68.いい加減にしてください
「ヴァルダー侯爵、お話しませんこと?」
フィリアです、大人の淑女らしく、お誘いは優雅にいたします。
「何なりと、フィリア殿下」
「そう、よかった。お茶の用意をさせたの、ゆっくりしてちょうだい」
ある日の昼どき、私はヴァルダー侯爵を誘ってお茶をすることにしました。
私付きの優秀な侍女達が、ささっとテーブルに用意を整えてくれます。今日のお茶菓子はなにかしら?タルトがあると嬉しいな。
ヴァルダー侯爵は、私の様子を訝しながらも、テーブルの席についてくれます。
私は向かいに座って、扇で口元を隠しながら、目ではしっかりとヴァルダー侯爵を見つめます。
ふふん、これで準備は整ったわ。
「なかなか、忙しくて時間も取れないでしょう?お世話になっているヴァルダー侯爵には、一度御礼を伝えたかったの」
「めっそうもない。陛下に仰せづかったことですが、私自身、フィリア殿下にお仕えでき、恐悦至極でございます」
ヴァルダー侯爵は淡々と言葉を返してくる。その鋭い眼光には、一切の躊躇いもない。
ううん、やっぱり怖いよ侯爵。何を考えているのか、よく分からない!
「ヴァルダー侯爵、あなたには感謝しているの。私ひとりでは、これだけの手紙や来客対応、依頼される行事等、優先順位をつけてこなすだなんて、できなかったわ」
「あなたはまだお若い。判断ができないことも多かったでしょう。けれど、それも今のうちだけです」
運ばれてきたお茶に、ヴァルダー侯爵は手をつける。私の好む、薄い桃色の模様が入ったこのカップで出してくるなんて、侍女達もいい仕事をしてくれている。
まるでヴァルダー侯爵が特別な客人のように思えるもの。
「だけれど、あなたが私への面会者を制限するのは、どうかと思うの」
「…殿下、それは何度も申し上げておりますが」
「ダンは、陛下も認めてくださった私の護衛よ!なぜ今更私と会ってはいけないの!」
「あなたが精霊姫であるからです」
「……は?」
「精霊姫である殿下が、特定の人物の名を言うことも憚られます。それが何より、この国の貴族でもなんでもない、あの一介の獣人の青年であることが問題なのです」
「ヴァルダー侯爵は、私のことを、本当に精霊姫だと思っているの?」
私は、恐る恐る訊ねた。
いやだって、まさか。こんな頭の良さそうな人が伝承なんか信じませんよね。
「何を仰います。陛下からは、我が国に誕生せし精霊姫が悪人に利用されぬよう、しっかりお守りするよう仰せつかっています」
「え?あの、私は別に、精霊姫とか、伝承に出てくるような人物ではないのですが」
「しかし、四大精霊全ての使役をしていらっしゃるではありませんか」
「使役してはいません。彼らはいつでも、そこにいるだけです」
「学院での騒動以来、精霊があなたを守るため、より御力が増したと聞いていますが」
え?!そういう解釈をしていたのですか?!
「穢れが付かぬよう、近づく人間は厳選しております。精霊が嫌うという獣人は、もってのほかです」
「は?獣人が精霊に嫌われているですって?」
私は手に持っていた扇をテーブルに叩きつけた。
一体なに?この国の貴族達と話していると、頭がおかしくなっちゃうわ。
「違うのですか?精霊達の加護は、我々人間が受けているものです」
ヴァルダー侯爵は、やれやれと、小さく首を横に振った。
これは、さすが精霊姫は常人と感覚が違うなあ、そんなことも分からないのか、という馬鹿にした感じですね、分かります。
「私、そんなことは初めて聞いたわ。誰が言い出したの?」
語気を強めて訊ねると、ヴァルダー侯爵の眉がぴくりと跳ね上がった。
「言い出したも何も……昔から、密やかに言われていることです」
精霊と獣人の関係なんて、と思い記憶を探るが、せいぜい浮かんだのは、精霊の申し子に獣人が少ないといったことや、幼少のダンのようになかなか調整ができないことだった。
それが、精霊が獣人を嫌うに直結するの?
(そんなの、ただの差別じゃない!)
