再開と従騎士の行方
本日投稿する二つ目の話です。メインヒロインは軍服の方です。
嘗て、地球とよく似た星に隕石が落着し、既存の世界秩序の崩壊と新たな秩序が生まれ、先進的な科学技術が発展した時代。世界各国に現れた『真竜』という存在によって、我が世の春を謳歌していた人類は滅亡の淵へ立たされた。数十年に及ぶ熾烈な戦争の末に『勇者』と呼ばれる存在が真竜を打ち倒す。竜は倒したものの、百竜大戦と呼ばれる大戦争によって各地に刻まれた災禍の爪痕は深く、六十億近くいた人類は、その六分の一以下にまで減少、それに加えて世界各地で現れ始めた魔素と呼ばれる未知の元素を取り入れた『魔物』と呼ばれる存在が各地に現れ始める。
『魔術』……大戦時に発見されたその技術は魔力と呼ばれる新元素を用いて人為的に様々な現象を引き起こすことが出来る人類が得た新たな力だった。
魔力を使った魔導技術は通信、光、医療、動力、その他『竜』との戦争で疲弊していた産業や文明を大きく変えた。そして人と人の戦争も魔導技術によって大きくそのあり方を変えていくことになる。
中世ファンタジーのような世界でありながら、銃火器が存在しているという変わった世界が売りのMMORPG〈ミリオンファンタジア・オンライン〉の世界には各地にこういった〈大戦〉の遺産……竜との戦争で使用された銃火器が残っていたり、神代の技術を使用した洒落にならない性能と威力を持つ武器が存在している。
MFOの世界には気の合う友人同士で組むことの出来るギルド以外に、同じ職業を選択している者が集まる〈コミュニティ〉というものが存在する。将成自身はギルドやそういったしがらみを余り好むようなタイプではなかった。束縛されるのも嫌いな性質ではあるが、何よりも彼が嫌っていたのは自分がこれまで苦労して溜め込んできた経験や知識を利用して楽をしようとする連中が嫌いだった。だからみんなでわいわい連携プレイをするよりも、一人でただ作業のように敵を屠って、武器やアイテムを獲得し、装備画面や図鑑でニヤニヤしながら見ているという、気持ち悪いネトゲプレイヤーの鏡のような人間だった。
彼は運営が想定しているような『正しい』ゲームのプレイ方法ではないのかもしれないが、ゲームのプレイ方法に正解があるわけでもない。初期武器で戦うスタイルの人もいれば、一定条件を設けた所謂『縛りプレイ』をする人も居る。家庭用のゲームでもプレイする人によってそれぞれの楽しみ方があるのだから、ネットゲームでもそういう楽しみ方があってもいいと思うのが将成の持論だった。
閑話休題、将成が今いる場所はそんな同じ職業を選択している言わば同好の志が集まっているコミュニティだった。場所は街の中にあるシックなバー。店内は常に薄暗く、それでありながらも退廃的な印象ではない、どちらかと言うと紳士淑女の社交場と言う言い方がぴったりと当てはまるような場所だった。彼の職業は〈エリュシオン〉呼ばれる職業で、精霊の加護を受け聖剣や魔剣の能力を遺憾なく発揮して戦う剣士と説明がされている。多くのRPGでは魔法と剣技を操ることの出来る魔法剣士の立ち位置だ。近接攻撃以外にも属性付与攻撃や魔法による結界防御や魔法攻撃を行うことも出来る。その中二病的な説明もあってかMFOの中では比較的多い人口の職業でアンケートの統計結果で総合四位と言うことからもその人気ぶりが伺える。使用武器は近接武器全般、片手武器と両手武器の殆どの武器が使用できる。将成が使用するのはその中でも手数を捨て、一撃の威力にこだわった大剣を使用していた。
磨き上げられた机が特徴のカウンター席に座るのは声のした方へ視線を向けるとそこには一人の女性が居る。滑らかなダークブラウンの髪に透き通るようなサファイアブルーの双眸。出るところは出て、美しいラインの体型。身体全てのパーツが整った女性の理想的な姿をもった一人の女性がそこにいた。服装は黒と白を基調としたシスターのような服装だが、正面膝上の部分から黒いニーソックスを履いた健康的な足がちらちらと見えているために目のやり場に困る。
「初めましてだな。ウォルフ。それともここはリアルネームで呼んだ方がいいのかな?」
「それをいうならボスはどっちで呼んだ方がいいんですか?」
普段から人をからかうような態度だが、この辺りも変わっていないらしい。そのことに少しだけ安堵しながらも将成は彼女を改めて見た。頭上に表示されているプレイヤーネームは『レングス』の筈だったが、今ではリアルの名前である『志藤・ユリアナ・美影』という名前に変わっている。緑色のHPバー、青色のMPバーの隣にある職業アイコンには魔法と剣を示すアイコンが表示されていた。
彼女も同じエリュシオンであり、将成と組んでイベントや狩りに行った間柄、所謂戦友という立ち位置にいる。
「レングスさん……それとも、美影さんでいいんでしたっけ?」
「好きに呼んでくれていい。私はこの際リアルネームで呼ぶことにしよう。座ったらどうだ、将成」
