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依頼とギルド

 お待たせしました。今週分でございます。

 勇者達が馬をひた走らせ、ランクネン近郊の小さな村に着いたとき、そこにはアステル皇国の制式鎧に身を包んだ兵士が待機していた。光輝達が近付くと彼らが直ぐに話しかけてくる。


「お待ちしておりました、コウキ様。我々は王女からの命で貴方たちの手伝いをなさるよう仰せつかっています」


「クラエスさんが?」


「はい。クラエス様が先程、我が皇国民を保護するという名目でこちらへ軍を派遣しました。我々はその先遣隊として勇者様方と共に事態に当たれ。との命令を受けたのです」


「そうか、わかった。俺達は今すぐにランクネンに入る予定だ。そっちの準備は出来ているのか?」


「はい、いつでも出発できます」


 兵士の言葉に光輝が頷くと勇者達は兵士たちと共に出発した。馬を走らせる勇者達の後を軽騎兵と歩兵隊が続く。街に通じる門はこの混乱のために開け放たれたままだったため、手続きをすることなく彼らは街の中に突っ込んだ。同時に軽騎兵達がアステル皇国の国旗を掲げる。これは自分達の所属を明らかにすると言う意味合いでクラエスが持たせたものだった。


「市民の多くは緊急避難所……海岸沿いにある倉庫にいると聞いています。それと、王女様の話によれば、議会庁舎には冒険者と連盟職員がいる模様、そちらの方へは近寄らないでください」


「どうしてよ!」


 兵士の言葉に朱音が噛み付く。


「冒険者の方々は今現在、街を襲撃している冒険者側と激しい戦闘を繰り広げているとの事です。今の勇者様方では……」


「勝てねえとでも言うつもりかよ、ええ!」


「待ちなさい龍之介。事実よ」


「それでも志乃!」


 朱音に気圧されながら答えた兵士は龍之介に掴み掛かられそうになる。だが、そんな彼を志乃が止めた。


「……志乃、俺達は一丸となってこの事態に当たらなくちゃいけない。そこに勇者だとか冒険者だとかそんな区別があっちゃいけないんだ。俺はこれから議会庁舎に行って俺達の指揮で戦ってもらえないか交渉してみる!」


 そこで今まで口を出せずにいた光輝が会話にはいってくる。冒険者と共同戦線を張ろうというつもりだろう。光輝の言葉に合わせて朱音と龍之介が駆け出す。こうなると彼らはそう簡単には止まらない。


「志乃さんは追わないんですか?」


「今の三人に何を言っても無駄よ。私たちはここにいる避難者を移送する手伝いに回るわ。晶も手伝って」


「分かりました」


 そう言って残された二人は合流した兵士たちと共に移送作戦の準備を始める。既に王国海軍のガレー船が数隻こちらへ向かっているらしく港の制圧も平行して行って欲しいとの事が兵士から告げられた。避難民を移送させながら勇者達は身構える。彼らが今相手しているのは鋭い爪や牙を持ち強靭な生命力を誇るモンスターではなく、意志と思考を兼ね備え、強力場武器を持った姿形は同じ存在である冒険者だった。自分たちもある程度対人戦の経験はあるものの、それは刃を落とした武器だったために打ち身や打撲程度で済んだのだが、相手は刃を落としていない武器を持っている。そうなると勇者とはいえ唯では済まないことは容易に想像できる。最悪命を失うという可能性だってゼロではないのだ。


「……港の制圧が終わったら援護に行こうかしらね」


 それだけ口にすると志乃はこの数日間で自らに馴染むよう調整を施した愛刀を鞘から抜き放つと港の安全を確保するべく行動を開始した。



 将成と一存、そして一存の契約する少女が黒い森の木々を足場に高速移動を続けていた。最初はとあるステルスゲームの物真似だったのだが、気がつけばこうして移動手段として成り立っていたのだ。将成が護衛していた馬車には危険が去ったことを伝え、護衛任務の完了を告げている。今頃は安全な街道を走っている頃合だろう。


「しっかし、大分冒険者の身体にも慣れて来たぜ」


「最初は持て余しそうだったからな」


 将成と同じように高速移動を繰り返しながら一存も応える。彼の職業はこう見えて戦士職の一端を担う侍だ。武器からある程度察することが出来る物の甲冑や鎧に身を包んでいない侍などあまり見ない。事実彼も攻撃を受けるタイプではなく、可能な限り回避して敵のヘイトを集めるという『回避盾』という戦闘スタイルをとっている。


「で、なれたのか?」


「ああ、特殊サブ職業特殊部隊員(オペレーター)になってる」


 MFOには公式サイトには掲載されていない多種多様なサブ職が存在する。将成の支援兵を始めとした剣や魔法をメインにした冒険者でも拳銃や短機関銃を扱えるようになる『兵種系』や鍛冶やアイテム作成に影響を与える『生産系』、それ以外には〈狂戦士〉や〈貴族令嬢〉などのロール系などが存在する。

