66.会いたい
「ヴァルダー侯爵?それで、いつになったらダンに会えるの?」
「まかりなりません、殿下。特定の人物の名前は口にされませぬよう」
フィリアです。そろそろ、反抗してもいいですか?
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「ダンは、私の筆頭護衛よ?彼の名前ですら、言ってはいけないだなんて、理解できないわ」
私は腰に手をあて、ヴァルダー侯爵を下から睨みつけながら言い返した。
精一杯の虚勢です。ああ、無言で見下ろしてくるヴァルダー侯爵が怖い。
「不用意な発言は慎みますよう。ああ、そうだ。彼は変わらずあなたを護衛していますよ。私は無用だと言ったのですが」
「え?」
咄嗟に理解できず、私は黙ってしまった。
黙った私を見て、ヴァルダー侯爵は次の客人を呼び込むよう、侍従に言いつける。
それからの来客対応で、あっという間に一日は過ぎてしまった。
ダンは、私の側にいる?
でも、会っていないのはどういうこと?
王立学院の入学式典から、ふた月半。
私はヴァルダー侯爵に助けてもらいながら、突然変わった人々の対応を必死に流していた。
精霊姫と崇める人々から、それを利用しようとする貴族達から。
(陛下が、懸念されていたのが、まるで遠い昔のよう……)
リーヴェル国に来た当初、皇太子殿下の婚約者に指名されたとき、陛下に逆らったのは私自身だ。
大っぴらになればこうなるというのは、分かっていたんですが。
(あんな事件があってはねえ)
学院の事件以来、精霊達と私の関係が変わったのもまた事実。
私は王宮内の自室で、一日の疲れを癒していた。
強制的に習慣となった、お風呂上がりのマッサージを終え、大きな寝台でごろごろしている。
お菓子とかつまみたいところだけれど、身につきやすいことが侍女達にバレて、室内には飲み物しか用意されていない。
「おかげさまで、お肌の調子もドレスの着こなしもばっちりだけれど〜…」
誰もいない広い部屋では、ついついひとり言も大きくなっちゃう。
以前なら、側にはダンがいてくれたのに。
今日の昼の、ヴァルダー侯爵との会話を思い出す。
ダンが変わらず護衛してくれているなら、どこか近くにいるはず。
「……会いたいなあ」
ごろごろと寝台のうえを転がり、そばの小卓から箱を取り出した。
そこには"大事なもの"を入れ、保管している。
例えば、毎年、誕生日にダンから貰う手紙。
それ以外にも手紙はいっぱい入ってる。
最近のお気に入りはじいやから届いた手紙。私の体の調子を尋ねる文面や、最近じいやがハマっている事柄、そして文末にあるインクのシミ。……ふふふ、他の誰が見ても、シミにしか見えないでしょう。でも私にはわかります。これはテオくんの鱗拓。墨を塗ってぺたりと押してくれたのでしょう。ああ、気のせいか最後に会ったときよりも少し大きい?成長したテオくんに会いたいわ……
手紙をぎゅっと抱きしめて、深呼吸する。
すう、はあ
花の香り?もしかして、レイアちゃんが調合したのかしら…
ああ、もうエンジェルズに会いたい!!
このままだと禁断症状が出て、何を口走るかわからない!!
引き続き、箱のなかから色々取り出して、眺める。
ひとつは、パパさんから貰った宝刀。狼退治のために、枕元に置いておくよう言われたものよ。…どうして枕元なのかしら?
ひとつは、ママさんから貰った香り袋。今は袋だけだけれど、刺繍が綺麗だから、しまっているの。
ひとつは、懐かしいわ、ボネロ族のギルに貰った薬草。うん、まだ匂いは残っている。ダンと一緒に、上手に乾燥させたのよ。
明日のことを考えると、そろそろ寝なきゃいけない。
私が眠るまで侍女達は部屋を下がらないから。
私は、隣室で待機していた侍女に寝ると伝え、手元の灯りだけもらって下がらせた。
それを小卓の上に置いて、懐かしい思い出に耽る。内緒の夜ふかしみたいで、少し楽しい。
私の"大事なもの"入れは、実は二重底になっている。全てのものを取り出してカラクリを解いて底を外すと、ほんのわずかに物がしまえる空間があるのだ。
そこにしまっているのは、ふたつ。
シャンク族のヴィスに貰った、結晶化させた石のようなものの、アクセサリー。
彼にお守りといって貰ったコレを、リーヴェル国にきてしばらくの間は身につけていた。最近は、身につける全てのものが管理されているので、間違って捨てられてしまわないよう、ここにしまったのだ。
久しぶりに手に取り、ぎゅっと握る。
気のせいか、握ったその石が温かく、ここ最近の不安と、焦りと、色々な気持ちを溶かしてくれるようだ。
「……あとひとつ」
本当に懐かしい。久しぶりに見るような気がする。
黒い布に包まれていたそれは、きらきら輝く小さな石のカケラ。
「キラキラ石……」
幼心にそう呼んで、大事にしまった思い出の品。
灯りにかざして、黒い石がキラキラと反射する様をじっと見つめる。
「綺麗…。この輝きを、とじこめられたらなあ」
ふふ、と小さく笑った途端、変化が起きた。
「え、なにこれ、どうしたの?!」
灯りの炎が消えた瞬間、キラキラ石が赤く灯り始めた。
思わず手から取り落としたけれど、熱いわけではない。
「え?!」
落としたよ、と言わんばかりに風の精霊がふわりと拾い上げる。
体を起こして寝台の上に座り込むと、そっと差し出した手の上に、キラキラ石が乗せられた。
「火の精霊たち…まさか、石のなかに移っちゃったの?」
ダンがやっていたように、物に加護が込められるのは知っていた。
でもそれは、物そのものに精霊の力を込めたのではなく、精霊達が好む気を付与して、いざという時の加護になるというものだったはず。
「そんなことってあるんだ?いや、あったから、あるのね…」
驚くと、人間まともなことを言えないものなんですね。
キラキラ石を掲げながら、思わずぶつぶつと呟いてしまった。
コン、コン
(あ!どうしよう、起きているのが気づかれてしまったかしら?)
ノック音が聞こえて、思わず私はキラキラ石を枕の下に隠した。
手探りで、"大事なもの"を箱に詰め込む。
(ここは、寝たふりがいいのかしら?返事をしたほうがいいのかしら?)
ドキドキと、高鳴る胸をおさえて、深呼吸する。
ガチャリ、と開く音がして私は振り向いた。
開いたのは、扉ではなく、窓だった。
「………フィーリ?」
小さな声で、私を呼ぶアランの姿が、そこにあった。




