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65.ヴァルダー侯爵

「殿下、お召替えの時間でございます」


「あら?もうそんな時間?」

「リューク伯爵がお目通りを願い出ております」

「そうなの。お断り…はできないのね、わかりました。準備をお願い」



着せ替え開始です、フィリアです。

今は昼前の貴重な空き時間、だったはずなんですが、そこも誰かに埋められてしまったようです。


専属の侍女が持ってきた、新しいドレスに袖を通す。

いたたた……コルセットはそんなにキツく締めなくてもいいじゃない!


「あの、もう少し体に優しい格好を」

「完璧な淑女はこれくらいでは根を上げないものです」


数人がかりで締め上げられるコルセット。

ふっふっはー、ふっふっはー、吸うなって?いやほんと苦しいんですって。


ドレスや装飾品を四方八方から伸びた手に付けられると、最後は化粧とヘアセットの同時進行です。

無駄のない動き、さすが王宮の侍女達です。


通常なら数時間かける準備をてきぱきとし終えると、鏡の前で最後のチェック。


「…結構よ。隣のサロンにお呼びして。少ししたら私も向かいます」


わざとそっけない言葉で侍女達を下がらせて、じっくりと自分の姿を見直します。

鏡に映る私は、スカートをふんわり膨らませた白のドレスに、ここ最近贈られたたくさんの宝石飾りを 結い上げられた髪に散らばせた、豪奢で、隙のない格好をしています。


今までだって、十分に着飾ってきたつもりだったけれど、上には限りがないんですね。

侍女達の腕が良いのか、下品にならないのが救いです。



(綺麗な、お人形さんみたい)


私は軽くため息をつくと、お気に入りの扇子を持ってサロンへ向かった。




「お待たせいたしました」

「ああ、フィリア殿下。とんでもございません。お忙しいなかお目通り叶いまして、誠に嬉しゅうございます」


客人を迎えるため、整えられたサロンには、リューク伯爵とヴァルダー侯爵が待っていた。


ヴァルダー侯爵は、私の世話役のようなことを務めてくれている。

学院での事件以来、貴族達がひっきりなしに私を訪れるようになった。慣れぬうちは辛かろうと、陛下がつけてくれた方だ。


上背があり、この国では珍しい黒髪黒瞳のせいか、彼に睨まれると畏縮してしまう。

ヴァルダー侯爵に見守られるなか、私はリューク伯爵の向かいの席に座った。


「ふふ、お上手ですこと」


リューク伯爵の言葉に笑顔で返すと、ヴァルダー侯爵がひとつ咳払いし、今日の訪問理由を説明してくれる。

「本日、リューク伯爵はフィリア殿下にお願いしたい旨があって参られました。伯爵?」

「実は、殿下に私が支援する施設へ訪問いただきたいのです。病人や身寄りのない子供を保護する施設なのですが、ぜひフィリア殿下に彼らを元気づけていただければと……」

「まあ、伯爵が支援してらっしゃるの?」


「ええ、実は私の父から始めた事業なのです。教育支援と治療院として、ささやかながら王都の外れに開いています」


どうしようか、と悩んでヴァルダー侯爵を見ると、彼は表情をぴくりとも変えないまま、ゆっくり頷いた。

これは、受けなさいってことかしら?


「…それでは、伺いましょう。日程は改めてヴァルダー侯爵から知らせます」


私がそう言うと、リューク伯爵はほっと息をついて、ヴァルダー侯爵はもう一度頷いた。

どうやら正解だったらしい。ヴァルダー侯爵に求められる役割としては。


それから少しだけお話し、リューク伯爵は退席していった。

この後も予定はみっちり詰まっている。私はヴァルダー侯爵を捕まえた。


「ヴァルダー侯爵?聞いてもいいかしら」

「なんでも。フィリア殿下」


「リューク伯爵の支援事業は、事前に調査していらっしゃたの?」

「もちろんです。規模は小さいながらも、健全な事業運営をしております。殿下が表敬訪問されるに問題はございません」


ヴァルダー侯爵の目をじっと見てみるが、彼は相変わらず表情を変えない。

「…なにかご不満でも?」

「不安よ。私でいいのかしら?伯爵も、どうして私に?」


「あなた以上の適役はおりませんでしょう」

「どうして?」

「フィリア殿下。精霊達に愛されし姫君として、あなたは今、国中から注目を集めているのです。そのような方が訪問されたとなれば、寄付金もこれまで以上に集まりましょう。そして、あなたがこれをきっかけに施設への表敬訪問を増やせば、貴族達もこぞって声をかけるでしょう。あなたにはそれほどの価値があるのです」


ヴァルダー侯爵は突然強く語り出した。

その内容は、私にとっては全く、嬉しくない。


「それは、幻想だわ」

それだけ言い返すと、話は終わりと手を払って退席を促した。

ヴァルダー侯爵は、素っ気ない私の態度に文句をつけたそうだが、黙って一礼し、退室した。




「………精霊姫だなんて、幻想よ」



あの事件以来、多くの人が、私を精霊姫と呼ぶ。

伝承の再来だと。安寧の象徴だと。



私は、もうふた月以上、ダンと会っていない。

一日の予定は全てヴァルダー侯爵に決められている。パパさんが口を挟む隙はない。ないというより、どうしようもないのだろう。

こうなってしまっては、抑えられないと、パパさんも予想していたのだろうから。



小さくため息をついた私に、精霊達がいたずらをして慰めてくれる。

「あ、こら、髪をいじってはだめよ。崩れてしまうわ。ふふ、冷たいわ。水をかけないで」


精霊達はどこにでもいる。

そして、使役する存在ではない。ひととともに存在する、そのものなのだ。


「………精霊姫だなんて」


もう一言だけ、小さく呟くと、私は少し乱れた髪をなおし、午後からの会見に備えるのであった。

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