表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/21

剣の舞

 どこで切れば良かったのか分かりませんでしたので、まとめて投稿させていただきます。

 将成が光輝の振るう長剣の攻撃を正面から受け止める。さっきまで使用していた聖剣より長い長剣をもう一つ生み出すと彼は背中に生えた虹色の翼で一撃離脱戦法を繰り返していた。∞の字を描くように飛行しながら光輝は将成を斬りつけていく。そこから少し離れた所では朱音が新たに装備した列車の車両ほどの大きさを持つ巨大な剛拳でキリカを攻撃していた。既に数人のクラスメイト達は意識が回復しつつあるのだが、光輝と朱音の戦いに踏み込めずにいるようでただ傍観しているにとどまっていた。


「虹翼光矢!!」


 光輝が一度高度を取ったまま滞空し、そこから虹色の矢が将成めがけて飛んでくる、勿論本物の矢ではなく、全てがマナで構成された矢だ。おまけに刺されば一定時間の後に爆発するという何とも凶悪な能力を持つに至っている。流れ弾が港湾施設を破壊し、新しく瓦礫の山を作り出していくが今の光輝にとってそのことは二の次だ。彼にあるのはキリカを解放することのみ、その執拗な執念を将成に対する敵意に変換して彼は攻撃を行っていた。空という手出し不能な場所に跳ばれてしまっては遠距離武器を数えるほどしか持っていない将成が不利になる。光輝もそれを分かっているからこそ一撃離脱攻撃や虹翼による射撃などを主体とした攻撃を行っているのだ。

 だが将成とてやられっ放しというわけではない。この数分間は無為に逃げ回っていただけでなく、次なる一手の仕込みの時間でもあった。ゲーム時代では出来なかったことを確かめると、彼は地上に降りてきた光輝へ向けてダッシュで接近した。光輝も両手に持った剣を構え迎撃の姿勢を見せる。そして魔砲剣と長剣が甲高い音を立てて切り結ばれた。片手武器の先手の取りやすさに加えて、今光輝は二刀流だ。両手から放たれる高速斬撃は将成に反撃の暇を与えず、彼を防御に徹させた。


「お前は俺に勝てない!!おとなしくあの娘を解放しろ!!」


 剣を華麗に振るいながらの少年は叫ぶ。志乃の剣道場で彼は二刀流の技術も習得していた。現代剣道ではめったにお目に掛かれないものではあるが、ファンタジー系のフィクションでは未だに人気を誇る。長柄武器や両手武器はこの状態に追い込まれた場合、後はじりじりと押し込まれ、最後には磨り潰される様にして負けてしまう。だが、将成はそんな中、魔砲剣を右手で持つと左手であるものを持つ。そして一度距離を取った。仕切り直しかと思う光輝だが、何かがおかしい。片方の長剣を掲げると、その剣身にはワイヤーが巻き付き、そしてワイヤーの先端には黒い円筒缶がぶら下がっていた。形状や英字で書かれた説明を読むまでもなく分かる。だが彼が気付いた時にはもう遅すぎた。

 閃光と轟音がほぼ零距離で炸裂。光によって視界が奪われ、発せられた音により聴覚が奪われる。一度目にキリカを奪還しに来た将成にやられたのと同じ手を彼は食らったのだ。ただ前回は閃光で一時的に視覚が封じられたのに対し、今度は閃光と轟音、そして圧力衝撃波のフルコースを食らったのだ、当然先程までのように攻撃の主導権は握れない。そこで将成が攻撃しようとしたとき、瓦礫が剛腕で吹き飛ばされた。破片の大半は海の方へ飛ばされる。恐らくは閃光手榴弾の音を聞いて飛んできたのか朱音の姿があった。先程までは美しかった真紅の戦闘服も今は多くの切り傷が刻まれている。それは同時にキリカの攻撃の凄まじさも物語っていた。光輝を支えるようにして立つ朱音に対し、将成の隣にもキリカが立つ。そこで光輝が回復したのか改めて両手の剣を構え、朱音も巨大な右腕で攻撃できるように体勢を整える。彼女の脚甲はさっきよりも更にパーツが追加され、正面以外の三方向には推進機が接続されていた。


