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勇者と冒険者

 今週分です。ではどうぞ!!

 この一週間でポイントが増えてました。ありがとうございます。

 ランクネン議会庁舎の前面にある大通りでは今正に苛烈な攻防戦が行われているところだった。攻撃が止んでいる段階で設置された散弾が前のバリケードは既に二つが突破、残る一つも限界が近付きつつあった。大口径機関銃の銃座に取り付いていた冒険者が吹き飛ばされるのを見ながらキリカ・シフォンフィールドはMP5短機関銃の新しいマガジンを差し込んだ。彼女が使うのは装備をマウントするレイルが装着され、伸縮式ではなく固定式の銃床を使用している。このMP5は議会庁舎にいた冒険者が「好きに使え」といって残していった武器の一つだった。マガジンも後二本でなくなる。

 近付いてくるエリュシオンの少女に銃火器用スキル〈ヘルファイアバレット〉を叩き込む。火炎属性が付与された〈フレイムバレット〉の上位互換スキルであり高確率で火傷と炎属性ダメージを与えるというスキルだった。一マガジン分を撃ち尽くした段階で既にエリュシオンのHPは半分を下回っていた。最後のマガジンをリロードしている最中に形勢不利を悟って背中を見せながら逃走する彼女に止めの銃弾を叩き込むと、彼女は弾丸の尽きたMP5を捨てた。


(そろそろ三つ目のバリケードも限界ですね)


 土嚢や廃材、机や椅子を組み合わせて作り上げられ、そこに銃座や自動魔法投射器といった設置アイテムを置いたバリケードはそれなりの時間を稼いだ。この世界に住んでいる住人の負傷者は馬車に乗せて街からの脱出を図り、またそれ以外の移動手段を持ち、五体満足な街の住人も探索者の護衛を伴って街の外へと脱出を開始している所を考えると成功といっていいだろう。今議会庁舎に残っているのは冒険者連盟の職員とその護衛を行っている低レベル冒険者、後は自ら志願して居残った探索者だけだ。

 最後のバリケードに爆弾が仕掛け終わったのか、周囲にいた冒険者が一気に後退を始めた。それに併せてキリカ自身もまた撤退の準備に入る。サマーを抜き、目の前に立ったナックルを装備した格闘家らしき装いの男が放つ二連続の拳をかわすと足払いで男を転がし、その首筋にサマーの刀身を突き立てる。躊躇いのない一撃を抜くと彼女は爆発の轟音と共に盛大に爆発し、オレンジ色の炎を吹き上げるバリケードを見た。数人が引っかかって地面に倒れているものの、大多数は何かが仕掛けられているのか分かっていたらしく、一定の距離を保って進軍を開始した。既に議会庁舎を守るバリケードは正門前だけ。ここが突破されれば戦場は議会庁舎の中になる。既に議会庁舎内も戦闘に備えて防備を固めているところだ。


(リモートスナイパーでも置いてくるべきでしたね)


 サイコムで操作する設置型狙撃支援システムの名称を思い出しながら彼女は後退する。彼女の主がサブ職業の一つに設定している支援兵は最大四つ、機関銃、ミサイルポッドなど併設された大型の無人タレットを設置することが出来る。彼女の選択しているガンスリンガーはそれより威力、設置数などが劣るものの、突撃銃や大口径スナイパーライフルを設置したリモートスナイパーを設置することが出来る。

 目立った負傷者もなく、キリカ達の前を行く防衛隊は援護を受けながら次々と議会庁舎へ駆け込んでいく。直ちに負傷した者は回復職を選択している冒険者が回復魔法を唱えてHPを回復させ、その他の傷には絆創膏や湿布などが渡されていく。

 そして殿を務めていた彼女達が到着したとき、議会庁舎の会議室がある方向から怒鳴り声が響いてきた。その声に動ける余力のある者は会議室の前へ向かう。会議室の扉は施錠されていなかった。開け放たれた扉の中では三人の少年少女を中心とした人々と議会庁舎や前線で指揮を執っていた冒険者たちが居る。


