63.決断
「遅くなって、ごめんね?私の可愛い、小さな姫君」
とびっきりの笑顔と、優しい声で。
いたずらっぽく笑うその姿は、常と変わらない。
「カザン!」
「お待たせ」
カザンは、私をそっと地面に立たせると賊に向き合った。
利き手に持つ長剣は濁りなく、きらりと光る。目を横に向けると、さっきの賊は短刀で一撃で倒されたらしく、ぐったりと横たわっていた。
「フィリアは連れていかせないよ」
カザンは私を背に回すと、不敵に笑ってみせた。
あっさり一人を倒してみせたカザンの実力に、賊も戸惑ったようだが、再びカザンを襲ってくる。
鋭い音を立て、剣戟が一度、二度と交わされる。
「カザン!あの、ダンが、生徒の皆さんが!」
「ダンは、手こずっているみたいだねっ!」
カザンによって賊はまたひとり、二人と倒されていった。
私を取り囲んでいた賊は、10人ほどいたが、どんどん数が減らされていく。
「生徒の皆さんを、助けないと!」
「生徒達は助けられないよ」
この調子なら、助けに行けるかもしれない。
そう思ってカザンに呼びかけるが、交戦中のカザンから返ってきた返事はあっさりしたものだった。
「こんなに手練れを揃えて襲撃してきたんだ。油断ならない。私はフィリアを置いて生徒達の救援に向かえない」
そうだろう?とカザンは賊に向けて言った。
賊は、ニヤリと笑ったようだった。黒の覆面に隠されて見えないけれど。
「でも……!」
このまま、外から救援が来るのを待てというのか。
私は辺りを見渡す。生徒達は端に追い詰められ、壁を背に立ち向かっている。戦える生徒達が前に出ているようだが、実剣の相手に、武器もないので防戦一方だ。
燃え上がった舞台からは、火が飛び散っている。
「待てない!!」
私は叫んだ。戦況が読めていない?我が儘?なんであろうが、目の前の人をあっさり見捨てて生き延びることなんてできない!
「フィリア、選んで」
「え?」
「選んでごらん。君の願いは、君を愛する者全ての願いだから」
「それって、どういう……」
カザンの言葉がわからない。
私の質問は、賊達の剣戟によってかき消された。
カザンは右手の長剣と左手の短剣を構え、再び賊達との混戦に入っていった。
選ぶってなに?
私の願い?
私を愛する者全てって?
謎かけのような言葉。
カザンは私に何を選ばせようとしているのか。
考えている暇なんてないわ。目の前の状況を、変えたいの。
お願い?それなら、皆を守ってほしいから。
そよ、と風が頬を撫でた。
足の下の地面が、震えたように感じた。
「あ……」
燃え上がる舞台の炎が、その熱を私に伝えてくる。
この世界のどこにでも存在して、人々の暮らしと共に在る。
共存する彼らのことを、"使おう"と考え始めたのは誰だったのだろう。
「助けて、くれるの?」
思わず、私は彼らに語りかけた。
彼らはそこに"在る"のであって、人間の道具ではない。
気まぐれに力を貸して、彼らに愛されたものはその力の恩恵に授かる。
そう習っておいて、"力を抑える"ことを、"操る"ことを覚えたのは何故なんだろう。
どうして私は"抑える"ことを続けたんだろう。
ふいに思いついたことが、頭のなかを駆け巡る。
彼らの力に"限界"はあるの?
「そっか……」
私は、どうして、彼らを選ばなかったのか。
私は、どうして、彼らを見ていなかったのか。
「皆を助けましょう」
私は、彼らに語りかけた。
途端、地面が脈打った。
「う、うわああああ!一体これは…!」
「気をつけろ地震だ…!」
「いやこれは…?!」
身体が風に抱かれて、ふうわりと浮かんだ。
私は、彼らに身を任す。
なにも怖くない。彼らはいつでもそこに在ったのだから。
大地がせり上がり、賊と生徒の境に壁を築き上げる。
突風が賊を自由を奪い、足が地中に沈んでいく。
燃え上がった舞台の炎は、ひときわ高く炎を吹き上げ、収束していく。
私の周りは、浄めの雨が降り始める。
喧騒が、静まり返っていく。
「皆さん…無事かしら?」
私は、誰にともなく語りかけた。
「フィリア!」
「ダン!……よかった、無事で………」
紺のローブはぼろぼろだけれど、ダンは私のところに飛んできてくれた。
泣きそうな表情で私の顔を見つめてくる。
ふふ、白黒の毛並に包まれていても、その毛並が汚れていても、私には分かるんだから。
「フィリア……!」
ダンの顔を見たら、ほっとしたのかしら。
私は意識を手放した。
見えなかったものが、見えたから。
目隠ししていたのは、誰でしょうか。