「……キリカ、あの女の方を頼めるか?」


「分かりました。十分で沈めます」


 相棒の頼もしい答えを聞くと将成は腰を落として魔砲剣を構えると地面を蹴って光輝へ吶喊する。一太刀で光輝の持つ長剣を折りに行くかのような剛の斬撃。先手を取った将成が次の手に出ようとしたとき、光輝が一度距離を取る。そして虹翼をはためかせ高度を取るとあの虹の矢を放つ態勢に入った。だが狙いは彼ではない、狙う相手は……朱音と攻防を繰り広げているキリカだった。今キリカは朱音との戦闘で手が回らない。それに加えて視界外で準備している光輝の行動には気付いていない。

 光輝が虹色の矢を射出する。朱音は光輝の意図を察して後退、流れ矢に巻き込まれないよう距離を取った。その行動に不信感を抱いたキリカが背後を向くが既に彼女へ向けて矢は放たれた後だった。将成は走る。今まで鍛えてきた冒険者としての身体能力、STRで地面を蹴り、AGIを全力活用して駆ける。光輝とキリカの間に入り、身体を半回転するのと彼の矢が突き刺さるのは同時だった。将成に刺さった矢や近くの地面に刺さった矢が爆発し、身体の傷と熱波が彼を焼く。炎に染まりかける視界の中で驚愕の表情を浮かべるキリカが目に入った。何とか彼女は助けることが出来た。激痛の中で将成はそんなことを思う。

 足の推進器を駆使した小刻みなホバー移動を繰り返しながら後ろへ飛翔する朱音、そこで将成は光輝が両手に持っていた長剣が光とともに姿を変え、持ち手の付いたブーメランブレードへと形状変化するところを見た。そして右、左、と両手に持ったブーメランブレードを投げつける。既に虹の矢の影響もあってかまともに大剣を持ち上げることが出来ない。何とか身体に言うことを聞かせ、キリカを後ろへ突き飛ばす。キリカとは少し離れた場所にいるエヴァンジェリンを始めとしたバッドカンパニーの面々が目に入った。彼らも勇者の仲間同様援護に入ろうにも入れず、こうして経過を見守ることしかできないのだ。

 昔、友人に言われたことがある。従騎士を大切にしているのなら、それこそ安全な場所で待たせるべきではないのか、そう言われたことを思い出した。今にも泣き出しそうなキリカの顔、そして将成へ向けて一直線に飛翔するブーメランブレード。全てがスローモーションの世界の中で将成は動く。ブーメランブレードの軌道を読んで、左から来るブーメランを裏拳で迎撃、鋼を殴ったような衝撃が走り、左腕がしびれるが、それと並行して飛んでくるもう一つのブーメランを腰のベルトに吊っている鞘から抜いたナイフを持ち、それを叩きつけるようにしてブーメランを叩き落とす。割鐘を叩いたような音が響き、ブーメランブレードの刀身が砕け散り、それを叩き落としたナイフもまた刀身の根元部分から折れてしまっていた。

 そこで将成は気付く。あくまでブーメランは時間稼ぎと牽制という意味合いでしかない。その間に光輝は続く本命の一撃の準備を終えていた。虹色の翼が今までに見たことのない勢いで輝きを増し、天使の翼のように光を撒き散らしている。教会によって広められたことでもあるのだが、勇者が『神の使徒』と呼ばれる所以がここにある。確かに白い鎧に身を包み、聖剣と携え虹色の翼をきらめかせる姿は紛れもなく救世主だ。聖光教会が広め、信仰の対象になってもおかしくない。

 光輝自身は聖剣を正眼に構えなおしたところだった。あれ程のダメージを与えて尚、彼の意志は折るには至っていない。それどころか将成に攻撃されたことを更に怒りや闘志に転化している。


「これで終わりだ。終天・虹翼繚乱剣!!」


 詠唱と共に、聖剣の姿が変わり、剣身が左右にスライド。その中央から光で出来た刃がその姿を現した。それを確かめると光輝が動いた。まるで瞬間移動のようにも見える動きをしながら彼は左右ジグザグに動くことで相手に自分の動き、軌道を読ませないようにするという意味合いもあるのだが、それに加えて虹の翼の効果でもあるのか彼が動くたびに残像が残るのだ。朦朧とする意識の中で将成は光輝の姿を追う。残像と本物の区別がつかない。グラディウスを持って迎撃しようとするが、それよりも速く光輝が将成の懐へ突っ込んでいた。彼の持つ『光のオーラ』によって増幅され、本来の能力を発揮した聖剣が突き出される。救世を行う断罪の刃が将成を袈裟掛けにし、続くもう一撃が彼の外套と白いシャツに真一文字の線を引く。留めと言わんばかりに放たれた突きは彼の脇腹に近い部分を切り裂いていた。


