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転移の日

 話の構成的に気に入らなかったので統合しました。本日中にあと一話程投稿する予定です。

 目が覚めると知らない天井だった。あれの元ネタは何だったか……と、至極どうでもいいことを考えながら、彼は身体を起こした。むくりと半身を起こし、自分が今まで寝ていたものを見る。彼が寝ていたのは家具専門店でそれなりにいいお値段で購入したベッドではなく、真っ黒な革張りのソファーだった。勿論ソファー以外に足置きの部分を設置すればベッドへ変わるタイプのもの。目の前の机には空の瓶が何本か並んでいる。

 

 (……ここは、何処だ?)


 頭の中に過ぎったのはこの疑問だった。部屋の中を見ると陽光が差し込んでいる窓を見付け、駆け寄って窓の鍵を開ける。


(あれは……鎧、か。それに……人間以外の種族もいるのか)


 目の前にあるのは彼が何時も見ている大型トラックが高速ビュンビュンで行き交う幹線道路……ではなく、ファンタジックな装備品に身を包んだ人々が朝の買出しや仕事に向かって通りを歩いている住人の姿だった。人間以外にも長く尖った耳が特徴のエルフや、背の低い髭が特徴のドワーフ、その他頭から耳を生やした住人など、今まで小説やアニメの中でしか見たことのないような光景が目の前で展開されていた。

 見慣れた光景どころか、こんな場所は今まで旅行などで行ったことのある場所にもこんな所はない。だが、何処か既視感のある光景。これと同じ光景を彼は何時も見ていた。

そこで彼は気付く。武器屋、アイテム屋、鍛冶屋といった見慣れた建物の配置、現実世界では写真でしか見たことのない光景、この場所を自分は知っている。何故ならばここは


 彼が今まで遊んでいた世界、MFOの世界そのものだったのだから。


 余りにも現実離れした光景が目の前には広がっていた。現実逃避したくなる心を抑えながら、彼は周囲を確かめる。眼が覚めて気が付くと違う世界に放り出されていたら誰だって混乱するのは当たり前だ。彼自身混乱で頭の処理が追いついていないものの、立て続けに起きた『朝起きると見知らぬ部屋』『窓を開けて広がる見知らぬ光景』というコンボで既に眠気は吹き飛ばされている。そんな中で大学二回生・狼森将成の頭は少しずつ正常に動き始めていた。


(ここはMFOの世界か……。あれ、この装備どこかで…………)


 彼の服装は何時の間にか変わっており、白地に黒い縁取りのされたカッターシャツに少し余裕のあるゆったりとしたスラックス。ベッドの脇にはミリタリー系の雑誌でよく見かける黒く、機能性を重視したコンバットブーツがきちんと揃えられている。慣れた手つきで靴紐を縛ると彼は部屋を見渡しながら、昨日、自分がとった行動を思い返すことにした。

 昨日は大学の課題を出し終え、その足で都市部にあるハンバーグが美味しいとされているレストランへ一人で行った記憶がある。カップルや親子連れが多い店の中で二人席を一人で占拠して食べたハンバーグの味は格別だった。負け惜しみではない、悲しくもない。そんな心は何処か遠いところに置いて来てしまった。

その後は家に帰ってきてPCの電源を入れてからイベントモンスターの討伐をしてから、友人と合流する前に少し休むためにベッドで横になった筈だ。そこまでの記憶は確かに存在しているのだが、それ以降、何時眠ったのかは全く覚えていない。その間の記憶らしきものがスライドショーのように脳裏に浮かんだ。


 ゲームの新しいロゴマークとムービー


 勇者らしき鎧に身を包んだ少年少女


 それと対峙する集団


 墨を流したような夜空


 それとは対照的に輝く蒼月


 まるで何かの未来を暗示しているかのような光景でもある。それに事前公開されていたゲーム内のプロモーションムービーにはあんな組織と組織の対立構造を匂わせるようなシーンはなかった筈だ。