美影と名乗った彼女とは数度、このコミュニティと所属している集団のオフ会で飲んだことがある。そのとき彼はまだ未成年だったために酒は飲まされなかったが、気がつけばバーのカウンターで酔っている彼女の話を聞かされることになっていたのはいい思い出だ。将成が美影の隣に座る。マスターである初老の男がオーダーをとりに来ると彼はスタンドに立てていたメニューからフライドポテトとオレンジジュースを頼み、アイテムバッグから数枚の金貨を取り出すとマスターに渡した。マスターがオレンジジュースを注ぎ、将成の目の前に置くと厨房へ歩いていく。それを見送ると将成は美影に尋ねる。彼女もグラスの中に入っている液体を飲み干して喉を湿らすと喋り始めた。
「……何があったんです」
「私にも分からん。仕事に行って、帰って、ログインしたところで記憶が途切れている。で、気が着いたら街の入り口に立っていた」
シガレットケースから新しい葉巻を取り出すと先端をカットし、マッチで火を点けながら彼女は話す。煙が宙へ消えて行き、上で静かに回っている四枚羽の換気扇が煙を拡散させる。聖職者のような服を着ているのに堂々と煙草を吸って酒を飲んでいるのはどうなのだろうというどうでもいいことを頭の隅に追いやりながら、彼は美影の話を聞く。
「私の知る限り、この一週間の内に人がどんどんこっちの世界に来ている。私は初日に来た組だが、今日は初日並みの数だった。百か二百くらいは来ていると見ていいだろうな」
美影曰く、将成たちが来る前の内に試せることは全て試したらしい。流石に『死』を実践する訳には行かなかったが、攻撃や魔法、スキルの発動等やアイテムの使用などはゲームと変わらずに使用できることが確認できた。アイテムの出し入れもサイコムから操作して取り出す方法と、実際にバッグから取り出す方法の二つを確認している。
「死に関してだが、高級アイテム店を見ても『不死鳥の涙』は無かった。……それが答えだろう。将成はどのくらいストックがある?」
「俺は……手持ちは八十くらいですね。一時イベントで買い溜めしましたから。倉庫を漁ればもっと出てくる筈です」
「私も似たようなものだが……まだ死については余り多くのことが分かっていないからな。余り無茶な戦い方は止めたほうがいいかもしれん」
戦闘方法に関する話題を切ると、次はフィールド関連の話題にシフトしていく。フィールド自体はゲームだった頃と殆ど代わっていなかったが街の外周部に出現するモンスターは最低一桁、最高でも二十前後だったゲーム時代とは異なり、街の周囲でも四十から六十レベルのモンスターが出現するようになっている。出現するモンスターも初期の猪やスライムといった定番の魔物の上位互換型で、確認しただけでも強酸性の液体を吐くスライムや興奮した状態の大猪であるワイルドボア。夜になればスケルトンナイトが出現するようになっているらしい。
「この話はここまでにしよう。取り敢えず……お前にとって言い知らせと悪い知らせがある。どっちを聞きたい?」
「……こういうときはいい知らせからってのが相場ですよね……。いい知らせからお願いします」
場の雰囲気を変えるように美影が話題を変える。将成が返すと美影は一枚の紙を取り出した。
「いい知らせは、君の従騎士……キリカ・シフォンフィールドだったか、彼女がそれほど遠くない場所にいるということ」
この世界において冒険者は一定レベルに到達し、それと同時に発生するクエストをクリアすると『従騎士召喚』というシステムが解禁される。彼女はそれで召喚した将成の従騎士だ。狼の因子を持ち、刀剣武器に関する適正が高い優秀な少女。それが彼女だ。
「……二日前、ここから南へいったところにある自由貿易都市ランクネンで大規模な戦闘が起きた。主犯と目されているのは大手戦闘ギルド『葬儀社』。現在は市街地の六割を支配下においているそうだ。……言いたいことは、分かるね?」
美影の言葉の続きを将成は本能的に察した。恐らくはその街に『彼女』がいる。それならば、彼が出す答えはひとつだけだった。
ランクネン市街地・議会庁舎
自由都市ランクネン。ここは何処の国にも属さず、街に支店や本店を置く商会が議会で治める街だった。国家の手が入らないために独自の雰囲気があり、街を防衛するのも国軍ではなく、議会が独自に雇った傭兵団が街の治安を維持している。
そんな商人たちが集まり、活気溢れる街だった街は今、あちこちで煙が立ち上り、爆発音や剣戟、銃撃の音が盛大に鳴り響いていた。舗装されていない大通りには馬車が横倒しになり、牽き馬も首から先がない無残な状態になっている。
商人や住人達はそれぞれの家の中に篭り、事の進展を見守っていた。通りで戦っているのは主に武装商人や彼らの護衛、街の治安を維持する傭兵と彼らを狙う冒険者たちだった。今も歳若い剣士が剣を抜いて道を駆け抜け始めようとしたとき、遠くでターン……という音が残響を残して響いたかと思うと目の前には頭が綺麗に吹っ飛んだ剣士の死体が出来上がっていた。遠距離からの狙撃。それもかなりの大口径の銃を使ったのだろう。
