少女の剣舞・悪役魔法剣士の心構え
それでは今週分です。前回評価してくださった方、感想を下さった方、本当にありがとうございます。
志乃がこの世界に来てからの相棒である異世界の刀鍛冶が打った刀、アラハバキを構える、敵の得物は両腕に装着された武装。そして頭から生えている耳と尻尾から獣人族の中でも中々に厄介だというヴィルヘルムの講義を思い出していた。一部の冒険者は契約を交わすことで『従騎士』と契約を交わすことが出来る。従騎士契約は何もアイテムなしですることも可能だと言われていたが、高位の従騎士と契約を交わすには必然的にそれ相応のアイテムが必要になってくると言われている。眼前に立つ少女は一見すると狼耳……狼の因子を持つ従騎士のように思える。事実光輝や朱音は単なる狼の因子持ちということで然程苦労はしないと思っているようだが、志乃を始めとしたクラスメイトの一部には今相対している少女の因子は単なる狼の因子ではなく、狼型のモンスター……彼女たちが日本にいたころの世界各地に伝わる神話や伝承に登場する怪物クラスの獣の因子と騎士の因子を持つのではないかという予想を抱いていた。
目の前の少女が腕に着けているパーツががしゃり、という音を立てて地面に落ちた。各部からぱちぱちと火花が飛び散り白煙を上げている箇所もある。どうも腕本体に追加のパーツを使用していたらしく、パーツが固定されていた本来の腕は凶悪なデザインをした防具以外にも何かを隠していそうな手甲だった。足も同様で金属製パーツが外れたかと思うと本来の装備であるヒールの付いた黒い脚甲が現れた
どちらも開発途中の兵装だったらしく、調整不足のところをぶっつけ本番で実戦テストを行ったのだろう。結果はご覧の通り、数秒後には爆発四散して元が何だったのか分らなくなってしまうのだろう。
装備の解除を終えた直後の気が緩んだ隙を狙って槍使いの職業の鶴崎志保と大宮芳次……クラス内でも有名なカップルである二人が互いに息の合った連係でキリカに迫る。二人が持つ槍も色こそ違えど外見はほぼ同一の兄弟武器でその性能も折り紙つきだった。
「「星閃槍!!」」
流れ星のような光が槍の穂先を包みこむと二人がキリカに向けて星の如く輝く穂先を向ける。地面を蹴り、これまでの訓練やダンジョンの時と同様槍を大きく突き出して悠々と構える敵を貫く。そうなる筈だったのだが……
「動きに迷いが見えますよ」
槍が突き出され、交差する軌跡の内側にキリカがそんな言葉とともに槍のリーチの内側へ入り込んだ。光る穂先は空を切ってその効果を失う。咄嗟に二人に回避の指示を出そうと志乃が刀に手を掛けて叫ぼうと空気を吸い込んだ隣で香苗が動いた。両手に持つ拳銃の狙いを銀髪の少女に定めるとためらいの感情を振り切って引き金を引いた。拳銃の機構は主の迷いを感じることなく予め定められていた機構の通りに弾丸を撃ち出す。手始めに四発。現実世界で銃口の先端に装着して銃声を抑える減音器などという物はこの世界に存在しない。だから銃を撃てば間違いなく敵に己の存在を晒してしまうことになる。だが、今回に限ってはあのプラチナブロンドの少女ことキリカの注意を志保と芳次から別の誰かへ向けることが重要だ。それ故に香苗は自分の存在が相手に知られて狙われるというリスクを冒して銃を撃ったのだ。
これでキリカが銃弾を気にせず二人へ突っ込むという可能性もゼロではなかったが、最終的に香苗は賭けに勝った。キリカは後ろへ下がって他のクラスメイトとスイッチする二人の攻撃を諦め、香苗の撃った弾丸を後ろに跳ぶことで回避した。
「ありがとう常森さん。助かったわ」
「感謝には及ばないわ。……取り敢えず、どうするかを考えましょ」
二人の視線の先には体勢を立て直したキリカがいる。自分たちのレベル、経験を持ってでも彼女に如何にして勝つかが見えてこない。それは如何にキリカと名乗った少女が戦場を渡り歩き幾多の死線を乗り越えてきたかの証左でもあった。だが、彼女はまだ本気ではない。言葉に出さずともそれが二人の中の共通認識だった。先ほどまで使っていた武器も鹵獲武器だったことからも彼女は未だに本気で彼女たちを相手に戦っていない。志乃と香苗は内心でそう思っていた。
