攻守交代
今週分です。
港に戻ってきた光輝は直ぐにクラスメイト達を集めると議会庁舎での顛末を話した。冒険者は結局彼らの指揮下には加わらず、今後も単独での戦闘を続けるという。避難民は既に王国海軍の輸送船が到着し、現在は三隻目の船に避難民を乗せている最中だ。
「……やはり、冒険者は従わせるのは無理だったか」
光輝達の護衛と指南役を兼ねて教会騎士団から派遣されたヴィルヘルム・ランドルフは予想通りという顔で後期の話を聞き終える。彼自身戦場で冒険者の姿を幾度となく見てきた。彼らに好意的に接する者、見下したかのように接する者、それこそ冒険者に取ってその反応は千差万別だった。彼より高齢そうな老人から年端もいかないような子供のような外見、或いは追う国内では忌避の対象となる獣の特徴を持った種族など、それこそ様々な『冒険者』というものを彼らは見てきた。
今回聖光教会の保有する教会騎士団からヴィルが連れて来たのは戦士十五人、聖騎士五人、狩人五人、神官二人の総計二十七人。これに勇者が加わって現在六十人余りが港に集まっていた。既に馬車や幌なしの荷車に載せて避難民の多くは街からの脱出を開始している。
「俺達はあいつらに舐められたんだぞ!今すぐブチ殺すべきだ!!」
「それをやってどうなるのよ。実際付いて行った貴方たちなら彼らの実力がどれほどのものか、理解できた筈よ!!」
積極的に冒険者側へ攻撃を訴える龍之介に志乃が吼える。どちらかといえば頭に血が上りやすい性質である龍之介もそうだが、朱音や光輝までもが義憤に駆られて冒険者へ積極的に攻撃しようと叫んでいるのだ。
「志乃もあいつらのこと見てないからそう言えるのよ!最初から私達をバカにするような言い方してたし、光輝が避難民を助けるために指揮下に加わってくれって言ったらなんていったと思う?見返りを聞いてきたのよ!!」
憤慨する朱音に同調するかのように服数人の兵士たちが頷いている。
「おまけに帰りは襲撃されたからね、正当防衛ってことで何人か追い返したのよ」
朱音が続けて口にした言葉を聞いた瞬間、志乃の動きが止まった。
「待って朱音……今、冒険者を倒したって……」
「そうよ。襲ってきたのは向こうだから正当防衛じゃない!!」
朱音の物言いに光輝や龍之介も頷いている。その態度に志乃は頭を抱えたくなったが、今はそれよりもすることがある。
「おい、言い争ってるところで悪いが、避難民の収容が完了したぞ。既に船は出た。後は俺達だが……どうするんだ?」
港に集まっていた避難民が全員船に乗ったことをヴィルヘルムが報告してきた。桟橋の方を見ると、舫い綱を解き、係留されていた船が出港していくところだった。後は自分たちが脱出する番だ。
そう切り替えて視線をある方向へ向けると……不意に一人の着物を着て、黒と金の刺繍が施された陣羽織を羽織り、冬でもないのに真紅のマフラーを巻いた男が彼女達の会話を見守っていた戦士の後ろに立つ。長い黒髪を一本に束ねた侍のように見える男。年齢は二十歳前後だろう。そして男の腰にあるのは眼に見えて禍々しい雰囲気を放つ打刀。そして男の右手が刀の柄に触れる。
その動きは長年剣道をしていた志乃にでさえ、剣閃が残した光しか見えなかった。後ろに立たれた戦士の首が横一文字に切り裂かれ、首がごろりと地面に落ちる。血が間欠泉のように吹き上がり、命令系統を失った首から上のない身体が地面に倒れた。あたり一面にむっとするような鉄の臭いが立ち込める。そこでヴィルを始め勇者達は何が起きたかを理解するに至った。要は敵が攻めてきたのだ。
「きゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」
絹を裂くような悲鳴を上げながらクラスメイトであり、治癒術師の職業を与えられた小谷美弥子がへなへなと地面に座り込む。他のクラスメイト達も眼前で起きた死に何も出来ずに見つめているだけだった。
「はて、此処に居る奴らは随分と腑抜けて居るな……それに、カーソルの色が異なる……御主等、冒険者ではないな?」