 だが公式がアナウンスしているサブ職業の総数は百近く、そして公式サイト上で掲載されているサブ職業の数は六十前後、ならば後の四十はというとそれらは隠しサブ職業と呼ばれ、有志たちによる攻略サイトなどで調べないと判明しないようなものばかりだった。将成の一つ目のサブ職業〈不死者狩り〉や一存のサブ職業である〈特殊部隊員〉も習得条件が困難な隠しサブ職業に該当する。


「……ってことは、お前あれか。兵種系のサブ職業全部カンストさせた上であの真性のマゾゲーマーしか受けないようなクエスト受けたのか」


「まあな、言うほど悪いもんじゃなかったぞ」


 一存のサブ職、〈特殊部隊員〉は全ての兵種のレベルを最大まで上昇させた上で単独(ソロ)でとあるモンスターを討伐しなければならないというものだった。そのモンスターは戦闘になった瞬間脱出しようとする上に、モンスターの出現フィールドが冗談ではないほど強力なため、まず獲得しようという冒険者がいないようなサブ職業だった。現実世界のデルタだのSEALsだのの入隊試験や訓練に比べれば遥かにマシな条件だが、それでも単独であのフィールドに入るということは即ち自殺しにいくも同然のような行為だ。


「お陰で刀の扱いがまだなしっくりこなくてなあ……」


「まあ、そんだけ長い間刀握ってないなら仕方ないだろうな」


 一存がロングコートの上から斜めに巻いているベルトに差した黒い棒のような刀をひらひらと振る。一見すると打刀に見えなくもないがその全てのパーツが黒一色で統一されていた。鍔も飾り気のない斜めの小さな鍔で、柄も手の形に馴染むようにはなっているが、普通の刀らしさが一切ない変わった刀。それが彼の主武装だったりする。


「一存様、もし不安なら後で私と刀の稽古をしませんか?」


 併走しながら一人に話しかけているのは彼の従騎士でもある氷雨という名前の従騎士だった。メイン職業はアサシンで、黒いブラウスに暗紅色のブレザー。膝上丈の濃灰色の袴に長い黒のニーソックスを履き、足には戦闘用のプロテクターとヒールのついた女性向けの黒い編み上げブーツを履いていた。将成の従騎士であるキリカと共通点の多い装備で、異なるのはブレザーの上に羽織っている陣羽織と首に巻いているマフラーが異なるポイントだった。

 狐系統の種族は基本的に〈魔術師(ソーサラー)〉や〈召喚術師(サモナー)〉或いは〈神道武官〉といった職業を選択することが多い。だが、の場合はそれとは異なり、徹底的に前衛向けの能力構成になっている。INTやMPといった種族特性はそのままに、足りていない筋力や耐久を始め、敏捷や器用さなども伸ばした結果、前衛向けの種族に負けない高い能力を身につけていた。使用武器は打刀二本。こちらも一見すると侍のように見えてしまう。


「ありがとう、氷雨。後で頼むよ 」


「はい!」


 尻尾を左右にパタパタと動かして喜びを表しながら、彼女も駆ける。既に道端の標識で目的地まではあとどのくらいか確認は出来ている。既に日が傾き始めている現在、街に入るのは夜になるだろうと将成は考えていた。尤も夜間の方が暗闇に乗じて街の中に入りやすいのだが、敵味方見境なしに攻撃されるという危険性もゼロではない。


「……ん?」


 将成が自分のサイコムを取り出す。同時に隣を走っていた一存が意味深に笑った。画面に表示されているのは受話器のマークと発信者の名前だった。発信者は『ボス』となっていた。将成はアイテムバッグから黒いインカムを取り出し、右の耳に差すとサイコムを一度戻す。流石に高速移動中に通話をするのは不可能だ。それに、歩行中にフォンデバイスの操作は余りお勧めされない。現実世界でもコマーシャルや駅の広告などで散々目にしてきた。


『……繋がったな。私だ』


「ボス、どうしてこのタイミングで?」


 将成が驚き半分に尋ねる。ボス……アンジェは将成を始め一人やその他冒険者を束ねていたリーダーの名前だった。将成や士道が加入した高一の頃から無名だったチームに『漂流者(ドリフターズ)』という名をつけると本格的な活動を開始し、構成員のレベルとそれを指揮する雪風の高いカリスマ性や戦闘能力もあって瞬く間に大手戦闘ギルドに並ぶ冒険者集団となった。

