71.すなおじゃないの
「ダン、どうして?」
「この石を使えば、新しい戦術が生まれる。精霊術の発展したこの国でも、君の能力は飛び抜けている。道具があれば人は使い方を考える。そして、使うときを考えるんだ」
リーヴェル国は、数十年戦争をしていない国だ。
近隣諸国とも問題なく交流があり、戦争を仕掛ける相手すら思い浮かばなかった。
「誰と、戦争するの?」
「フィリア。それは僕らが考えることではない。内乱かもしれないし、他国かもしれない。それは仕掛ける人の問題だ」
「ダン。考え過ぎかもしれない」
私がそう言うと、ダンはくしゃりと顔を顰めた。泣きそう。なんで?
「フィリア。僕は君に、道具になってほしくない。僕は、……自由奔放で我が儘なフィリアでいてほしいんだ」
「我が儘じゃないもん」
頬を膨らませて抗議すると、少しだけダンは笑ってくれた。
「……フィリア、考えて。そのときが来たら、言って」
最後に、ダンは頭をポンポンと叩いた。
ダンのずるい優しさはこういうところだ。『逃げる』ことで、周りに及ぼすだろう影響については一言も触れなかった。
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二人の様子を、三人でじいっと観察していた。
ダンに抱きついたフィリアお姉ちゃんを見送ったあと、テオは「フィーリ、うれしそう」と言った。デンカは「あの野郎、よくも僕のフィリアに」と言った。
同じものを見てるのに、思ったことが違うだなんて、面白いわ。
「男の子って、すなおじゃないのね」
フィリアママの言葉を真似して言ってみると、デンカにポカンと頭を叩かれたの。
「…いたい」
「デンカ、レイア泣かした」
「う、嘘泣きだろう!そんなに力は入れてない!…痛かったのか?」
「ちょっとだけだから、大丈夫」
私の言葉に、デンカはほっとしたようだ。
「デンカ、すなおじゃない」
……テオの言葉には、本気で殴ったみたいだけれど。
フィリアお姉ちゃんをもう一度観察してみる。
あら?ダンが木の向こうに連れていっちゃった。
これじゃ、二人の様子が見えないわ。
「………お話、ながいのね」
私は噴水のなかで、足をぱちゃぱちゃと動かす。
腰まで鱗に覆われた、長い下肢。今日はドレスシャツだけ着ているから、足をいくら濡らしても大丈夫なの。
テオみたいに、ヒレの切り込みは鋭くないけれど、私も上手に泳げるのよ?
「デンカ、見す」
「テオ!黙ってろ!」
テオの話している途中に、デンカがまたぽかんと頭を殴った。
「デンカ、テオになにするの!」
「いや、レイア、これはテオが悪くて」
「俺、なにもやってない」
「そうよ!叩いたデンカが悪いのよ、めっ!」
ぷんっ、と私はデンカに背中を向けた。
ひとを叩いちゃいけないって、フィリアママに教わらなかったのかしら。
私はデンカに背を向けたまま、木の向こうにいったフィリアお姉ちゃんとダンを待ってたの。
はやくお話終わらないかしら?
私だって、お姉ちゃんとお話したいこといっぱいあるのよ?
「ねえ、テオ。お姉ちゃんといっぱい喋ろうね」
「はなすのは、レイア。僕はみてる」
「テオ、ヌシに勝ったことは話していーい?」
「これ、持ってきた」
テオは、ふふんと鼻息荒く、私の手のひらよりずっと大きい牙を取り出した。
わあ!やっぱりテオはすごいわ!
こんなに大きなもの、私持てないもの!
「……テオ。海獣の牙なんてどうやって回収できたんだ」
「デンカ、ばか?折った」
「馬鹿はそっちだ!そんなぶっとい牙普通は折れないんだからな!」
男の子達の会話って、ときどき分からないの。
牙を挟んでテオとデンカが言い合っているわ。どうしてデンカはすごいって言えないのかしら。
私は木の向こうをじぃっと見ていたの。
しばらくすると、フィリアお姉ちゃんがこっちに向かってやってきたわ。
その少しあとから、ダンも。
「……フィリアお姉ちゃん…?」
どうしてそんな悲しそうに笑うのかしら?
テオが、ぎり、と牙を鳴らした。
「ダン、泣かした」
そっか、フィリアお姉ちゃん泣いてたのね。どうして?
ダンは、私やテオにもとっても優しい。フィリアお姉ちゃんには、特に優しい。
なんで泣かせてしまったの?
ダンが、少し俯きながら、こっちにやってくる。
ダンの、少し赤い目を見て、私は「そっか」と呟いた。
「ダンも、すなおじゃないのね」
だいすきだって、言えばいいのに。
さみしいよって、言えばいいのに。
私は、いっぱい伝えようっと!
「フィリアお姉ちゃん!あのね、レイア、いーっぱい、お話したいことがあるの。聞いてくれる?」
「も、もちろんよ、レイアちゃん!…ああ、テオくんも、どうしたのその牙!はあぁっ、ま、まさか……駄目よフィリア落ち着きなさい。落ち着いて。すぅ、はぁ。すぅ、はぁ」
「これ、ヌシの牙」
「ああっ!テオくん、すごいわ!怪我はしなかった?!」
「怪我しない、大丈夫」
「テオ!私がお話するんじゃなかったの?」
「ああ、そうねレイアちゃん!いっぱいお喋りしましょう。ま、まずはお膝のうえに…」
「フィリア!駄目だよう、ドレスが濡れちゃったら、侍女達に何があったか勘ぐられるよ?」
「で、殿下……そうですよね。時間も限られていますし」
私とテオが、お姉ちゃんにぎゅうっと抱きつくと、お姉ちゃんはようやく顔を真っ赤にして笑ってくれた。
そうよ、お姉ちゃんはこうでないと。
デンカってば、お姉ちゃんの前ではタイドが違うのよ。
「フィリア」
ダンが名前を呼ぶと、フィリアお姉ちゃんはびくっと肩を震わせた。
「……少しぐらいなら、濡れても精霊達が乾かしてくれるだろ。久しぶりだから我慢しなくていいんじゃない?」
ダンがそう言うと、フィリアお姉ちゃんはほっとしたみたい。
「そうね、ダンが言うとおり。……レイアちゃん!テオくん!さあ、遠慮せず私の膝にっ……ぐふっ」
「うん!お姉ちゃん、あのね、この間レイアね……」
フィリアお姉ちゃんの膝にあがって、私はぎゅうっと抱きついた。
レイア、フィリアお姉ちゃんに、いっぱい大好きを伝えるの!!




