69.陛下の私庭
「お父さま、アランやダンと話す機会を設けたいの」
私のお願いに、パパさんはしっかり頷いてくれた。
アランが今、何を調べているのか。
ダンはキラキラ石のこと、少しは調べることができたかしら。
二人のことを思い出して、私はなんだか嬉しくなった。
なんだかんだ、仲が良い二人が羨ましいな。
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「フィリア、久しぶりだね!」
「お久しゅうございます、殿下」
私の膝に、えいっ、と可愛く掛け声しながら上ってきたのは、この国の将来の王、王太子殿下でございます。
ああ、蜂蜜色のその髪も、私を見つめる真ん丸の瞳も、天使のような愛くるしい頬っぺたも、全てが可愛い。
少し大きくなってきたけれど、相変わらず私の第三のエンジェルだわ!
「ヴァルダーが、同席すると言ってきたんだけど、僕が断ったんだ。フィリアだって、あんな顰めっ面の奴にずっと側にいたらイヤだろう?」
「ええ、そうですわね。お心遣いありがとうございます」
イーッと、目と口を横に伸ばしてヴァルダー侯爵の真似をする王太子殿下は、私を元気づけようとしてくれているのだろう。
ああ、小さい子に気を遣わせるなんて、私はなんて駄目な大人…!!
あ、ついでに鼻を拭いてよろしいですか?ちょっと赤い涙が出ておりまして。
「今日は、見て?僕が友達と作ったおもちゃなんだ」
殿下がお持ちになっているのは、色鮮やかなからくり仕掛けのおもちゃです。
取っ手をくるくると回すと、それにあわせて海の中を魚が泳いでいるように動きます。
「仕掛けは全部僕が考えたんだ。色を塗ったり、貝殻なんかは友達が用意したものだけど」
殿下が、膝のうえで、ね?と小首を傾げる。
まさか、その友達っていうのは……
「フィリアに会いたいって言ってたよ。いつか僕が会わせてあげる」
レイアちゃんとテオくんだーーー!!
間違いない!二人も手伝って作ったなんて、どうしましょう、参観日で子供の図画工作を観に来た親の気持ちというのかしら?
いえ別に子供を持ったことはないんですが。
ああん、もう。貝殻ひとつ、海の色塗りひとつ取ってみても愛おしさが増してきます。
すう、はあ、すう、はあ。
「と、……とっても、素敵なおもちゃですわ。私、言葉が…」
駄目よフィリア、我慢しなさい。今の貴女が口を開けば何を言うか分からないわ。
間違ってもレイアちゃんぎゃん可愛ー!とかテオくん激萌えー!とか叫んでは駄目よ。
そんなことしたらヴァルダー侯爵が飛び込んできちゃうわ。
はあ、はあ、はあ……
「喜んでくれてよかった!あとね、僕が最近練習している剣技をフィリアにも見てもらいたくて。庭に出よう」
「…私、最近中庭には出ることを許されていないのですが」
「大丈夫!陛下の私庭を使うことにしているから。あそこなら、この城のどこよりも警備が厚いんじゃない?」
陛下の私庭?!
そんなものがあることを、私は初めて知りましたよ?!
聞けば、庭といっても、屋根付きの室内のようなもので、足元は確かに地面だそうです。
陛下の私室の奥にあるということで、陛下の許可を取らねば何人も入れない場所だそうです。
「ヴァルダーの野郎…じゃない、ヴァルダー侯爵も、それならと許可を貰ってあるから大丈夫!」
「ヴァルダー侯爵から許可まで取っていただいたのですか?!それなら、ぜひ連れていってくださいませ」
「任せてフィリア!」
王太子殿下は、私の膝から名残惜しそうに降りると、こっちこっちと手を引っ張って移動し始めた。
もちろん私達の後ろにはそれぞれの護衛がついてくる。
城内といえど、これほど護衛に人員を割いていることに、改めて驚きを感じえない。
道中、殿下は色々と教えてくださった。
曰く、陛下の私庭を使う許可は、滅多に下りないんだと。
陛下だけが使うための私庭を、いくら子供とはいえ王太子殿下にも使わせない。それは人の出入りを制限して、私室の安全性を高めるのだと。
今回はどうしてもフィリアに自分の剣技を見せたくて、一回限りとお願いしたんだと。
だから次の機会はすぐに巡ってこないけれど、我慢してほしいと。
聞きながら、子供らしい奔放なアピールに私は笑みを深めた。
ぐいぐいと引っ張って、早く早くと私を連れていく。
私に帯同する侍女達も、なんてお可愛らしいとこそこそと言い合っている。
「ここから先は、陛下の護衛官しか入れないよ」
王太子殿下はそう言って、陛下の私室の入口で、自分の護衛官と私の護衛官、侍女達を下がらせた。
次の間のように用意された小さな部屋は、そうやって護衛官や侍女達を待たせる為の部屋。
私は殿下に手を引かれるまま、陛下の私室に踏み入った。
……私がここに来るのは、一体どれくらいぶりかしら?
客人を迎えるためのサロン、次に書室、次に遊戯室があって、ああ、ここから庭に出られるのね?
ガラス戸の向こうには、綺麗に植えられた木々や花々が見えている。
芝にベンチもあって、屋根付きとはいえ広い庭……
すごい贅沢だわ、噴水まである。
「フィリア!今日だけなんだからね!」
庭に一歩踏み出ると、王太子殿下はそう叫んで、私の背中を木の方に押し出した。
「え?え?殿下?」
あれ?剣技は?見せてくれないの?
木の向こうになにかあるのかしら、と前を向いた私は、思わずそのまま走り出した。
「っ、フィリアッ…!」
焦ったように名前を呼んだって!走るのは止めないんだから!
相変わらず紺のローブばかり着て!もふもふの毛並をフードで隠したって!絶対に見間違えないよ!
「ダンッ……!!」
大好きな兄弟子に向かって、私は両手を広げて飛び込んだ。




