表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

それぞれの戦い

 今回は間を空けずに投稿することができました。いつも読んでくださっている方、ありがとうございます。


 でも、出来れば感想が欲しいです…………

 アステル皇国首都ファルエデン 皇宮内 クラエスの部屋

 ローブに身を包んだ王女が一つの予言を確かめる。勇者は基本的に様々な試練を乗り越えていくことで様々な能力に開眼し、やがてこの世界を救う勇者足りえる存在となる。身も心も鍛え上げた勇者は百の魔物を一太刀で屠り、百の敵を巨大な魔法で跡形もなく消し飛ばした。彼女が昔から好きな勇者の伝記にはそう書かれている。

 今までの歴史の中では勇者は一人、多くても五人程度だった。だが、今回勇者を大量召喚したのには理由が在る。開戦の機運が高まりつつある大陸間戦争だが、この調子でいけば諸国連合軍は戦争開始後数ヶ月と持たずに瓦解する。その最大の理由とは国家同士の思惑や利害が複雑に絡み合っているためだった。それはアステル皇国も例外ではなかった。王国の内部を防衛する内地軍と国境線の防衛を担う国境防衛軍、そして王都を守る首都防衛軍。皇国軍の中でもこれだけの派閥が水面下で鎬を削っている上に王宮の護衛や王位継承権を持つ王族の護衛を務めている近衛軍が入ってくると眼も当てられないような事態になってくる。

 だからこそ一先ずの足並みを整えるために必要な旗印……勇者が必要だったわけだ。事実勇者召喚を境に国軍も足並みが揃いつつあるほか、各国も真面目に戦争のための準備を始めていた。それに勇者達を召喚したという情報は魔大陸側にも伝わる。召喚されたことで魔大陸側にもそう簡単に開戦させないよう牽制しておくという役割もあった。

 そして先日、光輝達を召喚した次の日に予言があった。そこには召喚された勇者が最初に乗り越えるべき試練が詠まれている。第一の敵は往々にして弱い魔物や盗賊の頭領など分かりやすい悪役であることが多い。真っ先に光輝、龍之介、朱音、志乃、晶の五人に伝えるべきなのだが、今彼らはここにいない。今、光輝達勇者五人は教会が保有する固有戦力である教会騎士団に加わって、近場のダンジョンである『クスフィアル大迷宮』に挑むべく出発していた。ここ数日の戦闘訓練で既に彼らのレベルは三十近くに到達している。このくらいになってくるとランドバルク王国の王城周辺では既に太刀打ちできるような魔物はいない。各地で修行している勇者達も同行している観測員からの報告を受け取っている。成長度合いは順調で後数ヶ月もすれば実戦であったとしても優秀な戦果を挙げることが出来ると太鼓判を押されていた。そして今回の迷宮攻略に関しては一度バラバラだったクラスが全員集まって攻略に挑む。冒険者レベルならばともかく、この世界の住人が冒険者を真似て作った職業。探索者が今の段階で到達した階層が第六十六層、当面の彼らの目標はこの六十六層を突破することが目的となる。


「……予言の方も捜索を進めないといけませんね……」


 彼女が勇者の敵に関する預言の内容を思い出す。『狼の因子を持つ少女を連れた魔剣を持った男』……それが勇者達の乗り越えるべき第一の試練だった。獣の因子に関しては既に情報がある程度揃っている。因子の型は狼型、王国の研究所、教会の持つ資料の中でモデル・フェンリルかモデル・ジェヴォーダンの因子を持つ従騎士が有力といわれていた。そして現在存在する該当因子の従騎士は二人、契約相手に関してもはっきりとしている。片方は王国と敵対する国家である帝国。そしてもう一人はランクネンにてその存在が確認されていた。


(まずはランクネンの方ですわね……)