「これが、俺達勇者の力だ!思い知れ、悪党!!」


 最後に光輝が空へ飛びあがる。その後ろから来るのは装備していた巨大な腕を構え、拳を中心にして光が終息している。先程将成がグラディウスで迎え撃ったあの攻撃を新たに行うつもりらしい。あの攻撃とて迎撃出来たのは奇跡に等しいが、今度の攻撃は迎撃どころか防御できるかどうかすら怪しい。あのサイズに加え、彼女は内部のマナと外部のマナを取り込んでいる。スタビライザーは既に展開済み、その下にある動力変換炉から生み出される陽炎は先程の比ではない。朱音の表情も報復出来ることの喜びを感じさせるような顔つきだった凡そ勇者のするような表情ではない。頭の片隅でそんなことを思いながら、将成はゆう者二人以外の声を聞いた。

 遠くでキリカの声がする。光輝に斬られ、刺された傷のせいで、意識が飛びそうになる。何とか意識を保っていたとしてもあの攻撃を回避したり、防御したりすることは出来ない。最低限の防御の構えを取った瞬間、朱音の拳が将成に直撃、インパクト面を中心に巨大な光が巻き起こったかと思うと、将成が背にしていた建物が円状に……まるで巨大なコンパスで切り取られたかのような一撃が建物を貫通し、道を削り、その向こうにある建物を消し飛ばしていた。


「……へえ、まだ死んでないんだ。消し炭にするつもりで撃ったんだけど」


 朱音が勝利を確信したような声で言う。建物一つを貫通し、道路を削った一撃を食らった将成はまだ生きていた。よろけて数歩、たたらを踏みながら将成は数歩歩き、そこで彼は喀血し膝をついた。冒険者の身体といえども、勇者二人の連続攻撃を立て続けに食らっては持ち堪えている方が奇跡に等しい。視界の端に映し出されるHPゲージの数字は三桁残っているが、あと数目盛で二桁に突入しそうな数字だった。将成自身は戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルを獲得しているものの、MPが半分以下……おそらくあの一撃は将成自身のMPをも持って行ってしまったのか、その回復量は微々たるものだ。HPの回復度合いも一、二、程度しかゲージが回復していない。立ち上がろうにも身体にうまく力が伝わらない。彼方此方から流れ出た血が石畳を赤黒く染めていく。

 駆け寄ってきたキリカがうつ伏せに倒れている将成をひっくり返し、身体を揺さぶる。自分の服が血で汚れるにも拘らず、キリカは必死に何かを叫んでいるようだが彼女の声は聞こえない。泣かせたくはなかったはずなのに、彼女の両目からは溢れ出る泉の如く、滂沱のように涙がこぼれている。後ろから虹翼を消した光輝が歩み寄り、朱音は機械仕掛けの剛腕の手の部分を鏃状に窄め、地面に突き刺すと一時的に解除し、同じように将成の意識を必死に繋ぎ止めようとしているキリカへ近付いてきた。手を伸ばし、連れて行こうとする光輝の手を振り払い、将成にしがみつくキリカ。そしてそれが気に食わないのか、はたまた思い人が気にしているにも拘らず、彼の言うこと、彼の理想に共感しないことが頭に来たのか朱音が足で彼女を蹴り飛ばす。無抵抗のまま、受け身を取ることのできないまま彼女は地面を滑った。そこへ二人の少女がやってくる。片方は和風の装束に身を包んだ志乃と、もう片方は二挺拳銃スタイルの少女、香苗だった。

 朱音の声こそ聞こえないものの、身振り手振りから合流した二人にキリカを殺すよう言っているのかもしれない。光輝はそれを止めようとするが、朱音は香苗の手から拳銃を奪い取るとキリカに向けて狙いを定めた。だが、殺されそうになりながらも、キリカは手を伸ばす。彼女が口を開いて、何かを叫んでいる。耳障りな声をかき消すかのように朱音が彼女を蹴る。だが、それでもキリカは叫ぶことをやめない。