「……なるほど、これが勇者ですか」
手ごたえを確かめるかのようにキリカが呟くと今まで使用していた片手剣二本を捨て、新たにレイピアを二つ手に取ると、鞘を捨てて中に収められていた剣を手に取る。狙いを眼前にいる刀持ちの少女と銃使いの少女に定めようとしたところでキリカの近くに氷属性の光球が着弾する。
「志乃、常森さん!下がれ!」
狙いを定めた二人に交代指示を出しながら、敵であるキリカに勇者を筆頭としたパーティーが襲い掛かった。先頭を行くのは光輝。その隣を朱音と龍之介が固めている。一先ず相手の出鼻を挫くという意味合いで香苗が援護射撃。それに応じる形でキリカも自分の拳銃を抜いて反撃しようとするが、ナイトホーク1911を抜いた瞬間、彼女の銃がどこからともなく発射された矢によって彼女の手を離れる。鏃がスライドを貫通しているという尋常ならざる事態に対し、彼女は銃への未練を捨てる。暴発の危険性にくわえ、この状態ではもう拳銃としての機能は期待できない。
ナイトホーク1911が空中で青白い粒子となって消滅するのを見送る間もなく、彼女に肉薄する影があった。頭頂部が地毛である黒、半ばから金色になったプリンのような髪色をした少年。動きやすいよう防具類は最低限に留められ、両腕にはキリカの手甲とは別ベクトルの攻撃的なデザインをした籠手を装着していた。
そこから繰り出される左右のストレートを回避してキリカはお返しとして顎に一発叩き込む。勿論手甲は装着したままでだ。強烈な衝撃が彼の脳を揺らし、彼の思考が乱れたところで彼女は少年の首根っこを捕まえると数メートル離れた家の壁に投げつけた。意識を失った少年の身体が建物に叩きつけられ、力なく崩れ落ちる。
「さて……先程からある程度数は減らしているのですが、中々減りませんね」
周囲の兵士や勇者達の一団を見ながらその包囲の中心にいるキリカは小さくため息をついた。既に本格進攻を始めた皇国軍と勇者達のお守兼盾の教会騎士団に勇者達、その数は最大数よりも減ってはいるが、それでも二十人は優に超えている。
「そこの女、私と勝負よ!」
教会から支給されたのか赤と金糸の装飾が入った動きやすい服に身を包んだ気の強そうな少女が立っていた。隣には議会庁舎の会議室で見た二人の少年の姿がある。勇者の力を持つ少年とその仲間達だ。
「……なるほど、近接型ですか」
キリカが赤の服に身を包んだ少女、井川朱音を軽く見て彼女は判断する。メインの得物は右腕に装着した手甲。これによる打撃戦闘が彼女の基本戦術と考えていいだろう。案の定彼女は一気にキリカとの距離を詰めようと肉薄してくる。鎧の類を一切装備していないためにそのスピードは当然速かった。彼女が拳を突き出し、攻撃の予備動作に入る。単に拳による打撃を行うのではなく、インパクト時に手甲に装備されている増幅装置が彼女の攻撃を増幅し、『点』の打撃ではなく、『面』の制圧を行う攻撃が炸裂したのだ。
だが彼女の突き出した拳はキリカを捉える事が出来なかった。点の拳なら回避されてもやむなしと思うが、彼女が行ったのは面制圧の攻撃だ。それを回避するどころか彼女の拳の先にキリカの姿そのものが存在していないのだ。茫然と、何が起きたのかを理解しようとする朱音だが、戦闘中にそんな考えに浸る時間を与える彼女では無い。朱音の背後に現れたキリカが朱音に黒い手甲による攻撃を叩き込もうとしたとき、右から大剣を持った少年が、左から大型の刀の柄に手をかけた少女が迫る。
朱音への攻撃を即座に中止するとキリカは右から振り下ろされた坂口龍之介の大剣による攻撃を右のサイドステップで回避し、続く文月志乃が居合の構えから高速で抜かれた横一閃の斬撃を近くで倒れていた兵士の片手剣を引き抜き、相対速度を合わせて弾き防御をする。この異世界で能力が元々の地球にいたころよりも更に上昇している志乃の居合に対応し、されるがままどころか弾いただけでも十分に化け物だ。