時代掛かった口調で喋る侍は血が滴る刀を振り払って血を落とす。そして侍の隣に白と黒のゴスロリ衣装に身を包んだ少女が降り立った。右目には白いハートが描かれた眼帯。見た目こそ愛らしい外見の少女だったが、問題は彼女の持つ武器で、料理に使うような包丁をそのまま武器のサイズにまで大型化したものを両手に一本ずつ持っている。
「震電、こいつら噂にあった勇者じゃない?」
「ふむ……まだ裏の取れていない情報ではあったが、件の話は真であったというわけか」
「あとうちのボス曰く『味見程度なら桶だけど、まだ手を出さないように』だってさ」
「承知した。ボスの指示であれば従おう。してリズはどうする。某は味見程度でも構わぬのだが」
「私もそりゃー味見くらいはしたいかな?」
少女が快楽殺人鬼のような笑みを浮かべながら包丁をくるくると回す。柄には滑り止め用に包帯が巻かれ包丁の刀身を良く見ると赤い血液が滴っている。
「そうか、では参ろうぞ」
「おっけーい」
語尾に音符が付きそうな調子でリズと呼ばれた少女が答える。その瞬間、今まで立っていた場所から二人の姿が消える。光輝達も今まで迷宮のモンスターを倒すことでレベルアップし、それなりに能力が上がったとはいえ百二十レベルの冒険者を相手取るには明らかに不足していた。そして次に震電と呼ばれた男が現れたのは先端に宝石の填められた杖を持つ神官の前。リズも同様に神官の前に立つと月光をあびて凶悪な輝きを放つ包丁で神官の鎧ごと斬り裂いた。震電も同様に神官を袈裟切りにすると、近くにいた聖騎士も鎧で覆われていない部位に一太刀叩き込む。神速と呼んでいいほどのスピードで放たれる高速の斬撃に聖騎士は為す術なく倒れこむ。
「リズ、妙だぞ。某の聞いた話では攻撃された者の内、数人は射殺された筈なのだがな」
「あ、それは私も思った。でもここにいる銃持ちってあのクソでかい対物狙撃銃ぐらいなもんだよね」
攻撃の最中であっても二人は会話を止めない。そして二人が事前に聞いていた話から推測するに勇者の中に減音器持ちの銃を持った勇者が居るのかと思っていたがそうではない。彼らは勇者にやられたのではなく……
「街の中に狙撃銃持ちの誰かがいたんじゃない?」
「ふむ、それの方がしっくり来るような気がするな」
二人が一度合流し、そう結論付けた瞬間、遠くから銃声が響き、間が空いて二人の足元を削るように着弾した。
「……あれはタレットかリモスナ持ち……ってことは震電、次、本命来るよ!!」
リズが注意を促した瞬間、震電が飛び退り、数秒前まで彼がいた場所に着弾の煙が上がった。先程の攻撃よりとは別方向から攻撃されたのだ。
「感謝するぞ、リズよ」
「貸しイチだからね」
リズが震電に返すと、二人が射撃のあった地点へ視線を向ける。襲撃者側が余所見をしているとはいえ、勇者達は攻撃できる状況ではなかった。何せ護衛とはいえ五十レベル近いヴィルヘルムの護衛を三人、瞬く間に殺してしまったのだ。例え自分たちに有利な条件であってもこちらが攻撃すれば相手は着実にダメージを与えてくる。光輝達が相手にしているのはそういう類の敵だった。光輝達が身構え、いつでも戦えるよう身構えたとき、不意に二人が右手で虚空の一部に触れる。同時に右手を右耳に当てるとどこかへ向けて話し始めた。冒険者に関する情報として彼らは彼ら独自の連絡手段……念話と呼ばれる通信機能を持っているらしい。戦闘中にこちらを見ることなく通信するなど彼らを舐めきっているとしか取れないが、それでも彼らは攻撃することが出来なかった。一見攻撃には恰好のチャンスだと思えるが、相手はたとえ通信中であろうとも武器を抜いて彼らを迎え撃てるよう準備している。何の準備もしていないように見えているが、彼らから発されている剣呑な空気に光輝達は剣や杖の柄を握るといった動きは出来たものの、攻撃まで出来る者は皆無だった。だが、放つ空気に反して目の前に立つ二人組の会話はどこか緊張感が欠けるようなトーンだった。
「ボス、あのちびっ子をやったの多分こいつらじゃない。腕利きの砂がいるよ」
「某が言うのもあれだが……何処か物足りん感じだ」
「私も同じかな。もっと死に物狂いで戦って欲しい」