 胸が締め付けられる。彼女は今、自分の生命よりも将成の生命を心配している。彼女の実力ならあの四人を吹き飛ばし、活路を開くことは不可能ではない。だが、抵抗もせず、朱音から攻撃を受け、生命さえ危ない状態になりつつある。

 夜が、夜闇が将成の視界を支配しようとする。力が抜け、意識が再び霞の向こうへ消えていきそうになる。もう、休んでもいい。誰かの声が……将成自身も覚えている声……ひどく懐かしい『誰か』の声が聞こえてくる。夜霧のような空間の向こうから聞こえてくるその甘美な声に身を委ねてしまいそうになったとき、キリカの、嗚咽交じりの声が彼の耳に響き渡った。


「――行かないでください、将成。私はここにいます。あの日の誓いを、あの時の約束を、私は将成と出会った日から今日この日まで全部覚えています!だから、置いて行かないで、私を一人にしないでッ!」


 その言葉が将成の中にある埋もれていた記憶が掘り起こされていく。彼女が初めてこの世界に生まれたあの日からの記憶が脳裏で再生されていく。


初めてのフィールドでレベルアップをしたこと。

調子に乗ってボスモンスターと戦い、敗北し、必死に逃げたこと。

初めて手に入れたレアドロップの大剣に二人して大喜びしたこと。

レベルアップ、装備の更新に躍起になっていたこと。

リアルでの付き合いを最低限にして誰かに頼られることが嬉しかったこと。

都合良く利用されることに疲れた笑顔を浮かべていたこと。

キリカを道具でも扱うかのように扱っていたこと。

途中で出会った一存、偶然知り合った礼と共に、漂流者へ加わったこと。

そしてキリカと約束を交わしたあの日のことを。


 走馬灯の如き記憶が将成の脳裏を駆け抜けていく。全てを忘れようにも忘れることなどできない記憶。将成がこれまで歩んできた彼女(キリカ)と歩んできた戦いの記憶。

 そこで将成の動きを止めようとしていた心臓が再び行動を始め、視界を覆っていた夜霧が、闇が凄まじい勢いで晴れ渡っていく。ふらつく身体で立ち上がる。支える足がガクガクと震えているが、それでも彼は立ちあがった。遠くと近くの区別がつかない視界だが、燃える街と斃すべき敵の姿ははっきりと捉えていた。ふらつく中で将成はアイテムバッグから回復アイテムを取り出す。MFOでは回復アイテムにもいくつか種類が存在する。彼が今回取り出すのはクリアーレッドの液体が納められた注射器だった。指の股で二本の注射器を挟み、口でキャップを抜く、ポーション系統はゲーム内でも複数種類が存在し、瓶入りのものと注射器型のものが存在していた。ゲーム時代はアイテムショートカットでその時間を削ることもできるために完全に好みの問題で、注射器型の回復アイテムは用済みだと思われそうだが、注射器には通常のポーションにはない利点が存在する。回復アイテムそのものに付与効果のあるものが多いこと。それが注射器型回復アイテム最大の特徴だ。将成が今使用したのは『BMX試験薬』レア度も値段もそれなりにするということに加え、一定時間攻撃力、防御力、バトルヒーリングを選択している場合は自然回復量が増加するという付与効果を使用者に与える。

 ゲーム中では一回に使用できる本数は一本だけだったが、今回は付与効果ではなく回復量を優先しているために、将成は二本をまとめて使う。服の上から注射器を刺して中の液体を流し込んだ。痛みと共に血液が沸騰しそうな感覚。HPが急速に回復するのと同時にHPバーの後ろには攻撃力、防御力増加、そして自然回復量増加を示すアイコンが表示された。


「――あああああああああああああああッッッ!!」


 夜空へ向けて将成は絶叫する。身体の高速再生、全身が沸騰するかのような感覚。細胞が死滅しながら再生する。それが全身で起きているのだから将成が感じる痛みは想像を絶するほどの強烈な痛みだった。痛みに加え、燃えるような熱さと頭痛、悪寒が彼の身体を駆け巡る。膝を屈し、意識を手放してしまいそうになるがそれでも彼は耐えきった。HPは最大域の緑にまで回復し、身体のあちこちにあった切り傷や擦り傷、火傷の跡は奇麗に消え去っていた。正直将成自身もどうして意識を手放していないのかが謎のレベルだが、痛みが意識を保っていたのだろうということにして、目の前にいる敵を見る。

