それを叶えて死んでしまったという経歴も相まって、わたしはこの男をあまり信用していない。


「そうね、面白いことはすきよ。でも、あなたにとっての面白いことと、わたしにとっての面白いことは違うの」

「あはは、確かに。でも、君の面白いことはボクにとっても興味深いよ。もうすぐ死ぬ人間の願いを叶えてあげるなんて、やさしいんだね。あれ? そう考えると、結局君も一人の人間に構っているじゃないか」


 わざとらしい言葉を吐きながら、ニヤニヤと嫌味ったらしい笑みを浮かべる彼。本当に話すだけで、ないはずの血圧が上がりそうだわ。

 しかし、そんな感情は表に出さず、わたしは冷静に言葉を返す。


「あら、見ていたの? まったく、どこで嗅ぎつけてきたのやら」

「ふふっ、ボク、面白いことには敏感なんだよね」

「そう。だったら、その機敏さを仕事に生かしてほしいものだわ」

「うわあ、痛いところをついてくるなあ」


 彼は困ったように眉を下げながらも、ちっとも痛そうなカオをしていなかった。

 わたしがこの男を信用できない理由がもう一つある。それは、この男が「面白いこと」を嗅ぎつけてはほかの死神にちょっかいを出し、すべてを見透かしたような目で見つめてくるからだ。

 まったく、余計な詮索はやめてほしいものだ、と思い、わたしは一つため息をついてから口を開いた。


「残念ね、あれはやさしさじゃないわ」

「へえ? じゃあ、どうしてあんなことをするんだい?」

「わたしは、人間がもっと生きていたいと思ったときに死なせるのがすきなの。最高の幸福を与え、一気に絶望へと突き落とす。わたしが死神だとバラして、二回目のステージはないと告げたとき、彼女はどんなカオをすると思う? わたしはそれが楽しみでたまらないのよ」


 そう、それがわたしにとっての「面白いこと」。わたしは、決してやさしくなんかない。


「うわあ、君、彼と同じようなこと言ってるよ?」

「それは、あなたが付きまとっている人間のことかしら。気が合いそうね」

「付きまとっているだなんて失礼な。だたの居候だよ。それに、君と彼には大きな違いもある」

「あら、何かしら」

「彼は自分が選択した結果を受け入れているけれど、君はそれをなかなか受け入れられずに、最後には傷つくってことかな」

「……何ですって?」


 わたしがキッとにらみつけると、彼はくすり、と笑った。そう、わたしが嫌いな、あのすべてを見透かしたような目で。


「君はそんなことを言って非情ぶっているけど、最後には結局哀しむんだ。君は自分が手をかけた人間が死ぬと、必ず『彼』のところへ行く。そうして、『彼』に癒してもらっているんだ。感情なんて必要ないと言っているくせに、ね」


 にこり、彼はまたウソくさい笑みを浮かべ、先を続ける。


「そんなににらまないでよ。ボクは別に君と『彼』の仲を邪魔するつもりはないし、『彼』に接触するつもりもない。傍観しているのが一番面白いからね」

「悪趣味ね。それは傍観じゃなくて覗き見って言うのよ。あなた、ストーカーの素質があるんじゃないかしら」

「酷いなあ、君は。本当に彼と似てるよ」


 そう言って彼は苦笑したが、今度は本当に苦々しく思っているようだった。どうやら、その『彼』とわたしが似ているというのは事実らしい。そう思うと、その『彼』もこんな感じでずっとこの男の相手をしていて大変だな、と急に親近感と哀れみを覚えた。

 しかしこの男、わたしにとっての『彼』――つまり、泣き屋のことまで知っていたとは。どこで知ったのか、また、どこまで知っているのかはわからないけれど、面倒なことになったものだ。まったく、本当に油断ならない男だ。


「さて、ボクはそろそろ戻るよ」

「仕事に、かしら」

「さあ、どうでしょう?」

「あんまりサボってばかりいると、あなたの大すきな『彼』を殺すわよ」


 軽い冗談のつもりでそう言うと、彼はきょとんとしたようなカオをしたあと、すぐににこっと笑って、


「それはダメだよ。だって、彼を殺すのはボクだからね」


 と歌うようにささやいて、ふっと消えたのだった。わたしには、そのいつもと変わらぬキレイな笑みが空恐ろしく思えた。殺すって、どういうこと? すべてがウソくさそうなあなたが、『彼』のことだけはあんなに表情豊かに話していたのに。

 いや、わたしがあの男のことを気にかける義理はない。面識もない『彼』のことならなおさらだ。わたしと似ているならちょっと会ってみたい気もするけれど、別に会わなくたって問題はない。わたしの知らないところで、わたしの知らない人が死のうが生きようが、わたしには関係ないもの。

 わたしが今、気にかけることはたった一つ。彼女を絶望に突き落とすことだけ。




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