誰かに向けて震電とリズが答える。察しのいい数人はここで誰が話題に上がっているのかを即座に理解した。彼らはおそらく小手調べ程度で彼らが集まっているこの場所へやってきたのだろう。だが、彼らが下したのは剣を交わすことなく、外見だけで判断した結果を報告している。確かにクラスメイトの過半数はこの世界に来てから初めて武器を取った者が多い。武道系……空手部や柔道部、後は家が剣道場の者もいるがそれでも大きな大会に出たぐらいで真剣や敵を殺すための装備で実戦経験をしたことなど全くない。だが攻撃をするどころか数分彼らを見ただけでその判断を下すのは光輝達の実力を完全に舐めきっているとしか思えなかった。
「おい、待て……」
「では某はこれにて」
「じゃーねー」
龍之介の言葉に被せるようにしてそれだけ伝えると二人が同時に円筒缶を投げ捨てる。地面に転がると即座に白煙が周囲一帯を覆いつくした。
煙玉がその効果をいかんなく発揮し、周囲を白煙が覆い尽くす。数秒後にクラスメイトが風の魔術を使い、煙を吹き飛ばすがそこには二人の姿はなく、後に残されたのは理解の追いついていない勇者達だけだった。だが、そこへ避難民と共に陸路で脱出しようとしていたヴィルヘルムの部下が傷を負いながら戻ってくる。
「おい、キャンメル!!どうした!!」
「隊長、帝国軍が侵攻を始めている……今どの門も安全じゃない上に奴ら民間人も容赦なく殺してる……ロイズとヴェロンは殺られた」
息をするのも精一杯という彼がそこで地面に倒れる。クラスの中にいた『治癒師』の職業を持つ、河上眞子が杖を片手に近寄ると彼へ回復魔法を施し始めた。
「光の加護の下、汝の傷を癒したまえ“光療”」
その言葉が眞子から発された瞬間、白い燐光と共にキャンメルと呼ばれた部下の身体へ白い燐光が降り注ぐ。すると苦悶の表情を浮かべていたキャンメルの傷が早送りでも見ているかのように消えていき、彼の呼吸も穏やかなものへとなっていく。
「これで大丈夫。でも傷が癒えてても無理な行動はダメよ」
「ああ、助かった……それと忘れてたがこれを」
つい数分前まで出血多量で死んでもおかしくないような傷を受けたにも拘らずの治りようを見てキャンメルは改めて彼らが勇者なのだということを痛感した。そして思い出したかのように懐から手紙を取り出す。所々が赤い血によってにじんでいるが、読めないというほどではない。
「なるほど、皇国は正式にランクネンを皇国領内にするために奪還作戦を発動するそうだ」
手紙を読み終えたヴィルヘルムが集まっている勇者達にそう話を切り出した。つい数時間前に会議にて過半数の貴族、王族に承認され、即座に発動した作戦だという。ランクネンをアステル皇国へ吸収合併し、己の国土ということになれば正式に軍を送り込む名目になりえる。現在皇国陸軍と皇国海軍がこちらへ向かっているとの事で、勇者達にはその先頭に立って欲しいとの指令もあった。
「うっし、じゃああいつらからこの街を取り返せって事だな」
「どうしてそこまで短絡的なのよ。龍之介。冒険者側に不利だと思わせるよう仕向けて撤退させる……作戦指示書にはそう書かれている筈ですよね?」
龍之介の言葉に志乃が即座に訂正を入れるとヴィルヘルムに確認を取った。
「ああ、の言う通りだ。冒険者に関してはなるべく状況が不利だと判断させて撤退させるよう指示がなされている」
ヴィルヘルムが読み上げると一応は龍之介も矛を収めた。だが、その顔は反撃する気を隠そうとはしていなかった。他の勇者達も大なり小なりに多様な表情だ。だがそれも仕方ないとヴィルヘルムは思う。何せ勇者だ何だと祀り上げられてはいるものの、彼らはまだ十代後半の少年少女たちなのだ。血気盛んで向こう見ずで無謀なところがあるからこそ、反撃のチャンスをうかがっているのだろう。
そこで空へ三発の光が撃ちあがった。色の順番は青、緑、赤、王国軍の魔法使いの誰かが照明呪文で打ち上げたのだろう。あの呪文が意味するところは一つ、作戦開始の合図だ。
「さあ、話し合いもそこまでだ。作戦開始だぞ!!」
腰に差している剣を抜くとヴィルヘルムが全員に聞こえるような声で吼えた。その言葉に合わせるようにして集まっている勇者達が臨戦態勢に入る。
ランクネンでの動乱はいよいよ最終局面に差し掛かりつつあった。
それでは感想、批評等お待ちしております。近いうちにもう少し追加するかもしれません。