 誰もが彼の復活劇に凍りついた状態のまま誰も言葉を発せないでいた。目の前で今にも死に向かって一直線だった男があろうことか完全復活を果たしたのだ。動きが出来なくても当然と言える。だが、それを待つほど将成に余裕はなかった。痛む身体に耐えながら、彼は真っ先に銃口をキリカに向けている朱音のところに突っ込んだ。香苗が即座に銃を向けるが、それよりも早く将成がベルトに巻かれているホルスターからM1911A1ガバメントを即座にドロウし照準。コンマゼロ秒単位で発砲、銃口から放たれた弾丸は香苗が向けた銃に直撃していた。将成自身も驚いている神業の如き射撃、痛みと痺れに顔を歪める香苗から視線を移動させ、片手で拳銃を支えている朱音に銃口を向ける。距離をつめて射撃を、と思ったとき二人の間に志乃が割って入った。左手で刀の鞘を保持し、右手はその柄にかかっている。そして志乃の右手が刀の柄を掴み、涼やかな音とともに銀閃が閃いた。彼女のはなった一撃は、将成の持つガバメントの銃身を切り裂き、銃としての機能を失わせた。鋭利な切り口に将成の背中を悪寒が走る。

 即座に拳銃『だったもの』を捨てて志乃が次の一手に出ようとしたとき、後ろで動きがあった。キリカが朱音と光輝の拘束を振りほどき、朱音の手にあった拳銃を奪い取る。朱音が左のストレートを放つが、キリカはそれをかがんで回避した後、彼女の胸に左のコンパクトな肘打ちを打ち込む。彼女の攻撃が止んだところで足払いを掛けて転がすと、キリカはようやく将成のところに戻っていった。


「……キリカ、ありがとうな」


 戻ってきた彼女に対し、将成は礼を告げる。それだけで彼の言わない部分を理解したのか、彼女は満面の笑みで首を縦に振った。それを見ると将成は、ベルトにあるサイコムホルダーからサイコムを取り出すと従騎士のキリカの項目にタッチ。梗塞で画面を操作し、彼女の固有アビリティ、スキルの項目を開くと、以前から密かに準備を進めていた事柄を実行に移した。項目全てのチェックが完了し、将成に最終承認の選択肢が表示される。

『従騎士に以下の変更を実行しますか?』という簡潔なメッセージ。将成はそれに躊躇うことなく『はい』の項目にタッチした。

彼女の足元に青い魔法陣が出現、彼女の周囲に十三本の剣が出現したかと思うと、その剣全てが青白い燐光となって消滅。その代わりに白木の鞘に納められた刀が四本出現する。そしてそれが合図であったかのように魔法陣が小さくなりながら消滅した。時間にして一分少々だが彼女の身体能力、スキルは今までとは異なる別種の進化をしていた。

 将成が行ったのは彼女の固有アビリティである十三刀流を廃し、メイン職業を入れ替える。メイン職業の変更が不可なのはプレイヤーたる冒険者『だけ』であって、従騎士に関して言えばそのルールは適用されない。それ故に従騎士契約をしている冒険者は時々従騎士のメイン職業を変更しながら自らのスタイルに合う最適解を見つけるために日々研究を進めている。

十三刀流は確かに便利だった。十三本の剣が自律防御し、主人であるキリカのために舞う。一見すると便利でチートクラスのスキルかと思いきやそこには落とし穴があった。RPGでラスボスが仲間に加入したとき、能力が大幅に弱体化するように十三刀流は使用者のステータスを四割減させるという条件が課されていた。将成が十三刀流を削除した理由もここにある。全ての能力を思うがままに使えない、今後もステータス四割減という枷を掛けられ続けるのか、はたまた枷を解き放ち、十三刀流という便利なスキルを失うのか、という選択の結果、彼は十三刀流をスキルリストから削ることにした。