将成自身は二十歳であるものの煙草は吸わないし酒もビール一口で顔が青くなってエチケット袋のお世話になるほどの下戸体質だから絶対に飲まない。勿論白くて怪しげな粉状の薬をキメてハイになっている訳がない。いたって普通の、それこそ何処にでもいる没個性的な大学生だ。だからこそ彼がこの世界に召喚された理由がまったくと言っていいほど思いつかない。

「……で、寝て起きたらこうなってました……と。訳が分からない」

リアルな夢も幻覚を見ているわけでもないということになると、答えは自ずと絞られてくる。それは此処が、この世界が紛れもなく現実世界だということだろう。寝て起きたら別の場所にいましたなどというのはライトノベルにある転生ものか異世界トリップもののような展開だ。彼もそういった手合いの小説は読むことがあるし、どちらかといえば好きな部類ではあるのだが、実際に体験したいかどうかと聞かれれば半々の部類に入るだろう。体験したいが半分、体験したくないが半分だ。

改めて大きな溜息を吐く。内心で逸る心を抑えつつ自分が置かれている現状を把握するために振り返って自分のいる部屋を見た。全ての家具が木製で出来ているものの、部屋はそれなりに大きさがあったし、内装も整えられている。

視線を巡らせていると部屋の入り口に近い場所にあるコートハンガーには彼の装備がぶら下がっていた。ゲーム中では着の身着のままといった状態でベッドへ倒れこむという演出が成されているのだが、実際にはこうなっているのだなと感心してしまう。ハンガーに掛けられているのはトレンチコートとマントの中間のような形状をした白い縁取りの黒いロングコートが掛かっていた。

 これが将成の装備だ。一見すると防御力など皆無のように思えるがこれでもゲーム中では高い防御力を誇っている。金属製防具には及ばないものの、それでも高い防御力とアビリティがある。

ベルトに巻かれたバッグ……ワイバーンの革と蒼結晶で作られたオーダーメイドの鞄の中身を確認するとミニチュアサイズのアイテムがこれでもかというほど詰まっていた。通常のHPポーションに始まり、各種状態異常を対策するための瓶詰された薬、様々な付与効果を与える水薬の類、それにモンスターを殲滅した際に手に入れた各種素材やドロップした武器が大量に収められている。将成がその中から選んだのは鞘に収められた長大且つ巨大な大剣だった。それを鞘にある金色の金具に担いで運ぶ用のスリングを付けるとロングコートの上から装着する。それに加えて長期宿泊にしている宿屋のチェストから腰に巻いた鞄とは別の近代的な黒いリュックサックを取り出す。実際のところチェストにはこれ以外のものは入れていないのだが、この異常事態に際してノリで準備していた鞄が役に立つ日が来るとは思わなかった。そんなことを思いながら彼は部屋を後にする。

宿屋の明かりはLEDや蛍光灯といった現代的な照明器具などは勿論ない、どうもこの世界は科学よりも魔法が発展しているためか、科学的な白い光ではなく、オレンジ色の照明用の魔法が廊下を照らしていた。物珍しげに眺めながら階段を下りる。

(賑やかだな……)

ぎしぎしと軋む階段を降りた先には大食堂のような場所に出た。カウンター席と幾つも並んだテーブルに座るのは鎧を着込んだ男から絵本に登場するローブを着て曲がりくねった木の杖を持つ魔法使い、別の席には露出の高いひらひらした生地の服を着た猫耳の女性もいる。

ゲーム中では街の盛り上げ役や雰囲気を演出する存在としてNPCがこういった規定の動作を行っていることが多かったが、此処にあるのはプログラミングされた動きをする存在ではなく、それぞれが個々の意思を持つ存在だからこその活気があった。手早く長期宿泊解除の手続きを終えると将成は客が捌けて行く流れに乗る形で外に出た。道も店内と同様か、もしくはそれ以上に活気があった。ゲームだった頃にはなかった物を見付けながら舗装された道路ではなく、石畳の道を歩いていく。だが、今日はあちこちで呻き声や誰かに掴みかかる者の姿があった。頭上に浮かぶキャラクター名は冒険者らしい独特のセンスで付けられた名前になっているか、恐らくはリアルネームなのか漢字になっている者もいた。