「ヴァルダー侯爵。私はそのようなことはないと思います。私がこのように精霊達と触れ合えるのも、幼少のみぎりから兄弟子のダンに側で教えてもらったおかげです」
「逆でしょう、フィリア殿下。あなたの側にいたからこそ、あの青年は精霊達の恩恵を受けることが許されたのです」
「……は?」
ぽかんと空いた口が塞がらない。
冷静沈着、深い思考の人に見えたけれど、ヴァルダー侯爵は意外に盲目のようです。
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「ということがあったのです、お父さま!」
所変わって私はパパさんとママさんとの面談が許されました。
さすがに実の両親、しかも王族とあればヴァルダー侯爵も否は言えないようです。
晩餐会の前の、少しの時間だけが私に許された時間です。
「ああ、フィリア、可哀想に。ヴァルダーを葬り去ろうか?」
「まあ、あなたったら。言動が不適切よ?表立って言っては駄目じゃない」
久しぶりに会う両親も、私のことを心配してくれています。
今自分を取り巻く環境に、不満を持っているのはパパさんもママさんも同じ。
それが分かっただけでも、なんだか感じ入ってしまいます。
「ふふっ、お父さまったら、物騒なご冗談を仰いますこと」
にこりと笑った私に、パパさんもにっこり微笑み返してくれた。
少し疲れが出ているけれど、相変わらず美しい顔で、娘ながら鼻が高いです。
ママさんは私の隣に座ると、ぎゅっと手を握ってくれた。
「フィリア?あなたは今、確かに精霊姫の再来として、城内だけでない、国中で話題になっているわ。それでも、あなたは私の可愛い娘よ?望むことがあったら、きちんと言いなさい」
「ありがとう、お母さま。私、今、全くどういった時勢か分からないの」
私は、パパさんとママさんに、最近会った貴族の名前や、訪れた寺院や施設の名前を告げた。
もし偏っているのなら、政治的に利用されかねない。私はそれを避けたかった。
「ふむ…。私も調べておくが、特に派閥に偏っているわけではない。むしろ余計に波立たない、適切な人物を選んでいるようにも思える」
「そうなの?陛下の目は正しかったと思ってよいのかしら……」
今の状況ではパパさんを頼るしかない。私はパパさんに調査をお願いして、もう一つ思い出す。
(キラキラ石のことは、どう言おうかな…)
咄嗟にアランに預けてしまったキラキラ石。ダンとはまだ何も話せていないので、どういった原理かも分かっていないままだ。
(アランが夜中に部屋を訪ねてきて……うん?なんか、あまりよろしくない表現に聞こえるわ)
アランと私に何もないとは言え、なんだかパパさんに言ってはいけない気もする。
どうしようかしら。
考え込む私を見て、パパさんは私が不安に思っているように思えたらしい。
ああそうだ、と色んなことを矢継ぎ早に教えてくれた。
じいやに任せている王都の別邸のこと、遠回しにレイアちゃんやテオくんの健在を教えてくれている。
パパさん、ちょっとその新しく作った飾り槍について詳しく。テオくんが持つってことかしら?
それはなんて海王神なの!想像だけで手が震える!わきわきと!
「……カザンは、無事セベリア領に帰り着いたようだ。息災を知らせる手紙が届いた」
「そう…よかった。お見送りができなくて、残念だったから」
カザンなら、きっと何事もなくセベリア領を継ぐことができるだろう。
カザンの治めるセベリア領も、見てみたかったなあ。
「アラン坊やだが、特殊な鳥便でもあるのかな?最近カザンやハサンと文のやり取りをしているようだ。私にも、色々聞いてきているぞ」
「え?アランが何を聞いているの?」
「セベリア領で…フィリア、君が誘拐されたときのことだ。何かあったのか?何故、今になってそのことを聞くのか」
「……お父さまは、何をアランに教えたの?」
「私が分かっていることは、あの賊はセベリア領の人間ではないということ、何かを集めて搬送していたこと。…黒幕が分かる前に、全員自害したこと、か」
アランは、今、何を調べようとしているのかしら。
最近なんだか真面目な展開ですね(当社比)(おい)
こう、蛹が殻を出ようともだもだしている感じです笑