「この犬っころ風情がッ!」
龍之介の大剣が再びキリカに牙を突き立てんと迫る。頭に血が上っているのか、その動きは直線的で動きが予測しやすい一撃だった。横に構えた大剣の斬り上げから叩き下ろしの一撃はキリカを捉えるどころかかえって彼女に隙を作る結果となった。
「龍之介!」
そこに聖剣を持った勇者こと天霧光輝が踏み込みと同時に聖剣を横に薙いだ。キリカが攻撃を回避した直後に光輝の後ろにいた昌が氷属性の魔法、フリーズランスを三本連続で打ち込む。ほぼ無詠唱、それに信じられない大きさと鋭さを併せ持つ氷柱を何でもないことのように三連続で打ち出す連射速度にエステルは内心で驚くが、それを表に出すことはしない。
空気を切り裂く音が響き、氷柱が硬質な音を立てて石畳に突き刺さる。即座に氷柱は溶けてなくなるものの、狙いであったキリカの姿はない。
この世界に来て著しく身体能力が上昇し、元の日本にはなかった概念の『魔法』を身に着けていた彼らが、たった一人の少女にいいように翻弄されている。そして肝心のキリカと名乗った少女はいつの間に移動したのか、倒壊していない建物の屋根の上に立ち、月を背にしながら彼らを見下ろしている。
彼女のメイン職業は味方を守り、敵の攻撃を通さないガーディアンと呼ばれる職業だ。ファンタジーものには定番の重戦士や重騎士といった重厚な革鎧や煌びやかな金属鎧に身を包み、大盾に槍や片手剣を持ったスタイルが一般的だが、彼女の場合は防御を徹底的に捨て、攻撃と機動性、この二つに重きを置いている。彼女自身に与えられた武装も味方を守るわけではなく、敵をいかに早く、素早く、大量に殲滅出来るかを優先した装備だった。
「……この装束も久しぶりです。では、参りましょうか」
転瞬屋根を蹴り、彼女がまっすぐ降下する。投身自殺のような受け身を取らない姿勢で降下した先には一人の皇国軍兵士がいた。その兵士の首筋にレイピアを突き立て、兵士で落下の衝撃をすべて受けさせると彼女は視線を光輝達へ向ける。
「う、うぉぉぉおおおおおっ!」
一瞬だけ気圧されはしたものの光輝達は数に物を言わせてキリカへ斬りかかる。魔法の詠唱が開始され、炎や水球、雷や風の刃や槍など攻撃的な心理が具現化したかのような攻撃が始まった。単一の敵に対し、この攻撃は明らかにオーバーキルの類だ。だが、彼らの中にある怖れがその意識をなくしている。勇者だ何だと持て囃されていても、それ以前に彼らは一人の人間であるが故に死の恐怖が彼らを攻撃に駆り立てている。
文字通り息つく暇もないほどに発射されていく。だが、キリカはそんな荒れ狂う魔法の嵐の中でもあっても余裕を一切崩すことなく、ひょいひょいと回避し、突撃する光輝達との距離を詰めていく。互いに一歩も引かず、前衛がそれぞれの得物を構えた。中衛……槍使いが槍の穂先を揃えて、相手の攻撃が届く前に仕留めるという槍衾を作るという選択肢もあったが、狭い市街地だということに加え、キリカ自身が持つ獣の身体力を十全に生かした立体機動戦術に対応できず、逆に一ヵ所に固まっていることで格好の獲物にされ、一方的に狩られるという可能性もゼロではないために、中衛……両手剣や槍、棍棒など重量があったり、長い柄を持つ武器を持つ勇者達は前衛といつでもスイッチ出来るような陣形でキリカに向かっていた。
かくして双方が激突する。最初に飛び込んだのは両手に短刀を持った少年だった。革製の鎧に身を包んだその姿はファンタジー小説に登場する盗賊と形容するに相応しい外見で、素早い身のこなしを生かして側面に回り込むと逆手に持った大振りな短刀でキリカを切りつける。だが……
「太刀筋に迷いがありますよ?」