 だが『漂流者』はギルドではなかった。ギルド章もメンバーを縛る制約もなく、メンバーはふらりと現れては仲間になり、誰かの招集があれば大陸中何処にでも集まった。高レベルと低レベルの確執もない。それでいて大陸各地に亡霊のように現れる。それが将成達の所属していた集団だった。それから数年、一部メンバーがリアルで多忙になり、ログイン率が大幅に減るのと同じ時期に将成達高校生組が大学受験のために一時ゲームを離れるのと前後して実質的にリーダーの座にあったエヴァンジェリンが活動停止を宣言。それ以降は細々と元メンバーと交流を続けていたのだが……

『そうだな、取り敢えずこの世界で生きていくにはある程度の場所と身分が必要だろう?幸い私にはその腕利きを集められるだけの伝手がある。違うか?』

 彼女の言葉は確かにそうだった。ソロで行動するのは何かと楽だ。自由気ままに風の向くままに各地を渡ればいい。実際MFOはソロの冒険者でも行動しやすいような世界になっている。だが、現実と化したこの世界で声を上げようとするのならば、名前が知られているかそれとも各ギルドにパイプを持っている者でない限り、声を上げても『その他大勢』として一括りにされ、声が封殺されてしまう事だってある。それならば、少人数でもいい、ギルドを組み、信頼できる友人や仲間と共に声を上げれば封殺されることなく、誰かに声が届くかもしれない。


『元メンバー……正しくは今でもソロを貫いている連中はお前ら二人を含めて八人しかいない。それ以外はギルドを立ち上げたり、所属したりしてる奴らは除いた。どうする、迷っている時間はないぞ』


 リーダーである彼女の言葉に将成は考える。彼女が今回率いるのは単なるチームではなくギルドだろう。それに構成人員の少なさから考えて彼も何らかの役職持ちになることは決定的だ。そして役職には責任が付きまとう。それは現実世界でもこの世界でも変わりない。権利と義務、中学や航行の社会で勉強したことだ。役職を持つことで生まれる権利があればそれと同時に役職を持つことで生まれる義務もまた存在する。

 このままソロを続ければ、その責任と権利、義務を負わずに生きていくことが出来る。人によってはそちらを選ぶだろう。


「……分かりました、俺はボスのギルドに参加します」


『ほう……一存はともかく、お前は断るかもしれないと思っていたんだがな』

 顔こそ見えないものの、恐らく彼女は笑っている。将成はそう思った。なぜかは分からない。殆ど直感的な感覚だが、彼はサイコムの向こうで笑っている女性の顔を想像することが出来た。

 将成が断らなかったのには理由がある。一人とゲームの中で再会する前、彼は自分の得てきた知識や情報をいいように利用するプレイヤー達に嫌気が差していた。ドライな人間関係といえばそれだけだろう。今の将成ならば売る情報に然るべき値段をつけて売りさばき、相手ともっとビジネスライクに付き合って行くことも出来た筈だ。だが、当時の彼は高校一年生、上手く相手出来る経験もない上に、人間誰しもが持つ汚い部分を知らなかったということも大きかった。

 だが、漂流者のメンバーは教えてくれた。『作業する』ということと『冒険する』ということはまったくの別物なのだということ。世界の美しさや誰かと共に戦うことの楽しさを彼は学んだ。だからこそ彼は、狼森将成という人間は彼女の作ろうとしているギルドに参加することを表明する。


『ふっ、まあいい。これでお前はギルド『バッドカンパニー』の一員だ。私たちのギルドは互助系兼PMSC……大雑把に言うなら傭兵ギルドだ』


「……傭兵ってことは、早速仕事ですか?」


『そうだ、察しがいいな。今セントレアに集結中の五大ギルドからの依頼で、ランクネンにいる防衛側の冒険者の脱出支援が五大ギルドから与えられた任務だ。それと、街に向けて帝国軍の兵団が近付いている。そっちの掃討も平行して行えとのことだ。あとは街に勇者の一団が入り込んでいるそうだが、そっちは可能なら一人か二人を捕まえて来いとのことだ。三羽烏の最後の一人が向かっている、合流して事態に当たれ』


「了解」


『仕事の内容は以上だ。報酬は一人二百万ゴルト、追加報酬もあるそうだ。では幸運を祈る』


 それだけ告げて通信は切れた。インカムを外して一存の方を見る。もう隠す必要がなくなったのか、彼は自分もメンバーの一人だということを明かした。確かに彼の実力ならばそれも頷けるだろう。レベル百二十の冒険者が現段階で二人、同レベルの従騎士が一人、これだけでも十分危険なのに更にここへ後数人が加わってくるのだ。


(全く、心強い限りだ……)


 内心でそんなことを思いながら彼は次の足場となる木の枝を大きく蹴った。それならばこれから行く目的地に偶然居た彼女にも準備をさせようと判断すると、彼は簡潔にメッセージの文面をまとめ、あの街で戦っているであろう自分の従騎士に送った。


 それでは皆様の感想、批評等をお待ちしております。

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