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62.炎上

カッと辺りが眩しくなって、私達のいる舞台が炎上した。


あまりにも一瞬のことで、私の思考はついていかない。



模擬戦を観覧していた私達は、雌雄を決する、まさにその時を見守っていた。

勝負の成り行きが面白くて、集中し過ぎたのだろうか。


兎にも角にも、足元から舞台は炎上し、陛下と私はいつの間にか危機的状況に陥っていた。


立派な木組の舞台は、燃えやすいようだ。あっという間に火に囲まれて、階段はおろか舞台の端にも行けない。


「火薬か?いや、それにしては…」

ぶつぶつと考え込む陛下。いやいや考えてる場合じゃありません。

逃げなくちゃ!


「へ、陛下。私にお掴まりください」

「ん?ああ、なるほど」


私は陛下を背負うようにすると、風の精霊の力を借りてふよふよと体を浮かした。

うーん!重い、重いよ陛下!


バランス感覚を掴むのにわずかに逡巡したが、なんとか持ち直して、私は舞台から外に出た。

こっそりダンと遊ん…もとい飛ぶ練習しておいてよかった!


差し迫る炎は、火の精霊と水の精霊にお願いして避けてもらった。

小さなたき火ならお手の物だけど、人間生存本能が生まれると頑張れるものね!あ、これが火事場の馬鹿力というものでしょうか。


「ほう、なかなかやるな」

「耳元で話さないでくださいっ!」

陛下は声を低く、囁くように話すので、色々と心臓に悪いわっ。


舞台脱出成功!

喜んで中庭に降り立つと、予想外の展開が待ち構えていた。


生徒達が、襲われている。


顔を布で隠した賊が、生徒達を襲っている。実剣を持ち、武器を持たない生徒達を襲っているのだ。

先ほどまで模擬戦を行っていた軍部科目の生徒達も、一致団結してら立ち向かうが、手元の木製の武器では心許なさそうだ。

中庭の端まで下がっていた生徒達にも、賊が襲いかかっている。ほとんどの生徒には立ち向かう術がない。皆、抵抗はするが武器がないので、逃げの一手だ。精霊術の生徒達が、必死に他の生徒達を守っている。


「…なんてこと!」

私は咄嗟に走りかけて、ぐいと引き止められた。

「陛下!」

「考えなしに動くのではない!」


陛下は私の腕を掴み、自分のそばにぐいと引き寄せた。


「我々の為に動く者がいることを忘れるな」


陛下は腰にさした長剣を引き抜くと、油断なく辺りを見渡した。

先ほどまで、舞台の下には学院長はじめ招待客の方々や、陛下の護衛である近衛兵達、それにダンがいた。

炎上する舞台はどんどん焼け落ちていく。巻き込まれてはいないだろうか。


「陛下!ご無事でしたか!」

近衛兵のひとりが、陛下を見つけ駆け寄ってきた。その顔は煤だらけ。陛下が舞台に取り残されたままじゃないかと、必死に舞台に飛び込もうとしていたらしい。


「そなたらは」

「はっ!賊と交戦中の者がおりますが、火に巻き込まれた者はおりません」


「あの!ダンは!」

「ダン殿は、」

思わず陛下を押しのけて聞いた。が、答えは思わぬところから返ってきた。


「邪魔だよ君達!!」

「ダン!」

舞台から少し離れたところで、ダンは戦っていた。幾人もの賊を相手にしていて、体を宙に浮かせながら、風刃で急所を狙う。だが敵は手練れなのか、鉄製の楯のようなもので風刃を裂き、連携してダンを追い詰めている。


「フィリア!無事!なら逃げろ!」

ダンは私に気づくと賊と交戦しながら離れていった。

「ダン!だめ!」

「一度退く!持ち堪えろ!」

追いかけようとする私の腕を、陛下は強く掴んで放さない。

ダンに大きく叫ぶと、私を引きずって退き始めた。


「陛下!ダンは!生徒達は!」

私は陛下の手を振り払おうと暴れる。陛下はそんな私に大きく舌打ちすると、肩に担ぎ上げた。

お、怒ってらっしゃるー!


「式典に詰めさせていた兵士達はどうした!そなたらは二人だけ護衛に専念し、他は賊の討伐に打って出るのだ!」

「しかし!それでは陛下の御身が守りきれるかどうか!」

「警備の兵士達は、原因はわかりませんが一人も見当たりません!陛下、我々が護衛いたします!」

陛下は近衛兵達に命を下すが、現状は思ったよりも厳しく近衛兵達は離れようとしない。


賊がどれほどいるか分からないが、学院から離れるのが一番か。

近衛兵達は陛下を馬止めまで連れていくつもりのようだ。


こんな騒動のなか、私はどうしたらいいのか分からない。

私ひとり狙われているなら逃げの一手だけれど、生徒達や学院を置いて逃げるしかないのか。

ダンはまだ戦っているのに。

私は戦うことはできないのーーーーー




「陛下!申し訳ございません!」

「フィリッ…げほっ!」

私は陛下の背中を思い切り蹴り上げると、風の精霊に身を任せ、宙へと飛んだ。


「フィリア!そなた!」

「貴方達!陛下を連れて逃げなさいっ!私は後から追いかけますから!」

私は近衛兵達に命じる。

これまで命じたことなんかないけれど、今だけは私のことを聞いてほしいーー


近衛兵達も迷ったようだが、私がふわりと離れていくと陛下を無理矢理引きずって移動していった。

陛下達の移動に気づいて、何人か賊が追いかけていった。


私は宙の体をふわりと回転させる。今はひと二人分の高さを飛んでいるが、このままだと狙われてしまう。

「……っ」

やっぱり!

飛んできた矢を私は風を使って叩き落す。ダンがいつもどう守ってくれたかを思い出して、風の精霊達にお願いするのだ。


一人になった私に気づいて、賊達は寄ってくる。

どうしようどうしよう。思わず陛下から離れてしまったけれど、私にできることはーー私ができることは。

手の届かぬ高さにいる私を見て、賊は小刀を投擲した。咄嗟に宙でしゃがんで避ける。

「きゃあっ」

仲間の背を借りて飛び上がった賊のひとりが、私の足首を掴んだ。抗えず、そのまま地面に叩き落される。

「げほっ、けほっ…」

「精霊姫……」

賊のひとりが私に呼びかけて背を起こしてくれる。

「せ、精霊姫……?」

なに、その呼び方。というより、この賊は私の命を狙っていない…?

訝しんだのも束の間。賊は私の背を起こしたあと、手首足首を縄でくくると私を担ぎ上げた。

ゆ、誘拐よ!連れ去るつもりだわ!

「姫、どうか、我々と……」

「は、離しなさい!こんな連れ去り方がある⁈」

私は風の精霊達の力を借りようと念じた。突風でも台風でも何でもいいわ。

この賊から逃げられる隙を!

「姫、我々は貴女様をお守りします……どうか大人しく」



「フィリアを守る騎士は、君達じゃない」

「え?」


私がまさに願った瞬間、声は聞こえて、私を担ぎ上げた賊は崩れ落ちた。

地面に落ちそうになる私を、ふわりと抱きとめた。


「遅くなって、ごめんね?私の可愛い、小さな姫君」



とびっきりの笑顔と、優しい声で。



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