59.Side S.海の王者
サイドストーリーです。
久々のエンジェルズ。
大海原をかけて巡るのは楽しい。
水面がキラキラと太陽の光に反射し、潮風が波を運んでくる。
波には魚も乗ってくるから、お腹が空いたら食べればいい。
たまに、ぎょっとする色や形の魚もいる。綺麗な魚や、海底で見つける光る貝は、レイアやフィーリに渡すと喜んでくれる。
僕は海が好きだ。
陸よりも自由に動けるし、ここには僕を変な目で見てくる奴もいない。
レイアは陸も海も好きだ。
僕と一緒に海に出ることもあるけれど、僕と違って早く泳ぐことができない。昔から泳ぐのは僕の方が得意。波ではぐれないよう、手を繋いで泳ぐのは今も変わらない習慣。
陸では、上手く喋れない僕の代わりに、レイアが喋ってくれる。
(見つけた………)
今日、僕はひとりで海を泳いでいた。
フィーリの家から、地下の道を通って海に出られる。
ジイとレイアは留守番だ。
家から遠く遠く泳いできた。この辺りに、強い奴がいると聞いてきたから。
僕の視界の先には、大きな魚がいた。僕と同じ、鮫の仲間だろう。僕の何倍も大きな体で、岩にぶつからないよう器用に泳いでいる。呼吸をするように開く口からは、鋭い歯が何本も見える。腹の下には、小さな魚が何匹かひっついている。
まず、僕は岩陰に身を隠した。奴は、ゆらりゆらりと、体を揺らして泳いでいる。まだ僕に気づいていない。
このまま後ろから襲ってもよいけれど、それじゃあ、面白くないな。
奴の鋭い目つきを見て、僕は真っ正面から戦うことにした。
僕と、奴。どちらが速くて、鋭いだろうか。
岩肌のない、広々としたところまで奴を追うと、僕は奴の視界に入るよう、ひと泳ぎした。
突然現れた僕に、奴は警戒心を持ったらしい。僕と向かい合うようにぐるぐると泳ぎ始め、口から鋭い無数の歯を覗かせる。
僕は、両手に持った特製の短刀を構える。構えるといっても、手を下ろし、腰のあたりで外向きに刃を向けるのだ。素早く泳ぐときの形を意識する。第一撃はこの歯。そして二撃、三撃と短刀で攻撃を加えるのが僕の最近の戦い方だ。
奴を倒せば、一帯の海は、僕のものだ。
(フィーリに、褒めてもらおう)
僕は奴に向かって突進した。
*****
それからしばらくして、僕はレイアの待つ家に帰った。
海に出ると数日帰らないことが多い。ずっと海にいてもいいけれど、フィーリがくれた"家"は宝物なんだ。
レイアに、お土産の綺麗な貝を渡そうと家の中を歩き回る。海では駿足を誇る二本の尾びれも、陸ではゆっくりとしか歩けない。
居間のソファで、うたた寝をするレイアを見つけた。読みかけの本を膝に、背もたれに体を預けて寝てしまっている。
僕がいない間に、随分と読み進めたようだ。
一緒に習い始めたけれど、レイアは僕よりもずっとよく単語を知っている。
僕は、黙って、レイアの横の大きな虫を蹴り飛ばした。
「げほっ!何なの。僕が気持ちよく眠っていたのに、こんな無礼を一体誰が」
「…無礼は、お前」
「テオ!帰ってきたのか!!」
「うるさい」
レイアの肩…では高さが届かず、胸を借りて寝ていた大きな虫。確か、デンカ?
「ん…大きな声、一体どうしたの…あ!テオだ!おかえりなさい!」
「ただいま、レイア。これ」
「わあ!シジュの貝ね、嬉しい!」
白くて、内側がきらきらしているシジュ貝。まだ閉じたままだけれど、貝をあけると粒が入っていることもあるんだ。
「あのね、フィーリお姉ちゃんは最近オシロにいるの。デンカがね、教えてくれたの」
「そう、デンカ、帰りなよ」
「テオは僕を何だと思っているの。客人として扱いなよ」
だって、デンカは女の子に近づけちゃ駄目だって、ダンが言ってた。
「オマケはどこ」
「僕の部下をオマケ呼ばわりするな」
「はいはい〜オマケはここにいますよ〜」
「お前は呼ばれて出てくるな」
デンカのオマケは、隣部屋からひょこひょこ歩いてきた。いつも笑っていて目尻が垂れてる人間だ。殿下の綺麗な金髪と違って、少しくすんだ茶金の髪。
カザンみたいに大きな体が羨ましい。
「ふぉっふぉっふぉ。テオ、おかえり」
「ジイヤ、ただいま」
「殿下はレイアが退屈だろうと、城を抜け出して来られたのだ」
「デンカよりもフィーリは?」
オマケと一緒に、ジイヤも杖をついてやってきた。
白い髭をふっさふっさと揺らして笑う。僕はジイヤが大好きだ。
僕の質問には、デンカが答えた。
「フィリアは城だよ。警備が厳しくて、ここには来れない」
「でもね、デンカは来たのよ!すごい!」
「ま、まあ僕は、部下が優秀だからね」
「そうですよ〜主の安全より、主の命令を優先しますからね〜」
「そこは嘘でもどちらも守るよう言うように」
「嘘でいいんですか〜」
オマケはあはは、と笑ってデンカの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
その後、僕の目線に気づいて、僕の頭もぐしゃぐしゃと撫でる。
「うわっ、海水でべとべとしますね〜。お湯を使ってさっぱりしましょうか〜特製保湿剤もありますよ〜」
オマケは僕の体をひょいと持ち上げると、風呂場に向かって歩いていった。
「だめ、おろせ、離せ」
せっかく海水で濡れているのに、お湯だなんてとんでもない。鱗が傷む。肌がひりひりする。
「お風呂は気持ちよいですよ〜フィリア殿下も最近お風呂にハマっているとか〜」
「フィーリ?」
「最近のフィリア殿下について教えましょうか〜?」
オマケは僕を風呂場のなかに立たせると、にんまりと目を細めて笑った。
「身綺麗にして、そこにある服を着たら教えてあげましょう。皇太子殿下を蹴り飛ばした罰です。あ、その服はフィリア殿下お手製ですから、破かないように」
先ほどと違って一息に言い切るオマケの目は、全く笑ってない。
(オマケ…クエない奴!)
「なんですか、その目はっ…げほっ」
僕はオマケを蹴り飛ばして、風呂場の扉を思いっきり閉めた。
そして、フィーリのために仕方なく、僕はお湯を貯めた湯船に飛び込ぶのだった。
「すごい!すごい!見て、これを塗るとすべすべなの、カサカサしないの」
「うん……」
「テオ!動かないで!じょうずに塗れない!」
「そうだ、テオ!塗るなら自分で塗れ!」
「はいはい〜殿下もカッカしないで〜」
「ふぉっふぉっふぉ。元気なことはいいことじゃ。おや、テオ、その服はよく似合っておるのう」
「うん……」
特製保湿剤を手に、テオの鱗肌へのお手入れに余念がないレイア。
テオは早くフィリアのお手製服を着てみたくて、もぞもぞしてます。