キャラクターを作成し、簡単な説明が終わり次第、冒険者は冒険者を管理、統率する『冒険者連盟』と呼ばれる組織が入っている建物の『召喚の間』と呼ばれる施設から現れる。その後、『訓練所』と呼ばれる施設で訓練を受け、一通りの行動に慣れると装備一式を与えられれば、晴れて一人の冒険者としてこの世界へ送り出されることになる。

周囲を見渡してみると中世ヨーロッパを思わせるような建物の中に、通りに立つ兵士は青い軍服に身を包み、それと併せて胸などの要所要所に金属製の防具をつけていた。

そこで将成は思い出す。中世……剣と全身鎧の時代が銃火器の登場によって終焉を迎えつつある時代をベースに何処か現代チックな要素を取り入れた世界。それがこのゲームの世界だった。恐ろしく簡単に言うのであれば、この世界は銃や戦車といった科学の代物……世界観的には『非魔法武器』の類がなくなり、新たに発見された魔法と呼ばれる概念を使った新たな世界だということだ。剣と魔法のファンタジーゲームにCoD:MWシリーズやBF3やBF4といった世界観を無理矢理融合させた世界で、登場する銃火器はオーソドックスなライフル銃から機関銃、サブマシンガンに始まり、現実では携行不可能なミニガンやRPGのようなロケットランチャーに時限起爆装置と爆弾を束ねたC4やクレイモア地雷、固定自動機銃やUGVといったSFに片足を突っ込んだ領域の兵器まで何でもござれという充実っぷり。世界観にマッチしそうな木と鉄の銃だけではなくポリマーやプラスチックで出来た向こうの世界では御馴染みになった銃火器も登場し、将成のアイテムバッグ内にはそういった新世代の銃火器が複数収められている。

改めて確認するとここはMFOの世界に存在するプレイヤータウンの一つ、〈城塞都市・クロスロード〉だった。二本の大河と都市を囲む九つの丘に囲まれた巨大な街がこの大陸における冒険者の拠点となっているほか、街の中心部には神代の世界の遺物でもある白と金色の巨大建造物であるタワーがその存在感を大きく主張していた。

MFOには主に四つの広大なフィールドが存在する。それぞれがサーバー別に分類され、将成がいる大陸はMFO最古のサーバーであり、最も所属人口の多い東京サーバー。

クロスロードはMFOを始めた際、最初に来る街でもあるため、初心者に毛の生えたような装備から中級者、上級者や廃人ゲーマーまで様々なプレイヤーが集まる街でもあった。かくいう将成自身もつい最近までは大阪サーバーのある大陸へ出かけていたのだが、今は東京サーバーのあるクロスロードに戻ってきている。各大陸にはそれぞれ冒険者の拠点となる大都市が二つか三つ存在し、中堅都市、小規模な街、村という順に下がっていくに連れ規模が小さく住人の数も少なくなってくる。

村はそれこそ無数に存在しているし、小規模な街、領主がいないという小規模な町や村など一つの大陸に最低百以上は存在する。そして規模の大小こそあれど、四大陸に存在する街には必ずと言っていいほど存在する建築物がある。セーブポイントである宿屋。NPCからお使いクエストを受けたり、特殊なクエストが発声することもある酒場。連盟クエストを受注することの出来る冒険者連盟支部。耐久度回復が出来る武器屋。HP、MPポーションなどの消耗品を扱うアイテム屋など、冒険に必要な店や施設は一通り揃っている。