 将成とキリカは純然たる前衛だが、ガーディアンは壁役であるためにどうしても防御系のスキルが多い、そして将成はどちらかと言えば見境なしに突っ込んでいくタイプ。連携攻撃を行う際にはタイミングのずれなどが気になっていたのだ。それ故に彼女の能力構成を制御し、それと並行する形で彼女用の装備類も整えていたのだ。……本音を言えば、刀や弓や、レトロな銃火器を持った和風なハイエルフが見たいという将成の個人的な理由も混じっている。

 変更後のメイン職業は『侍』サブ職業は将軍から回復職の一つ『神道武官』に変更され、三つ目は変わらずガンスリンガーを選択している。元から刀剣類に関する適性が高かったことに加え、侍へ変更されたことにより、キリカの称号一覧に『刀術皆伝者』の称号が加わっていた。以前のような特殊な能力はないものの、これでこれまで存在していたガーディアンとしてのキリカではなく、侍としてのキリカがここに生まれたのだ。


「キリカ、身体の調子はどうだ?」


「前よりも力がみなぎってます。将成様」


 手を閉じたり開いたりしながら彼女は自分の身体を確かめる。それが終わると将成は目の前に立つ勇者達に視線を向けた。彼らを倒し、この街を出る。既に言葉での段階は通り過ぎた。ここから先は力が物を言う。そして勇者達が力を以てキリカを連れて行こうというのなら、将成は自らの力を以て彼らを撃滅する。グラディウスの柄を握る手に力が入る。キリカも将成から受け取った白木の刀を抜き放った。白刃が月光を浴びて輝く。


「せぁああああっ!!」


 先に攻撃に出たのは今ここにいる勇者達の中で最も先手を取りやすい志乃だった。彼女は移動系スキル『縮地・改式』で将成との距離を詰めようとする。ここは将成とキリカの戦いだ。自分勝手な理屈で自分の従騎士を奪おうとする勇者の思い通りにさせないためにも二人で敵を撃滅する必要があるのだ。


「とったッ!!」


「邪魔だ!!」


 志乃の戦火を確認する声に被せるように、将成がグラディウスを振るう。同時に『ハーフムーンエッジ・三点撃(バースト)』を炸裂させる。魔砲剣は確かに砲撃機構を持たない。だがそれでもこの武器を愛用する酔狂な冒険者達が存在するのは追加された武器の機能を生かした機構を搭載しているからだ。メジャーな魔砲剣はカートリッジを消費すると同時に剣身全体にそのカートリッジの属性を帯びることが出来るようになっている。そして将成の魔砲剣はカートリッジの推進力を生かしての超絶な攻撃力を生み出す……硬い装殻を破壊し、遍く魔物、兵器を葬るために生まれた。それが将成の持つ武器、撃発したカートリッジで攻撃力を増幅させたり、補助推進器の全力駆動に使われる。

 撃発の振動がグリップを通して将成に伝わってくる。グラディウスの一撃は志乃の持っていた刀の刀身を粉々に粉砕すると彼女を吹き飛ばす。地面を数度バウンドし、近くにあった釣り用具店に激突。志乃は脳震盪を起こしたままスタンした。彼女と入れ替わるようにして後ろから魔法が飛んでくる。ヘルファイアランスが三連、炎槍は将成を焼こうとするが、その槍は彼に届く直前でキリカの手によってすべて叩き落とされた。軌道を変更したわけでも障壁系スキルで防いだわけでもない。一発目を左手の刀で横に両断し、続く二発目を右手の刀で縦に一閃、三発目は後ろに抜けたと見せかけて回転斬り、見る者を虜にする動きで彼女は魔法を『斬った』。後ろから復活した龍之介が近付いてくる。全身の切り傷こそ痛々しい物の、彼の顔にはもう一度戦うだけの意思が宿っていた。


「……私達、完璧に悪役ですね」


「確かに、これはもう反論のしようがないな」


 龍之介に続いて現れたのはロッドを持った中世的な顔立ちの少年。男の娘と言っても通じそうな容姿をした少年だった。今し方のヘルファイアランスは彼が発射したものらしい。


「てめえら……よくも志乃をやりやがったな!!」


 怒りに身を任せ、龍之介が再び突っ込んでくる。身体強化のスキルでも使用したのかその動きは並の冒険者からすれば対応できない動きだった。威圧で相手を怯ませ、移動系スキルで距離を詰めてからの大剣による重攻撃。それが彼の戦闘スタイルだ。それに対して前に出たのはキリカ。彼の怒りによって増幅された威圧の風を真正面から受けてもどこ吹く風といった足取りで彼に向う。ヘルファイアランスを叩き落とした際の二刀の構えとは異なり、今は居合の構えだ。冷静に抜くタイミングを見ている。龍之介そのものを一つの巨大な猛獣だと例えるのならキリカは鋭利な刃物という雰囲気を纏っている。そして龍之介の大剣が振り下ろされようとしたとき、彼女は動いた。