 内心で今後の予定を決めながら彼女は自失にあるテラスに出る。テラスからは王宮とその向こうにあるファルエデンの街並みが見えていた。


「私はこの国の希望であり、そして剣と成らねばならない……」


 彼女は決意を敢えて言葉にする。その言葉を噛みしめながら、彼女はこの世界に飛ばされてきたある少年の笑顔を思い出していた。彼の笑顔を思い出すたびに胸が締め付けられる。家臣に無理を言って困らせたくはなかったが、彼女は戦うための(すべ)も、戦うための武器もある。だが、王族であるということから彼女は後方で戦っているのを見守るだけだった。

 彼女の肝いりで編成された王立特務遊撃隊も戦果としては十分なものを挙げているがまだ足りない。

 近衛騎士の拡充を訴え、過激な亜人排斥思想を持ち、騎士育成学校で見つけてきた平民の少年を前面に押してくる姉や勇者を軍事力として利用するためにクラエスへ積極的にかかわろうとする王と王妃。以前よりも更に露骨な内政干渉を行う聖光教会、国内に点在する亜人の非合法集落に彼らの解放を掲げるテロリストたちの出現。そしてたびたび国境を侵犯する周辺国家。まさに内憂外患という状況が相応しい状況にアステル皇国は追い込まれていた。


「姫様」


「きましたね、ブレイア。そろそろ来ると思っていた頃合です」


 ノックと共に彼女の意識は現実世界へ引き戻される。声を掛けてきたのは彼女の専任護衛騎士であるブレイア・ノウストン。扉の前に控えている侍女にドアを開けるよう伝えると、そこに立っていたのは皇国軍の制式鎧を部分的に装着した青年だった。青と金糸で彩られたマントは激しい戦闘と長い移動のせいか、所々が焦げたり、一部に穴が開いている状態だった。ここに来るまで応急つきの侍女にはさぞかし渋い顔をされたことは想像に難くない。


「ランクネンの戦闘に関して、我々が介入できる余地を見つけました」


 彼が地図を取り出すと机の上に広げる。地図にはランクネンを中心とした一帯が詳細に描かれていた。冒険者ギルドの一つ、『世界図絵』が作り上げた詳細な地図は詳細且つ丁寧なことから各国で高く評価され、各国でも官民問わず多くの人々へ広まっている。今回彼が持ってきたのは問題の地、ランクネン周辺の地図だった。ランクネンは海に面した扇状の地、所謂扇状地にある。背後に聳える山二つが開けた地であるために道は海沿いの道が主なルートとなり、残る一方は海という地形だ。


「帝国軍がランクネンへ向かっています」


「それは本当なのですか!?」


「はい、自分も確認してまいりました。装備こそ探索者のものに似せてありましたが、彼らの持っていた作戦命令書は間違いなく帝国郡で使用されているそれです」


 ブレイアが胸元から取り出した一枚の紙は所々が焦げていたり破れていたりはしたが、内容はきちんと読めた。ブレイアが地図にテーブルの上にあった文房具を置く。恐らくは帝国軍の布陣だろうと予想が付いた。


「それと、帝国軍は通常部隊以外にも何か特殊な部隊を連れて来ていると現地の斥候から報告がありました」


「特殊な部隊……ですか?」


「はい、大きな目が特徴の部隊だそうです」


 そこでクラエスの表情が変わった。直ぐに傍らにある紙束を猛烈な勢いでめくっていく。その内の一つを確認すると苦虫を数十匹纏めて噛み潰したような表情へ変わった。


「どうしたのですか、姫!」


「ブレイア、今すぐ軍の出撃準備をお願いします。理由は後で話します、父上と第一皇子には自国民の保護という名目でランクネンへ軍を派遣させるよう伝えてください」


「は、はいっ!!」


 仕える主人の剣幕に押される形でクラエスの部屋から出て行くブレイア。扉を閉めながら彼女はもう一度紙束の当該部分のページを見た。帝国軍でも特に危険な任務に従事することの多い『暗魔兵団』その中でも目を模した紋章を持つ部隊は一つしか存在しない。魔大陸に生息する魔獣を飼い慣らし、装甲を随所に装備した第三装甲魔獣連隊。帝国の中でも有数の獣使い(ビーストテイマー)を中心とした機動力の高い部隊が居るということに彼女は危機感を感じていた。

