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70.ダン=ヴァネル

「ダンッ……!」


ダンに向かって飛び込んだ私は、そのままぎゅっと抱きついた。

ああ、ローブ越しに感じるこのもふもふ感。間違いなくダンだ……


ダンだよ!


「うっ…ダン〜…」

「ああ、フィリア、どうしたの。鼻水つけないでね」


泣き出した私の頭を、ぽんぽんとダンが撫でてくれる。

だって学院での事件以来、ダンにきちんと会っていないんだから。三ヶ月近く、連絡も取れなかったんだから…。


「鼻水なんかつけません!大人の淑女(レディ)なのよ…」

「はいはい、素敵な淑女だもんね。よく、頑張ったもんね」


顔をぐりぐりとローブに擦り付ける。鼻水はつけないけど、涙と化粧がつくのは許してください。

これまでだったら、抱きついてもすぐに離れていた私ですが、なんだか今日は離れられません。

すっごい、安心する。


「フィリア…?あの、そろそろ」

「そろそろじゃありません、まだまだです」


頑なに離れようとしない私ですが、さすがに離れますよ?大人ですから。あと少しだけです。


「……少し、痩せた?」

「わかる?!侍女達に毎晩毎晩鍛えられて、食事制限もしているから、ちょっとくびれが出てきたの!」

「いやいや喜び過ぎだから」


ダンは呆れたように呟くと、私の体をべりっと引き剥がして、頭から足元までじっと見た。

「怪我もないね?体が元気なら、よかった」


にこっと微笑むその姿は、昔から私の面倒をみてくれたダンと何も変わらない。

一番恐れていたことがなさそうで、私はほっとした。


「よかった…。ダンと会えない間、ダンがもうフィリアのことはいいやって、なるんじゃないかって、気にしてた…」

「何言ってんの。もういいやってなるくらいなら、とっくの昔になっているよ。どれだけ側にいたと思ってんの」

「ごめんなさい〜…」

「ほら、泣かない」


ダンはローブのなかから出した手巾でごしごしと私の顔を拭った。ダンがいつも持っている白の手巾。

そういえば何で白なんだっけ?


私がダンにされるがままにしていると、大きく咳払いが聞こえた。


「フィリア!僕がまだいるよ!忘れちゃ駄目だよ!」

「デンカ!じゃましちゃ、めっ!」

「デンカ、ばか?」

「馬鹿じゃないだろう!今日のこの場を誰が用意したか、ちゃんと覚えているのか!」

「デンカ、レイアとの約束守ってくれた!あとでいーっぱい、頭なでなでしてあげるねっ」

「デンカ、単純」

「テオ黙れ!レイア、約束は秘密だ!」



「レイアちゃん!テオくんっ!?」


え?何ですか今の可愛いやり取りは。

エンジェル?本当に天使が舞い降りたの?それとも私が喜びのあまり脳内昇天??


振り向いた私の目には、噴水のなかからこちらを覗くエンジェルズの姿が!

ああ、そんなところに隠れていたの!


「フィリアお姉ちゃん!会いに来ちゃった!」

「フィーリ、待ちあきた」


記憶よりも少し髪が伸びた二人のエンジェルズ。

てへ、と笑うレイアちゃんと、無表情ながらもその尾びれをフリフリ振るテオくん。

私……死ぬなら今かも!


「フィリア?今日はさすがに鼻血出して倒れないでよ?二人がどうしてもと言うから、内緒で連れ込んだんだ。見つかるわけにはいかない」

「そ、そうなのね…二人とも、よく潜入できたわね」


「魚にまみれて来た」

「私はデンカのかばんのなか!」


え?!テオくん、それはもしや厨房行きの荷車では…


「フィリア!この二人は僕が苦心して入れたんだ。帰りもしっかり送り届けるから、安心してね」

「まあ、王太子殿下…。なんて、頼もしい。ありがとうございます」


私は王太子殿下に向かって、深々と膝を曲げて礼をした。

貴婦人のする最敬礼だ。

陛下も知らない、殿下だけが知っている私の秘密。知られたときはどうしようと焦ったけれど、今この瞬間は、ただただ感謝に尽きる。


「フィリア、用意できた時間は長くはない。もし、伝えることがあるなら、早く」

王太子殿下の言葉に、懐中時計をポケットから取り出すと、今の時間をしっかりと記憶した。

「分かりました。ありがとうございます、殿下。ダン、教えてほしいの」

「分かった、フィリア。…ちょっとこっちに来て」


ダンは王太子殿下から距離をとると、懐から黒い布袋を出した。

口を解いて見せた中身は、アランに預けたキラキラ石だ。


「聞きたいのは、これだろう?」

「そうよ!アランから受け取ってくれたのね。…まだ光っている」

火の赤い色が、石のなかでまだ続いている。よく見ると、炎を閉じ込めたように石のなかでもゆらゆら光が揺れている。


「まずは、フィリアに試してもらいたいんだ。これ、どうしてこうなった?」

「何も。光ったらいいなあ、って呟いただけ」

「……取り出せる?」

「取り出す?うーん、出ておいで?」


私がそう言うと、キラキラ石の輝きが消え、ふわふわと小さな炎が宙に浮かんだ。

「わあ、綺麗!あなた達そんなところにいたの」

思わず手を叩くと、炎はくるりと円を描いたあとに霧散した。

照れちゃった?


「……出し入れできるのか。僕もやってみる」

そう言うと、ダンは自分でも風の精霊を入れようと試し始めた。ああでもない、こうでもないと言いながらいくつか試しているようだ。

「ああ、できない!…って、なんだ?!」

叫んだ途端、キラキラ石がくるりと回ってふわふわと浮かんだ。

「あら、すごい!石を持ち上げてるのね」

私が言うとキラキラ石は私の周りをぐるりと浮かんでみせた。

「石のなかで狭くない?」

私の言葉に呼応するように、キラキラ石が今度は輝き始めた。

近くの灯りの火がひとつ消えて、火の精霊達が中に押し入ったようだ。石のなかで火が灯ったように輝くキラキラ石がふわふわと浮かんでいる。


どう?ほらほら?せまくないよ、いっぱいはいれるよ、

と精霊達が見せてくれているみたい。


「素敵!ありがとう!」

手を叩いてお礼を言うと、キラキラ石はぼわっと風と炎を出して、普通の石になった。

空中から落ちた石を手で受け止める。


「見た?!ダン、すごいわね!」

「すごい、どころか、凄過ぎる。これは……フィリア、この石をアランと僕以外に見せた?話をした?」

「いいえ?アランとダンだけよ!お父さまにもまだ言えていないの」


私と対照的にダンの表情は固い。

間違っても「世紀の大発見だ!」と喜ぶ様子でもない。


「ダン?」

「……フィリア、絶対に、この石のことを他言してはいけない。アランにも僕から口止めしておく」



ダンは一度深く息を吸って、吐いた。思考を整理しているようだ。

昔、じいやに難しい課題を出されたときと同じしぐさだ。



良くない兆候だ、と思った。

ダンは、私に、なんて伝えようかと、それを悩んでいるのだ。


「ダン。……言ってちょうだい」



私の言葉に、ダンは一瞬の逡巡の後、顔をあげた。


「フィリア、逃げよう。このままじゃ、君は戦争の道具になる」


ダンは私の手ごと、キラキラ石を包み持った。

いつもなら暖かく感じるその手のひらも、手の内のキラキラ石も、なんだか冷たくて、重かった。

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