十八手(じゅうはって)詰め」


 わずかに聞こえたその言葉、時代劇で聞こえてきそうな擬音と共に龍之介の身体に斬線が走り、あちこちから血が流れはじめた。狙ったのは間接や武器を振る際に必要な部分、出血が派手に見えるものの命に別条がないという彼女なりの嫌がらせを込めていた。

 侍はその能力構成上ノーマルスタイル……常時抜刀した状態のスタイルと居合系を中心としたスタイルの二つが存在する。キリカが放ったのはそんな居合系スキルの一つ。大ダメージを相手に与えると言うシンプルなスキルながらも、ターゲットが小さければ小さいほど命中させ辛いスキルでもあった。龍之介が持っていた大剣が地面に突き刺さり、立っていられなくなった龍之介が地面に倒れる。そして……その後ろで回復魔法を詠唱しようとしていた晶にもその一撃は襲い掛かっていた。杖を支えにして立とうとする晶だが、やがてずるずると地面に倒れてしまう。


「……やっぱり十三刀流は削って正解だったな」


 将成の言葉にキリカが振り返ると嬉しそうに微笑んだ。三人が行動不能になったことを受けて、香苗と光輝が朱音を守るように立つ。彼女が切り離した破軍剛拳を再接続するための時間を稼ぐためだ。香苗はキリカに向けて銃を照準し、光輝は将成へ向けて聖剣を構える。光輝も将成を嬲ったときに使用した虹の翼を使用していない。詠唱に加えて彼自身のMPを消費するタイプの能力なのかもしれないと将成は思う。


「我が剣は天を翔け、加護を受けし剣は光嵐と共に敵を滅する」


「フルムーン――」


 光輝が詠唱に入った途端、彼の周囲に光が現れたかと思うとその全てが混じり合うようにして光輝の聖剣として形を成していく。全属性融合攻撃だと将成は即座に理解するが、将成も五連続の回転斬りから左右の袈裟斬りと続き、最後に斬り上げ攻撃を放つ。

「――天虹光嵐花斬!!」


「――ディストラクション!!」


 光輝の詠唱と将成が放ったスキルが激突したのはほぼ同時だった。将成と光輝の剣が激突し、全属性を兼ねた光の剣が夜の街を真昼のように染める。衝撃に吹き飛ばされない要歯を食いしばり、踏みしめた地面が沈み込む。


「これで、どうよッ!!」


 将成が絶叫しながらグラディウスのトリガーを引く。魔砲剣には一発目で押されていたのを巻き返し、二発目で守勢から攻勢へ転じ、三発目で完全に主導権を奪い返した。そして光輝の聖剣が押し負けた。全属性攻撃と将成の攻撃に加え撃発の衝撃もあってついに光輝の聖剣がその負荷に耐えきれなくなった。ぴしり、という音が響いた後、聖剣が半ばから砕けた。光輝は使えなくなった聖剣を捨てると両手の掌部にある隠し武器を起動させる。彼の装備する鎧にはいくつか試験的な装備があった。その一つが掌部マナ砲。連続射撃は出来ないが、瞬時に体内エネルギーを槍型に変換させ、相手を貫くと言う目的で生まれた。『ハンド・ランツェ』と呼ばれたその武器はゼロ距離でその効果を発揮する。だが、彼は両手を掲げると将成の突き出したグラディウスの刀身を受け止めた。この距離ならば武器を強奪、出来なくても破壊は出来るだろうと考えた彼の予想は数秒後に打ち砕かれることになる。将成が剣を引き、代わりに腰のポーチから何かを投げたのだ。咄嗟にキャッチした光輝は黒い球体が内部からチカチカと青く発光するのに気付く。そして明滅の感覚が短くなった数秒後、彼はその正体に気付いて投げ捨てるが時すでに遅し、青白い光が、彼の掌にある砲を潰した。プラズマグレネード……通常の手榴弾系統に新しく加わった若干SFチックな手榴弾でエネルギー系手榴弾とも呼ぶことのできるアイテムだった。