拾いもののレイピアで短刀の攻撃をいなしながら彼女は短刀を持つ相手に言葉を放つ、戦闘はそれぞれが持つ技巧を駆使していかに勝利するかも重要だ。事実数十年前までは騎士同士による名乗りの後に大軍と大軍がぶつかり合うという形式の戦闘が大陸各地で多く見られていた。だが、冒険者が本格的に戦争の歯車として……傭兵として国家間や勢力に雇われ、戦争活動を開始すると大陸各地で戦場の様相は大きくその姿を変えた。今までは魔法によって傍流に押しやられていた銃火器……ライフル銃や大砲といった個人の資質に由来する魔法的要素を使わない、魔法の使用に優劣がある者でも問題なく使用できる武器や兵器の本格的な実戦投入が始まった。
もちろん兵器レベルで変革が始まったわけではなく、戦争における戦略や戦術も変化し始めた。これまでの大軍同士が何の策もなく激突するような戦場は減少し、地の利や罠を仕掛けたりといった騎士道を無視した戦術……代表的なものは『夜討ち朝駆け』というような敵が寝静まった時間やまだ準備が整っていない朝方に戦闘を開始するという「名誉?騎士道?何それ食えるの?」を体現したかのような戦闘が多くなった。
アースガルド大陸では今、これまでのような騎士が名乗りを上げる儀礼的な、誇りを重んじる戦場がある一方で、純粋に勝利を目指した戦略、戦術を駆使した戦場が出現しつつあるという、誇りと実利が混在した戦場が生まれつつあった。
閑話休題、彼女が行っているのは後者、純粋に勝利を得るための一環である『揺らし』と呼ばれる戦法……と呼ぶほどでもない、どちらかと言えばテクニック、小手先の技の類だ。相手の中にある良心の呵責や迷い、戦闘や死に対する恐怖、それらを口に出し、相手の攻撃の意思を削ぎ落し、戦闘の主導権を握るという個人レベルの戦闘スキルの一つをエステルは目の前にいる少年に使っていた。おそらく魔物……ゴブリンやオークといった二足歩行でありながらどこか人の特徴を持たない生物は殺したことがあっても純粋な人型……キリカのような人に近いけれども獣の特徴をどこかに残す亜人や死なない……死ねない身体を持つ冒険者といった人と相対する対人戦は初めてなのだろう。彼らが手にしているのは木剣や訓練用の武器ではなく、振り回せば人を傷つけ、最悪誰かの命を奪うことが出来てしまう『凶器』としての面もある。
キリカは今回、その人相手に武器を振るう相手が持つ躊躇いをつついたのだ。武器が人を殺すのではなく、人が人を殺す。その意識を言葉によって増大させ、自分の命を預ける武器に対する恐怖、その武器を使って戦う戦闘に対する恐怖、そして自分の命を預ける武器が誰かの命を刈り取るという殺人に対する恐怖を植え付け、発芽させ、最終的には花を咲かせる。今回の段階では最終の『咲かせる』段階まではいかないものの種はまかれ、既に芽は伸びつつある。後は彼の心の中にある恐怖を土と水にして育っていくだろう。
「大島、下がれ!!」
短刀を持った少年と入れ替わるようにして白い鎧に身を包んだいかにもな少年が飛び込んでくる。彼の手に握られているのはアステル皇国が所有する聖剣の中でも高位な名剣である『聖剣・グラムブレイズ』。青白い炎を纏うことも可能なこの剣は滅多なことでは外に出されない武器でもあった。それを勇者に持たせている辺り、アステル皇国がいかに勇者の召喚に投資しているかが理解できる。先行投資の分だけでも既に莫大な予算や資源が消し飛んでいるだろう。これが一人二人ならまだしもアステル皇国が召喚したのは勇者四十人……勇者の職業を持っているのは近づいている少年を含めた五人だが、それ以外の召喚者に対しても勇者と同様の装備を与えている。その点からみても、アステル皇国が来るべき第二次大陸大戦の準備と主導権確保のための準備に余念がないことが伺えた。
――そんなことを考えている場合ではないですね