また、冒険者以外にも様々な住人が行き来し、幾つかの街道の始点と終点、中継地点でもあるために人や物が激しく行き交う場所でもある。西へ行けば複数の特色豊かな国家があり、東に行けば魔王や魔族といった存在が住む大陸東部……通称魔大陸と呼ばれる大陸から来る魔族と魔物の防衛を行う要塞都市が存在している。

 コートのポケットの中にはPDAがあった。ファンタジー世界にそぐわないアイテムだがロックを解除した後の画面の中央には本人職業のエンブレムを中心に円形のアイコンが表示され、プレイヤー、アイテム、スキル、ステータス、クエスト、マップ、システムというように分かりやすい絵のアイコンで表示している。あくまで確認用のツールらしくここからアイテムを呼び出すことは出来なかった。

 プレイヤーの部分をタッチすれば本人の装備項目が部位ごとに表示される。ログアウトは項目こそあったものの暗くなっており、押しても反応はなかった。周囲に気を配りながらぶつからない様にして彼は街の中央部にあるベンチに座ると、自分のステータスを確認する。能力構成はゲーム内で掛けた時間を反映するかのようなステータスがそのまま反映されていた。


Name:狼森将成

Level:120

Main Job:エリュシオン

Sub Job.1:不死狩り

Sub Job.2:支援兵

HP:20500

MP:18500

武器1:武器2:蒼水晶のナイフ/M1911A1

頭:雪結晶のイヤリング

胴:コートオブダークナイト

腕:ガントレットオブダークナイト

足:ブーツオブダークナイト

アクセサリ1:

アクセサリ2:生命躍動のネックレス


装備も全てが最上級である幻想級。武器に始まり装備品やアイテム類もここまで来るのに色々あったことを思い出し、少し感傷に浸りかけていた時、メニュー画面に一通のメールのアイコンが表示された。MFOでの通信手段は大きく分けて三つ存在する。一つはプレイヤー同士によるボイスチャット、これはインカムなどの通信機器を通じて声による遣り取りをすることで、戦闘中であるのならばスムーズな連携が取りやすいということから多くのプレイヤーが使用している手段でもある。どうも良く使い方が分からないので今のところ使ってはいないのだが、どちらにせよ後で試す必要があるだろう。

二つ目はチャットウィンドウなどを利用したもので、こちらは戦闘用ではなく、どちらかといえば街やギルドホームにいるときに使用されることが多い。

そして最後は遠隔通信用のメールとよばれるもので、こちらはチャットが通じないほどの場所にいるときに使う連絡手段で、運営からのお知らせなどもメールを使って届くことがある。どうやらこの三つの機能もサイコムが行っているらしくフレンドリストの項目にタッチするとゲーム時代にフレンド登録したプレイヤーの名前がずらりと並んでいた。

メールのアイコンに触れるとメニュー画面の中央に便箋が出てきた。勿論本物の紙ではなく、それらしいテキストになっている。書かれている内容は至極簡潔、店で待っているからさっさと来いと言うものだった。店の名前も書かれていないが、何処に行けばいいのかは分かっていた。長い付き合いだからこそ相手の思考もある程度理解できるようになる。

「はいはい、了解ですよ……っと」

 メールの端に浮かぶ『×』印を押してメールを消すと彼は大通りを外れ、細い道へと入っていく。



聖王国アルトリウス 宗教都市アルトゥス

 冒険者たち四大大陸大陸の大半を占め、四大国家と呼ばれる内の一つである聖王国アルトリウスには国の内部でありながら独立自治権を持つ宗教都市アルトゥスという街が存在する。王国の国内でありながら治外法権を持つこの場所は大陸各地に教会を持つ宗教団体、聖光教会の総本山がある。王国内で最も高いとされている『聖山』とその付近の一帯は教会が支配し、その麓や中腹に当たる場所に人が集まり、やがて街が出来て今に至る。このアルトゥスは都市の性質上教会関係者が多いほか、熱心な信者や巡礼者が多く訪れる。そして独立自治であるために、街の防衛は王国軍ではなく、教会が独自に傭兵や騎士を集めて作られた教会騎士団が行っている。その勢力は小国に匹敵するほどとも言われ、最近では騎士団の他に、騎馬を戦車に置き換えた全く新しいタイプの教会騎士団が生まれ、その脅威は決して侮れないものになりつつあった。