 そもそもランクネンは帝国国境に近いとはいえアステル皇国国内にある。国境地帯は非武装地帯を挟んで両軍の国境警備隊が睨みあいを続けている最中で、つい先日も帝国側の警備隊に動きがあったために国境付近は厳戒態勢のはずだった。


(もしかすると、国境での活発化は彼ら(暗魔兵団)を招き入れる為の陽動……)


 クラエスの脳裏に次々と可能性が浮かんでは泡のように消えていく。真夜中に近い時間、普段の王宮ならば既に明かりが点いている場所は極僅かだったが、この日に限ってはまるで舞踏会が開催されているかのように王宮から明かりが絶える事はなかった。



 『冒険者連盟・ランクネン支部』と書かれた看板が地面に落ちる。あちこちから出火している木製の建物には完全武装の冒険者たち数十人が入り口、裏口、地下通路などの人が侵入できると思われるところには数人の警備が立っていた。それ以外にも現地の探索者や傭兵たちが連盟の制服を着た職員を次々と施設から連れ出し、幌のない荷車に乗るよう促している。大通りに停められた三台目の馬車が議会庁舎のある方向へ走りだすのを見送ると作戦に参加していたキリカは大通りに倒れて呻いているプレイヤーの中から見覚えのある男の襟首を掴んだ。他の冒険者は施設から機材の搬出や移動に伴うに施設放棄の準備で忙しいために彼女の行動は眼中に入っていない。見られてもそれを留めようとするものは皆無だった。大多数が支部の機能を移転する作業で気を取られている内にやるべきことはやってしまおう。そう考えると彼女は右手でサマーを持ち、左手で男の首を掴む。茶色のツンツン頭に顔の右側にはよく分からないトライバル柄の刺青を入れている。服装も世紀末の雑魚が着るような白いエナメル地のジャケットに金属製の胸当てを合体させ、ぴっちりとした黒い革のパンツを穿いた男の手から得物である槍が地面に落ちる。

 男の得物である槍『ヴァイパーテイル』を遠くへ蹴り飛ばすと、彼女はうめき声を上げながら覚醒する男に質問を投げかけた。なるべく強く、それでいて感情的にならないよう心がけている。


「さて、あなた方の裏には誰が居るかは想像済みですが、この街で戦闘を起こした目的は何ですか?答えて頂きましょうか。サウザント・ファングスリーダー、マシューさん」


 マシューと呼ばれた男は目の前に立つ少女と女性の中間に立つ存在を見ながら苦しげに唇を吊り上げた。彼が定期的にキリカをギルドに勧誘していたギルドのリーダー。マシューだ。職業は彼女の主と同じエリュシオンだが、彼女の主ことウォルフが使う武器が両手用大剣であるのに対し、彼が使っているのは両手用長槍だった。一回の攻撃によるダメージは大剣よりダメージ量は劣るものの、前衛の武器である大剣と異なり、中衛のポジションからでも攻撃できるために遠い間合いから攻撃することで被弾も減り、長期戦に持ち込まれても安定した攻撃が出来る。それが槍の特徴でもあった。