頭から政治的な考えを切り離すのと、光輝が左手を前に出すのはほぼ同じだった。勇者にしか扱えない魔法……議会庁舎の中にあった郷土資料保管施設の中にあった伝承によれば、勇者は聖炎と呼ばれる特別な魔法が使用できるらしい。冒険者ともこの世界の魔法とも異なる、独自の系統を持つ選ばれた者にしか扱えない魔法。通常の魔法の発動媒体である杖なしでも発動するという特異極まりないものだった。
「光よ。我が力を糧として聖なる炎を以て我が道を作れ、聖火焔!!」
通常の魔法とは異なる赤い炎……ではなく、彼が伸ばした左手から竜の如く伸びたのは青白い輝きを持つ炎だった。それがキリカを飲み込む……かと思いきや、彼女は三角跳びの要領で壁を蹴って空中に身を躍らせる。咄嗟の判断に光輝が反応するよりも速くレイピアの一閃が彼の左手に届こうとする。
だが、そこは伝説の勇者と言うべきか。攻撃が直撃しそうになった直前、白い光の障壁がキリカの一撃を防ぎ、それどころか彼女が使用していたレイピアの刀身が半ばから折れて砕け散ったのだ。
「……これは予想外です!」
ふわり、と地面に着地すると、彼女は右手に持っていた刀身が半ばから折れたレイピアを暫し眺めると残った左手のレイピアも投げ捨てた。そして彼女の手の中に一本の剣が姿を現す。全長は一メートルほど、金色の幅広の刀身に護拳、黒い刃に柄という剣が彼女の中に現れた。剣の柄の部分には青く輝くを放つ宝石のようなパーツが埋め込まれている。
キリカがそれを頭上に掲げた。光輝達も何が起こるのかを固唾をのんで見守っている。ここで攻撃するという選択肢もあったのだが、彼らはキリカが放つ気迫で動けずにいた。
剣を掲げてから数秒後、掲げた剣の周囲に次々と剣が現れ始めた。形状は彼女が右手に持つ剣とおなじ、金色と黒に青く輝く発光部が特徴的な剣。それらが傘のように斜めの状態で掲げた剣を中心に回転する。そして十二本の剣が傘を描くかのように回転する。次第に傘の梁のように斜めに傾いていた剣は垂直に角度を変え、そのまま左右六つずつに分かれて展開した。そこでようやくキリカは掲げていた右腕を下げる。
これがキリカの能力の中で一番尖っている能力、再生能力と獣の力という亜人種には有りがちな能力を持つ彼女が持つ凶悪にして強烈な固有能力『十三刀流』。宙に浮かぶ自立行動可能な剣を持ち替え、操って戦うという能力を彼女は持っていた。
「さて……参りましょうか!」
左腕を横に伸ばし、剣に指示を出す。角度を変えた剣は、まるで剣自身に意思があるかのような軌道で光輝達に左右から襲いかかった。これが彼女の使用する武器、洒落にならない攻撃力と殲滅速度を兼ね備えた彼女の武装。彼女の主に言わせるのなら『攻撃は最大の防御』を具現化させたかのような戦いをするための装備がこれだった。
剣が行うのは意識していない部分への一撃離脱戦法。一度切りつけると即座に離脱し、別の相手を襲う。傷は深くても浅くてもどちらでも構わない。相手が疲労し、全方位に集中しなければならないような状況を作るか、自律駆動する剣に気を取られている間に彼女本人や別の剣が攻撃を仕掛けるという方法もある。
相手にどんな攻撃が来るかを想像させ、思考が定まっていない状態に陥らせてからの攻撃。卑怯と謗られ様とも、チートだといわれようとも、これが彼女の持ち得る最高の能力なのだ。そしてそれを出し惜しみする必要はもうなくなった。例え相手が勇者であろうとも、彼女は敵対する敵を殲滅する。その決意の表れとも取れるのが、この十三刀流用の装備だった。
「くそっ!」
革製の鎧に銀色の肩当てをした少年が剣を突き出す。ある程度威力の乗っていた攻撃はしかし、キリカに剣が届く直前で跳ね上げられた。宙に浮かんでいた剣の一つ掴んで右手は順手、左手は逆手持ちという変則的な二刀流で襲い掛かる。跳ね上げられた剣を持っていた少年の胸を右手の剣が浅く切り裂き追加で左手の剣による攻撃が逆袈裟斬りで追加される。痛みに顔をしかめる少年を蹴り飛ばし、別方向で魔法を詠唱する準備に入っているローブをまとった少女に空中で待機している剣に指示を与える。命令を受けた剣が少女に襲い掛かって詠唱妨害、斬り付けた剣を追い払おうと躍起になって杖を振り回している。