道の真ん中に死体が転がるような戦場で、キリカ・シフォンフィールドは街の権力者が集う議会庁舎前に築かれたバリケードに隠れていた。長く伸ばしたくすんだ金色の髪を髪留めで留め、長く尖った耳が彼女の種族が人間ではないことを示している。黒と白を基調に金色と橙色の装飾が施された和風の趣がある制服とも軍服とも見えるような装備に身を包んでいる。履いている靴も脚甲ほど防御力は高くないものの爪先や踵の部分が金属板で強化された踵のあるロングブーツを履いている。
彼女がこの街に立ち寄り、主人の下へ戻ろうとした日に運悪く戦闘が始まってしまった。街でアイテム類と弾薬の補給と武器の耐久度の回復を終え、彼女が仕える主の下へ帰ろうとした矢先のことだった。脱出するにしても情報が足りないために一度脱出を諦め、拠点にしていた宿屋を引き払い、その日の内に議会庁舎の清掃員が住む部屋のロッカーの一つを占拠して現在は篭城する冒険者や一般市民の防衛に当たっている。彼女がここに出てきたのも一時的なもので、後数十分もすれば議会庁舎に集まった冒険者による一斉反撃が始まることになっていた。
「さて、この辺りは終わりですね」
交代の冒険者と入れ替わる形で彼女は議会庁舎へと戻る。代わりの見張りとして出てきたプレイヤーは水色の全身鎧に身を包み、盾と片手斧を持っていた。戻ってきたエントランスでは至る所で出撃の準備が進められている。
戦いが始まるまでこの議会庁舎も美しかく、あちこちに石像や絵画などが飾られていたがそれも今では過去のものになってしまっている。あちこちを看護師や回復魔法を使えるレベルの低い冒険者が駆け回って、包帯を変えたり治癒魔法を唱えたりする声が響いていた。既に病室はパンク状態であるために、会議室やその他の部屋から机と椅子を出して臨時の病室にしている辺り、状況は相当悪いのだろう。臨時の病室にすら入れなかった怪我人がエントランスに出てき始めている。
横目にそれを見ながら彼女は清掃員の部屋に入った。鍵付きロッカーの鍵を回し、ロッカーの中に入れていた服を取り出す。ここの本来の持ち主が使用していた仕事道具は墨に追いやられている。暗紅色に金色の縁取りがなされたブレザーを羽織り、腰にはアイテムバッグと様々なポーチが付いた白いベルトを巻く。その上から白い紋付羽織とブレザーと同じ暗紅色に金の縁取りが特徴的な袖口の広い外套を羽織る。ただし、右側だけは袖を通さずに紋付羽織を見せるという変わった着方をしていた。
最後にロッカーの中にある一本の大刀を取り出す。大刀といっても、鍔も柄巻きもない、光さえ吸い込んでしまいそうな黒一色の刀身と滑り止めの黒い布を巻いた持ち手、柄頭にある黒い紐状の飾りという、黒一色の武器を同じ黒い鞘に収め、鞘についていた黒いベルト状の帯を白いベルトに固定すると彼女は部屋を後にした。既にエントランス付近では負傷者を脇に寄せ、三分の二以上のスペースには出撃準備を終えた中堅から高レベルの冒険者が街に出る最後の準備を行っている最中だった。アイテムと防具、武器の点検を終え、彼らは臨時の指揮官である男の説明に耳を傾ける。
今まで防戦一方だった防衛側の冒険者にとって議会庁舎から反撃に打って出るのはこれが初めてになる。そして攻撃に冒険者の大半が出るということは本丸である議会庁舎の防衛が手薄になるのは必然だった。防衛側の冒険者が出撃している間は議会庁舎の防衛を行うのは残ることを志願した者や中堅層と呼ばれる五十レベルに到達していない新米や駆け出し冒険者、そしてこの街を元から守っている自警団や傭兵たちが議会庁舎の防衛を行うことになっている。クロエも気づいた時には居残り組の方に組み込まれていた。本来ならば直ぐにでも出立して主人の元へ帰りたいのだが、流石に市街全域が戦闘状態のこの状況で街の外へ単独で出るのは彼女の上弦に到達したレベルと主から与えられた強力無比な武器ならば可能だったのだが、防衛側からそれなりの額を払って依頼されたのでこうして彼女は防衛側として参戦していた。
指揮官が作戦の概要と班分けの指示を終えると総括に入った。この総括が終われば彼らはここから出撃するのだ。
「これより我々は初めての反撃に移る。志願した者もここに残る選択をした者も、それぞれ己の役割を全力で果たしてくれ。それでは勇士諸君、出陣だ!!」
鬨の声を上げて盛大に己を、互いを鼓舞する高レベルの冒険者たち。恐れを振り払った彼らはそれぞれが己の命を預ける得物を手にすると、指揮官によってそれぞれのパーティーに分けられ、パーティー単位で移動を開始する。それぞれが戦いの意志を燃やし、指揮官である男に続きながら議会庁舎を次々と出て行った。
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