「だから、この街からアステル皇国の市民を連れ出すために俺たちの指揮下に入ってほしいと言っているんだ!」


 白い鎧に身を包んだ少年が階下から響く騒音に負けないような声で会議室に居る冒険者たちに訴える。白い鎧を着た少年を中心に茶色のツインテールの少女と頭を逆立てた少年が隣に控え、後ろにはアステル皇国軍の制式装備に身を包んだ兵士たちが控えていた。室内で明らかに威圧しているつもりなのか、王国軍でもまだ正式配備が始まったばかりの小銃の銃身を短くした携帯性に優れたモデルを持っている。

 会議室に居る冒険者たちはそれぞれ所属や職業、レベルの差こそあれど今日までこの議会庁舎を少ない戦力で守り抜き、葬儀社やサウザント・ファングスやその他のギルドの猛攻を凌いでいた者たちだ。そんな彼らに対し、目の前にいる彼らは装備が煤けているどころか、真新しい、城から持ち出してきたままの状態に近い。そんな後からやってきておいて彼らは指揮権を渡せと彼らに迫っているのだ。


「……たとえ指揮下に加わったとしても、俺達に何か見返りはあるのか?」


 交渉の場に居た歳若い青年が少年少女達に尋ねる。だがその問い掛けをした青年を白い鎧に身を包んだ少年は信じられないような物を見るような目つきで見た。


「……何を言っているんだ?民間人が助けを求めているのに見返りだって?無償で手を差し伸べるのが人間だろうっ!僕は勇者で、多くの人を救うだけの力がある。それは貴方たちも同じだ。だからこそその力は救いを求める人のために使わなければならない。何かを求めて、その力が使われることはあってはならないんだ!!」


 少年の言葉から放たれた言葉に一堂に集まっている勇者、冒険者といった人間全てが言葉を失った。だが、数秒後に場の反応は大きく二分される。勇者達アステル皇国側……正しくはその護衛である兵士達が尊敬の眼差しで勇者達を見るのに対し、冒険者側は敵意と殺意、憎悪の篭った眼差しを勇者達に送る。白い鎧を着けた少年の隣に座っている二人も誇らしげな表情をしていた。一触即発とはよくいったもので、会議室の中に満ちる空気はまさしくそれに当て嵌まるものだった。互いの緊張が臨界に達しつつある。それはだれの目から見ても明らかだった。

 冒険者達は基本的に高い報酬でしか動かないと思っていた王国軍の兵士たちは、勇者が一言で冒険者を黙らせ、それどころか勇者の一言が制御不能の勢力である冒険者を従えたとさえ思っていた。

 だが、逆なのだ。彼らは冒険者たちにこの瞬間にはっきりと『敵』という認識をされた。最低限の見返りも勇者の掲げる『善意』によってありえないものとして認識されている。金を出せば物が買え、払えば相応の物が買える。それがどの世界では当たり前の『日常』だ。この世界に住む一般市民と冒険者の関係もそれに似ている。報酬を準備すれば依頼が出来て、依頼を完遂すれば相応の報酬を手に入れることが出来る。だが、勇者達は『善意』を盾に、そういった機構を否定しているのと同義でもあった。もしこれが成り立ってしまえば今後、各勢力や国家に冒険者の力をこの前例を盾に利用されてしまう。そうなれば善意という錦の御旗で押し切られ、冒険者達は奴隷以下の扱いになってしまうということも有り得ない話ではない。

 勇者達が反応を待つこと数分。会議に参加していた冒険者の一人が小さく「ふざけるな」と声を出した。その声に王国側と勇者達の眼差しが集中する、だが今度は別の場所から「帰れ」という声が上がった。その二つの声を皮切りに会議を見守っていた冒険者たちから次々と「帰れ、帰れ」というコールが響き始める。やがてそれは会議室中を包み込む大音声となり、数人の冒険者はそれぞれの得物を打ち鳴らして盛大に主張を始めた。声と打ち鳴らされる武器、その二つに気圧された勇者達が反論しようとするが、その前に先程の青年が立ち上がって彼らの出鼻を挫いた。