「舞い踊れ、スクランブルブレイズ!」
キリカが高らかに宣言すると今まで一撃離脱戦法を主体としていた金色の剣が行動パターンを変更。一見規則的に見えつつも、その実少しだけタイミングをずらした性質の悪い攻撃が始まった。左手に持った逆手持ちの剣を持ち替えると地面を蹴って距離を詰める。大混乱に陥る前衛を崩し、中衛が突き上げる槍の穂先や突撃槍の攻撃を空中で身をひねって回避。空へ向けて打ち上げられる魔法を最低限回避し、中衛と後衛の隙間に身を落とす。同時に攻撃を行っていた十一本の剣に彼女自身を守るよう命令を下すと、剣が上空から彼女を守るように円形に展開する。
「うぉぉぉおおおおおっ!」
一時的に守勢に回った光輝が己を奮い起こすかのように叫び声を上げると聖剣を構え、キリカに襲い掛かる。
「攻撃パターン、EからJへ。敵をスポット攻撃ッ!」
キリカが一時的に左手の剣を離し、左手で光輝を指差す。その叫びに呼応して四本の剣が光輝の進路を妨害するために飛翔する。だが、彼はキリカが指示した剣の攻撃を驚くべき方法で回避しきった。聖剣を使用してその軌道を変更させ、エステルが攻撃命令を下した剣を後ろへ受け流したのだ。剣側は命令が変更されたわけではないので即座に追撃に移るが、すでに剣と光輝の距離、そして光輝とキリカの距離はあまりにも光輝にとって有利な展開になっていた。
光輝が剣を構え、詠唱の準備に入る。勇者達が勝利を確信し、全員が歓喜の叫び声を挙げようとしたとき、不意に横から現れた黒い影が、光輝に体当たりを当て、間髪入れずに白い光の刀身を持つ大剣が横一閃の軌跡を描く。聖剣が空中に打ち上げられ、鎧に身を包んだ光輝の身体が地面に落下する直前、黒い影が光輝の身体を蹴り飛ばす。『く』の字に身体を折った光輝が地面を滑り、瓦礫に叩き付けられて止まった。
そこにいる誰もが、新たに現れた存在を見る。勇者側は忌々しさ、敵意を隠そうともせず、ある者に至っては憎悪すらこもった視線を向ける。だが、それとは真逆の視線を向ける者もいた。キリカだ。彼女の視線には今まで会えなかった人へ向けての思いが籠った視線を黒い影に送っている。
「……ウォルフ改め、狼森将成。従騎士を迎えに来た」
名乗りを上げた影……将成は静かに、それでいて誰もが次の一手を打つことを躊躇するような声で目的を告げた。
一存、礼と別れて将成は単独で屋根の上を走っていた。一存達と彼らの従騎士は議会庁舎で防衛をしている冒険者たちを港まで案内する役割を持っている。だが、将成はそれを後回しにしてもするべきことがあった。自分の従騎士キリカ・ブランシェットを探し出して合流すること。それが彼の目的だった。
撤退を告げる指示が下ってからは冒険者たちの多くが港へ向けて移動を開始している。それを追撃する形で葬儀社と帝国軍、そしてアステル皇国軍が熾烈な追撃を行っていた。飛行船を一隻投入しているだけはあって皇国軍は虱潰しに家屋や建物を破壊していく。屋根瓦が崩れる原因となる砲撃音と、建物が崩壊し、砕け散る地響きと乾いた音を聞きながら彼は三階建ての建物の屋根を蹴って宙に舞い上がった。着地地点を確認して降り立つと再び彼は走る。そのまま走り続けること数分、彼の耳に地響きのような音が聞こえてきた。だが、揺れているのは地面ではなく空気、音のする方向へ視線を向けると案の定飛行船が彼の頭上を通り過ぎて行った。同時に地面を歩く兵士たちの声も聞こえてくる。彼らはしきりに「勇者が~」という言葉が会話の中に断片的な欠片として入っている。将成は屋根の上からその兵士達を追うことにした。念のために『隠密』スキルを作動させ、誰かに追跡されないように準備してから将成は兵士たちを追う。幸いなことに戦闘場所はここから然程離れていない場所らしく、数回角を曲がるだけで簡単に着くことが出来た。そして彼らの目的地はランクネンの街中に円を描くようにして建設されている広場の一つだった。この街では区画整備が行われ、中央の行政区を中心に円を描くようにして六ヶ所、それなりの大きさを持った広場が存在している。区画整備と道の中継地点を兼ねた広場では一人の少女相手に数十人の兵士と勇者が絶え間のない波状攻撃を仕掛けていた。おそらくは数に物を言わせて攻撃し、一定間隔でスイッチし、別の部隊が攻撃を仕掛ける。そして相手が疲れ始めた段階で一斉攻撃に切り替えて殲滅するのだろう。人対人の戦闘ではなく、どちらかと言えば人対獣の戦闘に近かった。