 そんな中、聖山から通じる巨大な石橋を歩く人影があった。一人二人と言う数ではなく、数十人単位が歩調もばらばらに、それぞれのグループごとで歩いていた。白い法衣に実を包んだ温和そうな表情の老人に案内されながら歩いている集団は全員が黒い学ランとセーラー服に身を包んだ少年少女達だった。男子は始めてみる光景に終始口を開けっ放しだったり、法衣に身を包む女性神官に見とれていたりするなどおおむね平常運転だった。女子は不安げな顔をしている者も多いが、半分近くは男子同様に今まで見たことの無いような光景の中で、物珍しげに周囲を見ている。

 少年少女達が案内されたのは彼らが召喚された霊峰にある神殿ではなく、そこから最も近くにある大聖堂と呼ぶべき場所だった。ダークブラウンの重厚な木製の扉を開き、礼拝堂を抜けた先にある机が並べられた部屋に彼らはそれぞれ座る。恐らくは職員で晩餐を行うための部屋なのだろうが、今回は晩餐をするのではなく、何故彼らがこの世界へ召喚されたかという事情の説明のためにここへと通されていた。

 見事な装飾が施された部屋は使われている壁紙や飾られている絵画だけでも見るだけで一級品であることが伝わってくる。部屋の至る所に聖光教会のシンボルマークを象った飾りがなされていた。僅かな傷でもつけようものならどれだけの額を払わされるか分からないということもあって、普段は騒がしい生徒や落ち着きのない生徒たちもここでは大人しくなっている。全員が着席したのを確認すると案内役の老人が席に着く。


「さて、混乱している方もいるだろうと思うが、どうか私たちの話を聞いていただきたい……」


 ゆっくりと、それでいて全員に伝わるような声で老人……ナハトガルがしゃべり始める。彼が伝えたのはここが異世界であること、目の前にいる召喚された少年少女には全員勇者としての素質があることを告げた。それから何故彼らは召喚されることになったのかという理由もあわせて言う。


「この世界には今、重大な危機が差し迫っているのです。勝手に召喚してしまって申し訳ありません。ですが、貴方達ならば彼らを……暗黒大陸を支配する魔王を打ち倒すことが出来る。そう思っているのです」


 ナハトガル曰く、人間と魔族は百年近い間、大小さまざまな戦争を続けていたという。ある時には小競り合いだったり、またある時は複数の国家を巻き込んで大戦争に発展したこともあった。今までは平和な時代が長く続いてきたものの、最近では再び戦乱の機運が高まりつつある。実際に数度、魔族が国境線を超えて断続的に挑発行為を繰り返していた。それ故に大陸と魔大陸への入り口である『門』と呼ばれる場所の周辺は諸国連合軍によって要塞へとその姿を変えていた。


「お願いします、我々が頼ることが出来るのはもう貴方達しかいないのです……どうかお助けください、勇者様」


 懇願するナハトガル。その姿と言葉に多くのクラスメイト達は理解が追いついていなかった。無理も無い話だと思う。いきなり召喚されて戦えなど無茶振りもいいところだ。だが、今まで出会った中でも一位を独走する美少女が懇願しているのにその頼みを断ることなど男子生徒は言わずもがなだが、女子生徒でもそう簡単に出来なかった。

 そんな中で、一人の少年が立ち上がるのにあわせて五人の少年少女が立ち上がる。クラスでも中心的立ち位置にある天霧光輝、坂口龍之介、井川朱音、文月志乃、川上晶の五人は顔を見合わせた。小さい頃から高校生になるまでずっと一緒だった彼らは、それこそお互いの正確を良く理解していた。特に正義感の強い光輝は力強い眼差しでクラエスを見ていると、クラスメイトたちへ向き直った。