「へっ。お前があのクソ野郎との契約を断ち切ってオレ様のギルドに入ってくれるってんなら教えてやってもいいぜ……」


 その瞬間、マシューの首に掛かる圧力が増大した。呼吸させないと吐かせる事はできないとはいえ、言葉のTPOは弁えなければいけない。


「戯れは時と場所を考えて喋るべきですよ。それに何度も申し上げている筈です。私が仕えるのはウォルフ様ただ一人。ご主人様に敵意を向ける者は誰であれ容赦しません」


 絶対零度の視線を向けながらキリカは首筋を握る手に力を込める。余り込めすぎると『ついうっかり』で殺してしまいかねない。


「では、もう一度聞きます。『主賓』の方々はどこですか?」


「俺たちが首謀者だよ。同じこと何回も聞くな」


「おかしいですね、街の中にいる冒険者の中に『葬儀屋』のエンブレムを見た者が居ると聞いているのですが?」


 その言葉を告げたとき目に見えてマシューの表情が変わった。キリカは内心で当たりを引き当てたことを喜びながらそれを顔には出さずに質問を続ける。


「……一部の冒険者は葬儀屋のリーダー、ストライフの姿も見ているそうです。……もう一度聞きます。葬儀屋の方々は、どちらに?」


 恐らくは葬儀屋(彼ら)と比べられることが我慢ならないのかマシューの顔が怒りに歪む。構成人員、ギルドの戦闘能力を見ただけでも葬儀屋とサウザント・ファングスの間には相当な差がある。そして何よりも彼らを束ね、率いる人物の器の段階で既に差が出ている。悪名とその人数の多さでは彼らも最近有名になりつつあるが、それでも葬儀屋に比べれば可愛いものだ。真性の廃人の上を行く廃神が集まって出来たMFO屈指の化物ギルド、それに比べればサウザント・ファングスなど足元にも及ばない。例えメンバーの数でサウザント・ファングスが勝っていたとしても、葬儀社の場合はカンストした上で、伝説級の装備を十や二十を持っているのが当たり前、それに国内外のレイドクエストにも参加して首位争いを繰り広げているためにゲームにおける戦闘経験も豊富だ。チンピラの集まりに近いファングスとは異なり葬儀社の場合は一部のゲーマーから敬意を受けている。それだけでもどちらが格上か改めて言葉にする必要もない。


「……オレ様とあいつらを比べるんじゃねえ。オレ様のギルドはいつかあいつらを出し抜いてMFO最大のギルドになるんだよ!」


「群れて自分より弱い方々を甚振るしか出来ない三流が何を言いますか。まあいいでしょう。その口ぶりからすると恐らく葬儀屋の方々は今のところここには居ないと判断して構いませんね」


 キリカの一言でマシューがハッとしたような顔つきになる。だが、彼女に取ってはさっきの一言は鎌掛けでこの言葉こそが本命だった。そしてマシューのこの反応。恐らくは正解と見ていいだろう。

 葬儀社がここにいないというのはいろいろと気になるが、奪還もしくは脱出において最大の脅威となる葬儀社がいないことはこの上ない朗報だと内心でそう結論付けるとキリカはマシューを壁に叩きつけた。げほげほと咳き込むマシューが予備武器である毒の塗られたナイフを持つ。だが、それよりも早く目の前に立つ彼女がサマーを抜き放った。


「今のうちに鞍替えしとけば、後で俺がたっぷり可愛がってやるぜ」


 品のない物言いだからこそこうして嫌われ続けるのだということを言うべきか迷うが、面倒だという理由で言わないことにした。それに情報を手に入れた以上もうこの男は拘束するか黙らせるかの二択しかない。


「だから貴方のギルドは何時までたっても三流で葬儀屋の引き立て役程度にしかなれないんですよ」


 嘲笑を含んだ挑発にマシューは見事につられた。事実を指摘されるのは誰だって嫌だ。案の定、マシューの顔が再び怒りで歪む。突き刺す姿勢になると彼が一歩を踏み出し――


「五月雨斬り」


 マシューが踏み出した一歩は地面を踏むことなく、宙で止まった。首筋と頭、対人戦において冒険者のウィークポイントを狙った強烈極まりないクリティカル攻撃が彼のHP全てをきっちりと消し飛ばしたのだ。マシューが怒りに染まった顔でキリカを見る。だが悲しきかな、既に彼女は消え逝く彼に興味など微塵も示さなかった。


 次回もそれほど間を置かずに投稿する予定です。それでは皆様の感想、評価等をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