そして広場の中央、石畳がめくれて地肌が露になった広場で敵を吹き飛ばしているのはくすんだ銀髪を顔の左サイドでおさげにした少女。その身に着ている服も暗紅色の軍服ではなく、気品がありそれでいて戦いの機能を失っていない服。そして両腕と両足に装備された黒い武具を見て彼は彼女が指示の通り彼女自身が持つ力を余すことなく発揮しているのを確認した。
彼女の足や腕に装着している鎧は嘗てこの世界に起きた『流星雨』の際に落着した金属をベースにレアメタルとコモンメタルを掛け合わせた次世代合金製の武具で、ちょっとやそっとでは傷をつけられない代物だ。純粋に単独でも圧倒的なスペックを誇るが、この装備はそれだけでは終わらない。手甲の下には両刃の近接ブレード展開機構なども備わっている。
彼女が襲撃してきた四人の兵士を瞬く間に切り裂くと剣を折りたたむ。そこで兵士達とは異なる装備に身を包んだ一団が動いた。後方で待機していた高校生ほどの少年少女達。身に包んでいる装備品や武器の類も周囲でエステルに攻撃している皇国軍兵士のものよりワンランク上、何らかの特性や能力が付与されているような気がした。将成は直感的に彼らが召喚された勇者なのだと理解する。あの数を相手にキリカ単独で戦わせるわけにはいかない。たとえレベルが低くとも勇者はそれを覆す素敵な能力が存在するのが古来からのお約束だ。
だからこそ自分は悪役として目の前で起きつつある戦いに参加しようと決める。勇者達の物語で幾度となく彼らの前に現れ、卑劣な手段で彼らを苦しめる悪役。全くもって自分に相応しい役割だ。尤も簡単にやられるつもりはない。勇者のレベルにあった負けが確定している悪役などは御免だ。例え相手側が低レベルでもこちらは容赦なく潰しに掛かる。何とも大人げない悪役かもしれないが、現実とは物語のようには進まない。自分の身の丈に合った敵役が出てくるのは御伽話や特撮ヒーローものの中だけだ。
地面に着地すると同時に勇者とキリカの距離を測る。数学は苦手だが、現状では彼女の方が不利だということが分かればそれでいい。大剣を振り回せば相手は追い払えるかもしれないが、キリカに当たる可能性も増える。それならば剣を振らず、体当たりで相手の攻撃を挫けばいい。そう判断すると将成は今まさにキリカへ聖剣を振り上げた勇者に体当たりを行うべく、地面を蹴った。周りで見ていた勇者の仲間らしき少年少女は何人かが気付き、勇者の少年へ声をかけようとしたが、それよりも将成の方が早い。声が届き、少年がその内容を頭で理解しようとした瞬間に体当たり。想定していない別方向からの攻撃には反応できない。バランスを崩し、不安な体勢になったところで将成の追撃、魔剣の柄頭で勇者の少年の手を打ちつけ、聖剣を彼の手から引き剝す。そしてとどめと言わんばかりに彼の腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。身体を『く』の字に曲げながら、勇者の少年は戦闘で崩れた建物に叩きつけられた。
「……ウォルフ改め狼森将成。自分の従騎士を迎えにきた」
自分でも意識していない内に感情のこもらない声で、彼はそう告げた。
ストックがそろそろ尽きそうな気がしてきましたが、出来る限り一週間に一話のペースで登校していきたいと思います。それでは、皆様の批評、感想等をお願いいたします。