「俺達はあくまで無差別に襲われている冒険者を助けているだけだ。だから報酬を善意で踏み倒そうとするあんたらの指揮下に加わる義理はない。ただ、俺達はここに居るあんたら(アステル)国民(、、)は攻撃しないと約束する。ただし、兵士たちや勇者、あんたらが攻撃してきた場合には遠慮なく攻撃するからな」


 青年の言葉に勇者達三人と兵士たちは忌々しげな視線を彼らに向けるが、冒険者達のコールに腰が引けたのか、渋々といった表情で会議室を後にした。髪の毛を逆立てた少年は腹立たしげにテーブルを蹴り、白い鎧に身を包んだ少年は全員を一睨みすると部屋を後にした。

 彼らが去った後の会議室は一言で言うのならば勇者への依頼を断ることが出来たことに関する喜びの声に溢れていた。そもそもこの都市は自由都市。アステル皇国内にありながらも皇国国内法の適用を受けない治外法権の地でもある。それを理解していたからこそ、彼らはこの依頼を断ることが出来た。善意の押し付けによって冒険者の地位が下がるという最悪の事態を防いだのだ。

 歓喜に沸き立つ会議室を後にするとエステルは自分のサイコムにあるメッセージが届いていることに気付く。月に吼える狼のシールが張られたサイコムの画面に触れると、メッセージが届いていることを示す吹き出しが表示される。発信者はウォルフ、手紙のアイコンを軽く弾くと、便箋のような画面が表示された。

 そこに書かれているのは至極、短いものだった。だが、彼女の血を沸き上がらせるには十分すぎる命令だった。


『キリカ・シフォンフィールドに命ずる。出撃準備

 己の思うがままに埒を開けよ』


 主人から下された出撃命令。これで彼女は流されるがままに従うだけではなく、れっきとした命令が下された。独立行動許可指令、従騎士にはコマンド次第で自動的に行動するようゲームのシステムで設定されている。多くのプレイヤーはログアウト直前でこの指令を下し、素材収集や従騎士単独でのレベル上げを命じたりしている。だが、これはある意味において別格の命令でもあった。主の命令を待たず、従騎士のみで状況を判断し、最善、最良と思えるものを取捨選択して実行するという命令だ。

 サイコムのメッセージ画面を閉じ、歩きながら彼女は装備を整えていく。今の命令が出たということは即ち、『状況を回せ』ということも暗に示していた。装備変更欄から装備セットを選択しながら彼女は議会庁舎の中を歩く。暗紅色の軍服の装備はオールラウンドな能力になるような装備だった。だがこれから纏うのは彼女の主である青年がキリカのためだけに用意した装備一式と得物。彼女の種族を最大限に発揮出来る武装をいつでも展開できるようセットすると彼女は鼻歌でも歌いだしそうなテンションで階段を下り始めた。一段一段降りて行くたびに、身体を覆う服装が変わっていく。

 階段の下では、様々な冒険者達が各々のギルドや臨時パーティーを組んでいる最中で、雑多な活気に満ち溢れている。勇者達を追い返したことでにわかに活気付いてきたエントランスに一人の冒険者が駆け込んできたのはそんな時だった。


「大変だ!帝国軍が侵攻してきているぞ!!」


 その言葉で、エントランス内は一度水を打ったかのように静まり、聞こえるのは子供の鳴き声と、それをあやす親の声、怪我人の呻き声だけだったが、一人が己の武器を打ち鳴らすとそれに続くように他の冒険者たちも己の得物を打ち鳴らす。数分前の会議室よりさらに多い数の武器が地面を打ち鳴らし、武器を掲げると全員が戦士の咆哮を上げた。


 それでは皆様の感想、批評等をお待ちしております。

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