「皆、いきなりここへ召喚されて、訳が分からないと思う。俺も同じだけど……俺は戦おうと思う。この世界にいる人達が滅亡の危機にあって、今も震えていることを思うと俺は放っておけない。皆もそうだろ?」


 光輝の言葉を聞きながら奮起する生徒達。その中には自分が勇者になってこの世界でチヤホヤされたいという邪な願いもあったが、多くの生徒達は光輝のように「困っている人を放っておけない」性格だった。


「ヘッ、光輝一人だけじゃどうなるか心配だからな。俺も一緒に行くぜ」


 龍之介が笑みを浮かべて立ち上がり、光輝に賛同する。家族ぐるみで付き合いのある彼は幼馴染である光輝の性格を把握しているためにそれに乗る形で賛同した。


「私も、光輝と一緒に行くわ!」


 朱音も龍之介と同じように立ち上がると光輝についていくことを宣言する。幼馴染であり、幼少の時からずっと恋焦がれていた彼がやるという以上、彼女には断る理由がない。何処までも彼についていく、そんな意志を持って彼女は立ち上がった。


「私も同じよ。誰かがブレーキにならないといけないみたいだし」


 渋々と志乃が立ち上がる。嫌々ではなく、むしろ望んでそうしているようにも見えた。幼少の頃から何かと突っ走り気味だった光輝、朱音、龍之介の三人を落ち着かせ、冷静にさせるのが志乃の役割だ。


「ぼ、僕も一緒に行きます!!」


 晶も出せる限りの声を張り上げながら立ち上がった。気弱な彼だが、光輝の行動を今まで見てきたために彼もまた正しいことを成すために立ち上がる。

 クラスの中心的存在である光輝達五人が賛成の意思を示すと後は流れるように全員が賛成へと流れ始めた。女子はカリスマのある光輝や龍之介を見ながらうっとりとした表情を浮かべているし、男子達もクラスでは美少女に分類される朱音と志乃の二人が光輝に賛成したために男子全員が賛成する形となった。それでも根底にあるのは男女共に信頼の厚い上にリーダーシップのある光輝とそれを支える龍之介や朱音。クラスの中でも冷静な志乃や晶がいる彼らのクラスはこの一年で結束を深めていた。


「待ってください、先生は納得していませんよ!」


 そこで生徒たちと然程身長の変わらない一人の女性がいた。スーツにタイトスカートという如何にも新任の教師という出で立ちの女性は、彼らのクラスの副担任を務める藤堂愛子だった。クラスメイトからは『愛ちゃん先生』と呼ばれて慕われている彼女が、ナハトガルへ向けて抗議する。


「天霧くんも、そんな危険なこと先生は許しませんよ!」

「でも先生、俺は……助ける人の声を放っては置けない。助けを求める人が居るのなら、その人を助けたいんです!!」


 正義感から来る言葉に愛子は反論できなくなる。何よりも生徒に『一日一回、いいことをしよう』とクラスで言ってきたのは他でもない彼女自身なのだ。そして反論するための手札がなくなったために愛子は渋々引き下がる。全員が賛同したことを確かめるとクラスを代表して光輝がナハトガルへ向けて宣言した。


「ナハトガルさん、これが俺達の答えです。俺たちはこの世界のために戦います」


 光輝が振り返って伝えた言葉に対し、花が開くような笑みをクラエスは見せた。この日、王国が四十人の勇者を召喚し、召喚に成功したことは数日の内に各国へ通達される。勇者召喚の知らせを聞いた各国は近いうちに起る戦争を見越した動きを開始。来るべき第二次大陸間戦争の火種が小さく燻り始めた。それは同時に各大陸で『英傑召喚』と呼ばれる召喚の儀式が開始される切っ掛けを作ることにもなった。





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