 そして最後の武器をも失った彼は見る。それは再びグラディウスを腰だめに構え、まっすぐに吶喊してくる将成の姿だった。


「ソードオブゼロズ・全弾(アンリミテッド)撃発(バースト)!!」


 グラディウスの周囲を包むようにして青い、光で出来た大剣が出現した。それと同じくしてシリンダー部が六回転し、全てのカートリッジを撃発させての断罪の一撃。光輝の足元に魔法陣が浮かび、そこにマナで出来た大剣が数本突き刺さり、彼の動きを束縛。そして六発全ての弾丸の威力を乗せたグラディウスの一撃は彼の身体に掛かった勇者的な魔法的加護を余さず貫いた。皇国に伝わるオリハルコン製の胸甲を砕き、その下にある肺腑を潰して肋骨を数本纏めて叩き折った。大剣系スキルの中でも最上位に位置する一撃のダメージに加え、上段からの兜割りとカートリッジ六発分威力を乗せた一撃は光輝の身体を地面に叩きつけ、彼の身体を中心にしてクモの巣状の地割れが走った。空中で使用したことと、これまでの戦闘の疲労が出たために、将成はうまくバランスが取れず着地に失敗するが、即座にバトルヒーリングがそれを癒した。むくりと身体を起し、身体についた土埃を払っているとキリカが駆け寄ってくるのが見える。その向こうには刀四本で壁に叩きつけられた香苗の姿がある。キリカ自身の服も相当にボロボロだった。

 朱音は自分が準備を整えている間の数分で思い人であり勇者である光輝と香苗を戦闘不能にされたということに理解が追い付いていないような表情をしている。既に破軍剛拳は合体済みだが、今はそれを使う気力さえ感じられない。


「……ぁ、ああああああああぁぁぁぁあああああっ!!」


 将成達が脱出するよりも前に、友人や想い人がたった二人に撃滅されたことを理解したのか朱音が咆哮する。破軍剛拳の各部が動き始め、彼女自身の内部エネルギーを武装に送り込んでいた。それに加え、彼女の左側の拳も追加パーツが外れ、魔法陣が展開する。実体化するのは左手用の破軍剛拳、両腕に展開された電車一両分のユニットは余りにもアンバランスだったが、二人の脳裏に警鐘を鳴らすには十分すぎる姿だった。


「……不味くないですか、将成様」


「……不味いな」


 目の前で起きている光景はどう考えてもマナの取り込み過ぎによる暴走だ。あのまま武装がオーバーロードしようものならこの街そのものが更地になるか地図上に『なかった』こと扱いされてしまう。建物に開いた大穴を抜けて港の方へ走ると、見覚えのある顔が将成達を迎えた。アンジェや縁など、普段は大人の余裕を見せている面々が駆け寄ってくる。


「……勇者どもはどうした?」

「格闘家っぽい子以外は全員沈めました。今頃は夢の中ですよ」

「…………じゃあ、あれは?」

「現実を受け入れたからプッツンしたみたいです」


 将成の言葉にアンジェは何が起きたのかを理解した。踵を返し、急いで脱出するよう指示を送った直後、将成達が通ってきた建物とは別の建物の一面が赤熱し、溶融したかと思うと貫通して青白い光線が沖合へ抜けて行った。光線は港の封鎖を行うべく接近していたアステル皇国の戦列艦四隻の内、二隻を文字通り灰燼に帰した上に、残る二隻もメインマストが折れたり、船体の三分の一を削り取っていたなど、船としての機能を失わせるような一撃を食らっていた。冒険者でさえその威力に唖然としているのだが、その張本人……朱音はどこか生気のかけた、狂気の戸口に立っていそうな目で友人や想い人を打倒した下手人である将成とキリカを探して視線を巡らせていた。


「……脱出直前で最悪なのが出てきたね」


「それはここにいる全員が思っていることだろうさ」


 九十九の言葉に縁が返す。その言葉は確かに彼ら全員の……脱出の準備を進める冒険者達全員の心の声を如実に現していた。


 皆様の感想、批評、誤字報告等をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